永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶
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(179) 気になる路地での店開き 永瀬正敏が撮ったイラン

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回はイランで撮った一枚。外国を訪れると恒例の書店巡りをした後、ふと永瀬さんの目に入ったのは――。

(179) 気になる路地での店開き 永瀬正敏が撮ったイラン
©Masatoshi Nagase

その日は風の強い、寒さが身に染みる日だった。

僕がさまざまな国を訪れて、その国ですることの一つは、
必ず町の本屋へ行くこと。
その国独自の文化をまとめたものや写真家・芸術家たちの写真集や画集をチェックしに行くのだ。
帰りのトランクが重くなることは重々承知しているのだが、
ついつい分厚い本を購入したりする。

ここイランでも、遊牧民の皆さんの生活などを収めた写真集がないかと探しに来たのだった。
あった、しかもクオリティの高いものが何冊も……。
また、いつものようにしっかりと購入してしまった……。
帰りのトランクの重さを想像しながら。

今はネットで忍耐強く探せば、購入した写真集もきっと見つかるだろう。
そういう意味での距離感は、僕が幼い頃に比べたら驚くほど近くなり、
クリック一つで購入できる便利な世の中になった。
実際僕もそのテクノロジーの進化に、いつも大変お世話になっている。

僕のリクエストを熱心に聞き、時間をかけ探し出してくれた店員さんににこやかに見送られながら、僕はそのブックストアーを後にした。
そして何気なく通りの先を見ると、この男性の姿が目に入った。

毛糸の帽子をかぶり、コートのポケットに手を突っ込んだまま微動だにしない男性。
彼の前には移動可能に思える古びたテーブルが二つ。
その上にさまざまな商品が並んでいた。
男性の足元には、商品を入れてきたのであろう大きなバッグが置かれている。

何人かの人々が男性の前を通り過ぎた。
テーブルにちらっと目線を送る人もいれば、全く無視して通り過ぎる人もいた。
でも、その男性は呼び込むこともなく、道ゆく人に話しかけることもなく、
ただ黙って座り心地の悪そうな椅子に座ったまま、同じ体勢をとり続けていた。

はたしてちゃんと許可を得て、ここに店を出しているのかもわからない。
毎日ここで商売をされているのかどうかもわからない。
ただ、店開きするには、あまりにも何もない場所だ。
すぐ隣はまさに工事中という、商売に適したとはお世辞にも言えない場所。
なぜだろう?
観光地のそばでもなく、人影もまばらな、何の変哲もないただの路地。
でも、この男性はそこに店を開いた。
そして、ただ黙ってその場に居続けた。

僕はこの男性が気になってしょうがなかった。
さっきから僕の腕をしびれさせ続けている購入したばかりの本たちを地面に置き、
僕はその男性にレンズを向けた。

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