ニッポン銭湯風土記
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日本最東端の銭湯・根室「舞の湯」 ガスに煙る漁港の風呂場を訪ねて

日本最東端の銭湯「舞の湯」の湯船=北海道根室市の歯舞(はぼまい)漁協漁船員厚生センター

旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。

【動画】日本最東端の銭湯を目指す旅。再び納沙布(のさっぷ)岬にやってきた。激しい霧(ガス)で、今回もまた歯舞群島はその島影さえ見られなかった

ガスと「じり」、7月半ばの根室で震え上がる

地球温暖化の影響なのかどうなのか、北海道でも夏の暑さがしばしば話題になる。内陸部では30度を超えることも珍しくない。だが、さすがは広い北海道、逆に寒くて困るような場所もある。

7月半ば、私は本土最東端の根室市にいた。自宅のある神戸と同じ格好、つまりTシャツと半ズボンとゴムぞうりで飛行機に乗って来てしまった私は、自分の愚かさに困惑することとなった。釧路から根室にかけての地方は、夏になると濃い霧(霧は「ガス」。さらに濃い霧を「じり」と呼ぶ)に包まれ、日光が遮られて驚くほどの低温となる。昼頃に私が根室駅に降り立った時の気温は14度だった。当然のことながら日が暮れると気温はさらに下がり、素足にゴムぞうりの私は震え上がりながら、熱かんを求めて霧雨の中を小走りで移動せねばならなかった。

(左)根室駅の駅名標(右)根室の寒い夜
(左)根室駅の駅名標(右)根室の寒い夜

そんな思慮の浅い私を温めてくれたのは、やはり銭湯だった。根室の市街地には宝湯、みなと湯の2軒の銭湯がある。私は今回根室に3泊したが、1日目に宝湯、2日目にみなと湯へ入りに行った。どちらも歴史が古く、今も地元の人々でにぎわっている。最果ての街にこうして銭湯が残り、人々に愛されている様子を見て、銭湯好きの私はうれしくなった。

根室市中心部のさらに東に銭湯があった!

ところが、ある人に「この2軒が日本最東端の銭湯じゃないみたいですよ」と教えられた。え? 根室の東は納沙布(のさっぷ)岬で、その先は北方領土のはず……。さらに聞くと、このようなことを教えてくれた。

「納沙布岬の手前の歯舞(はぼまい)というところに舞の湯というのがあるらしいんです」

歯舞集落は、北方領土の一つである歯舞群島から戦後引き揚げた人たちが移り住んだ漁業集落だ。数年前に納沙布岬へ行くバスで通過した記憶がある。そこに、歯舞漁協が経営する「舞の湯」があるのだという。

「公衆浴場組合に入っている個人経営の一般銭湯とは少し違う感じですけど、入浴料を払えば誰でも入浴できるらしいです」。それが本当ならば、その「舞の湯」こそが日本最東端の銭湯であるといっても間違いではないだろう。しかも漁協直営という点にもひかれる。私は歯舞を目指して、数年ぶりに納沙布岬行きの路線バスに乗った。

珍停留所、ふらりと降りたら「フラリ」だった

路線バスの旅では、旅の作法として守るべきルールがある。それは、降車時のバス料金を支払うときに1万円札を出さないということだ。路線バスに備え付けの両替機は1000円以下の金額しか両替できないのが普通であり、また日常の乗客はほとんどが敬老パスか通学定期を保持しているから、乗客が1万円札を出すような事態は想定されていない。まかり間違って1万円札しか持たずに乗ってしまった日には、運転手さんや他の乗客にたいへんな迷惑をかけることになる。

根室から納沙布岬行きのバスに乗った時、私の財布の中身はうかつにも小銭740円のほかは1万円札のみだった。バスの料金表はどんどん回り、目的地の歯舞に着くよりも早くに料金表示は740円に達した。私はあわてて降車ボタンを押し、「まあこんなフラリ旅もいいか」と自分をなだめながらフラリとバスを降りた。するとその停留所は「婦羅理(フラリ)」という名前だった(作り話のようだが本当。これに似たような不思議な偶然は一人旅では時々起こる)。

フラリで降りた
フラリで降りた

フラリは小さな川沿いの小さな集落で、そのすべてが深い霧に包まれていた。私の目的地である歯舞はここから2kmほどの距離だ。途中にコンビニがあったので、風呂用に小銭を調達しておいた。

霧の中のフラリ
霧の中のフラリ

霧に包まれた無人島「ポンコタン」

歯舞の少し手前、歯舞漁港の南西に、漁港を波浪から守るように寄り添う小さな島がある。地図を見ると「ポンコタン」との名が書かれ、漁港の端から海を埋め立てたような堤防が延びてその島とつながっている。ポンはアイヌ語で「小さな」、コタンは「村」という意味だが、もしかしてここにも人が住んでいるのだろうか。興味を覚えた私はバス道からそれ、海岸へ下った。すると埋め立て造成された漁港が現れ、霧に包まれた中、大型漁船が陸揚げされて並んでいる。その横手からコンクリート製の堤防が沖合へ延びている。

(左)海岸へ下る(右)霧の中の漁船群
(左)海岸へ下る(右)霧の中の漁船群

堤防上の道を数百メートル進むと突然行き止まった。その向こうに、ここまでのコンクリート堤防とは全く異質な、ゴロゴロ石の上に柔らかな土のふたをそっと伏せたような、北海道の原風景を思わせるような自然島があった。これがポンコタンだ。

【動画】ポンコタン全景

地図では堤防がポンコタンとつながっているので、そのまま歩いて上陸できそうに思えたが、実際には堤防の終点の外側には消波ブロックが乱雑に積まれ、ポンコタンとの間は浅い磯になっていて、南から寄せる海水がそこを東へと流れていた。私はそこで半ズボンに履き替えた。そして消波ブロックを乗り越え、磯を渡ってポンコタンに上陸した。

【動画】ポンコタンへの徒渉

ポンコタンは霧に包まれた無人島だった。島の南と西からは、太平洋の波が打ち付けて潮騒が響いている。その波の姿は霧にさえぎられてよくわからなかったが、先の見通せない中で激しい波音だけが鳴り響いているという状況はこれまでの人生で経験したことがなく、私は不思議な興奮とともに恐ろしさを感じて、そちら側に近づくことはできなかった。

ポンコタンの中心の低い丘にピョコンととんがった頂上があり、そこへの斜面は北海道の海岸線でよく見る丈の低い野草が茂っている。私はその頂上に立ちたいと思ったが、ゴムぞうりでは草の葉やとげでけがをする可能性も感じて断念した。

島の南側は茶色い石がゴロゴロした低地で、植生はない。満潮時には潮をかぶるのだろう。その中にひときわ目を引く、2階建ての家ほどの高さの岩が塔のように立っている。触るともろい泥岩だった。この岩は大波のたびに少しずつ身を削られて、いずれ姿を消すことになるだろう。そう考えると私はますますおじけづいて、霧と潮騒に包まれたこの島に長居することはできなかった。

泥岩の塔
泥岩の塔
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