1万円でリッチな気分 横須賀アートめぐりドライブ

1万円でリッチな気分 横須賀アートめぐりドライブ

手軽に、でもいつもの日常とは、ひと味違う1日を過ごしたい。そんな方におすすめをしたいのが、予算1万円以内でぜいたくな体験ができる、日帰りアートめぐり。各地の展覧会や芸術作品を訪ねる連載「アートを旅する」を&TRAVELで執筆している、高橋綾子さんがおすすめのドライブプランを紹介します。舞台は横須賀、潮騒を聞きながらアートの楽しさに触れてみませんか。

海と山に囲まれたチャーミングな場所 「横須賀美術館」

建物が威張っていないと感じたのは、低層であるというだけでなく、海と山に囲まれた地形に寄り添う調和と優しさが伝わったからだろうか。

大小の丸い穴が空いた滑らかな白い容器が、まるでガラスの箱をまとったような外観。内部に入ると、白い壁と天井の丸い穴が光とリズムを生み出していて、なんともチャーミングだ。

横須賀美術館の内観
横須賀美術館の内観

この日に鑑賞した企画展は「見る、知る、学ぶ、作る 版画ワンダーワールド」。浮世絵から現代作家の作品まで、多様な版画技法を知ることのできる丁寧な内容だった。

見る、知る、学ぶ、作る 版画ワンダーワールド
見る、知る、学ぶ、作る 版画ワンダーワールド

凸版や凹版、平版と孔版といった版の種類に沿って、実際の原版も作品とともに展示され、現役作家へのインタビューも紹介されていた。版画にこれだけ豊かな表現があるのだと見入りながら、学芸員の誠実さが伝わるいい展覧会だなあと納得。

常設展示室は地下へ。横須賀・三浦半島にゆかりのある作家や日本の近現代美術の重要作家の作品が所蔵されている。

吹き抜けの回廊ギャラリーには作品がゆったりと配置され、広さの異なる展示室は、テーマや作家による小企画になっていた。1階の企画展示室とあわせると、展示室は思いのほか広くて、空間の緩急が心地よく感じられた。

横須賀美術館の常設展示室
横須賀美術館の常設展示室

そうか、私の好きな松本竣介の「お濠端(ほりばた)」は、この美術館の所蔵だったのかと、あらためて心惹かれた。その制作年を知ると、より感慨深いものとなる。

松本竣介「お濠端」
松本竣介「お濠端」

1940年に竣介は、皇居のお濠と周囲の樹木に陸軍参謀本部の建物を半抽象のような色面で描いている。まさに日本が戦争に向かっていく頃に描かれたものだ。一見、平穏な画面に見えても、画家それぞれの人生と心情が託されていることに思いをはせるのもまた、美術館の味わい方だ。

さらに別館の谷内六郎館へ。谷内は1956年の「週刊新潮」創刊から、1981年に59歳で亡くなるまでの26年間、表紙絵を担当したことで知られる。

まさにライフワークとしての原画総数は約1,300枚にものぼった。谷内が横須賀にアトリエを構えていた縁もあって、ご遺族が作品と資料を市に寄贈したことが、この施設の誕生ににつながったそうだ。

谷内六郎館
谷内六郎館

日本の四季と郷愁、子供たちの暮らしと遊びの情景。谷内のまなざしは素朴で優しく、そして、空想に遊ぶような機知に富んでいる。

例えば「タンポポのヘリコプター」は、姉と弟が丘の上でタンポポの種を吹いている情景で、よく見ると種がヘリコプターになって飛んでいるのだ。クスッと笑えるようなユーモアと、谷内の観察眼が絵の中で光る作品だ。

谷内六郎「タンポポのヘリコプター」
谷内六郎「タンポポのヘリコプター」

居心地が良くて名残惜しいが、美術館を去る前に見逃して欲しくない野外作品をご紹介しておこう。前庭脇にある、若林奮(いさむ)の彫刻作品「Valleys(2nd Stage)」(1989年制作/2006年設置)。

若林奮「Valleys(2nd Stage)」
若林奮「Valleys(2nd Stage)」

谷間を歩くひとときは、閉塞(へいそく)と解放が共存するような不思議な感じ。ちょっとナイーブな言い方をすると、あぁ自然の中で人間は孤独なひとりなんだよなぁといった感慨がわいてくる。そう、美術館とは感覚が研ぎ澄まされる場所なのだ。

横須賀美術館
https://www.yokosuka-moa.jp/

海を眺めながらリッチなランチ 「アクアマーレ」

美術館は意外とたくさん歩く場所。鑑賞の余韻を同行者とおしゃべりしたり、あるいは、ひとりほっと休憩するのも大切な時間。そこに食の楽しみが加われば、さらにぜいたくで特別な時間となるだろう。

「アクアマーレ」は、横須賀美術館内に併設されたレストラン。南青山のイタリアンレストラン「アクアパッツァ」の日髙良実シェフがプロデュースし、開館以来変わらずの人気店だ。

この日も平日ながら、ランチのテーブルはすぐに満席になっていた。“地産地消”をモットーに、地元産の魚介類や野菜を使ったメニューは豊富で、企画展にちなんだコラボメニューもある。

そして、「海の広場」に面したガラス張りの空間は、他にはない特等席、オーシャンビューを楽しみながらの食事も格別だ。

アクアマーレ内観
アクアマーレ内観

カジュアルなピザやパスタのランチもよいけれど、今日は少しぜいたくにコース料理にしてみよう。

華やかな前菜皿の冷製スープには、地元の鈴也(スズナリ)ファームの「フルーツカブ」が使われているとのことで、若手農家による新しい野菜の存在感が頼もしい。

他にも彩り豊かな野菜がふんだんで、メインの鮮魚のローストに添えられたダイコンのソテーも、野菜そのものの甘みが印象的だった。素材を生かすイタリア料理ならではの、技術とセンスを堪能。ごちそうさまでした。

アクアマーレのランチコース。この日のメインはサワラのロースト
アクアマーレのランチコース。この日のメインはサワラのロースト

横須賀アクアマーレ
http://acquamare.jp/

住宅街の中にひっそりとたたずむ 「カスヤの森現代美術館」

横須賀には、市の美術館が2007年に開館するまで美術館がなかったわけではない。実は、知る人ぞ知るという私設美術館が、その13年も前の1994年に、三浦半島で初めての美術館として誕生している。

住宅街の中の竹林に囲まれた「カスヤの森現代美術館」は、硬派でブレない姿勢を貫いて、現在に至っている。

かなり入り組んだ道を進むので、ちょっと不安になりそうだが、途中の案内表示もいくつかあって、にび色のとんがり屋根がある建物にたどり着くことができた。

カスヤの森現代美術館
カスヤの森現代美術館

“硬派な”と評したのは、日本の美術館の中でも珍しく、まとまったヨーゼフ・ボイスのコレクションが常設展示してあるからだ。

第2次世界大戦後のドイツで、芸術が社会と関わりを持つことで、社会を変化させる役割を持つべきだと強く主張したボイスは、20世紀美術の革命家とも称された。

美術館を運営する若江さん夫妻が最初に購入したボイスの作品「音のしない黒板消し」
美術館を運営する若江さん夫妻が最初に購入したボイスの作品「音のしない黒板消し」

他にもナム・ジュン・パイク、宮脇愛子、そして李禹煥(リーウーファン)の作品が常設展示されている。

パイクの作品は壊れたピアノと二台のモニターで、これは美術館を運営する若江漢字さん、栄戽(はるこ)さん夫妻が1986年に企画に関わった、神奈川「芸術—平和への対話」展でのオープニングイベントの痕跡のような作品。

ナム・ジュン・パイク「パイクのグランドピアノ’86」
ナム・ジュン・パイク「パイクのグランドピアノ’86」

建物の裏には雰囲気のある竹林が。そこを登ると、若江夫妻と親交の深かった宮脇愛子の代表作のワイヤの環境彫刻「うつろひ」がある。

宮脇愛子「うつろひ」
宮脇愛子「うつろひ」

圧巻は李禹煥の「対話」。展示室の正面壁の中央に、モノクロームの濃淡の大きな一筆が。部屋に入って、息をのむような緊張感の中で、しばし静寂にたたずんだ。

李禹煥「対話」
李禹煥「対話」

本館に戻ると、カフェラウンジでは、一転して浮きたつ心持ちに。明るいオレンジ色の壁には様々な作家の平面作品がかけられ、大きな窓からは竹林を望むことができる。

そこで栄戽さんお手製のたっぷり果実の美しいフルーツティーを頂いた。身も心も温まるひととき。心と目が、緊張したり和んだりと、その緩急が心地よいのもアートの喜びだ。

果実たっぷりのフルーツティー
果実たっぷりのフルーツティー

カスヤの森現代美術館
http://www.museum-haus-kasuya.com/

大人の秘密基地 「かねよ食堂」

日が暮れて、旅の終わりに立ち寄ったのは、海を愛する人々に人気のカフェ「かねよ食堂」だ。

走水海岸の古い漁師小屋を改装したそうで、トタン張りの外装は、まるで大人の秘密基地のような風情。定食屋さんのような屋号だが、「KANEYO ART STUDIO」との名もあり、ここはライブや音楽イベントが繰り広げられることでも知られる。

古い漁師小屋を改装した「かねよ食堂」
古い漁師小屋を改装した「かねよ食堂」

オーナー自身の流木のしつらえや、仲間のアーティストの作品なども、無造作にあちこちに置かれていて、それは“展示”というより、人と同様に作品も“暮らしている”ような、自然体の良さがあった。

店内には様々なアート作品が
店内には様々なアート作品が

仲間のサーファーやアーティスト、ミュージシャンたちの集いの場が、ゆるやかに広がったように、足元のよろこびを創り出せる知恵が、そうした快適さを生み出しているのだろう。

落ち着ける空間が広がる
落ち着ける空間が広がる

だから、そこが「スタジオ」であることも肝心だ。芸術家の仕事場(アトリエ・工房)のように、飲食に限らず、そこでは常に何かが実験し続けられるはずだ。

一日で二つの美術館を堪能して、少し気持ちが高ぶっていたのかも。夜の海に雨が降っている気配を感じながら、暖かい部屋で気持ちを鎮めるように食事を頂いた。

「三崎産マグロ小頭のロースト」(左前)「たこのパスタ」(右奥)「かねよ食堂 オリジナルミックスジュース オレトマト」(奥)
「三崎産マグロ小頭のロースト」(左前)「たこのパスタ」(右奥)「かねよ食堂 オリジナルミックスジュース オレトマト」(奥)

この日は、冷たい雨の一日だった。爽快な夏の海と青空とは対照的で、憂いに満ちた風景と、この地に根付いたアートの精神、そして冬の味覚もまた、心と身体にしみるものとなった。

かねよ食堂
https://art-onthebeach.com/

ぜいたく気分が味わえる今回の旅でかかった金額は…?

企画展・常設展 入館料(横須賀美術館)…900円

ランチコース(アクアマーレ)…3,500円(税込み)

入館料(カスヤの森現代美術館)…600円(2020年1月より、一般料金が700円に変更)

果実たっぷりフルーツティー(カスヤの森現代美術館)…700円(税込み)

三崎産マグロ小頭のロースト(かねよ食堂)…1,815円(税込み)

たこのパスタ(かねよ食堂)…1,518円(税込み)

オレトマト(かねよ食堂)…605円(税込み)

税込み合計金額が9,638円

(写真・編集:田中遼平)

高橋綾子

名古屋造形大学教授
岐阜市生まれ、北海道大学文学部行動科学科卒業。愛知芸術文化センター(愛知県文化情報センター)学芸員を経て2001年より大学教員となる。2003年に創刊(2002年創刊準備号発行)した芸術批評誌『REAR(リア)』の編集制作を中心に、美術評論と編集活動を継続。現代美術展の企画や運営にも取り組む他、戦後前衛美術への関心から、1965年夏に岐阜で開催された「アンデパンダン・アート・フェスティバル」(通称:長良川アンパン)の調査など、アートプロジェクトと地域についての調査研究を行っている。苦めの珈琲とキャバリア犬のトトをこよなく愛す。

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