小川フミオのモーターカー

歴史に残るスポーツカー「マツダ・サバンナRX-7」

 

国産スポーツカー復活のきっかけをつくった、偉大なるマイルストーン。1978年に、米国市場と日本市場を見据えて発表された、2プラス2シーターだ。燃費などの理由で、70年代中頃の石油ショックの時は敬遠されたロータリーエンジンを搭載したことも話題になった。

当時の日本のスポーツカーには、同時期に開発された日産・フェアレディZ(S130)がある。しかし、米国市場を中心に開発されたため車体も大きく、初代Zの敏捷なイメージを失ってしまった。それに対して、サバンナRX-7は全長4.3m、全幅1.7mに満たないボディー。それも日本のスポーツカー好きの心を大いにくすぐったのだ。

 

 

グラスハッチ(後部のテールゲートがガラス製)のスポーツカーは、76年に登場したポルシェ924がある。そのプロポーションが、以降のミッドサイズ・スポーツカーに大きな影響を与えたといわれる。サバンナRX-7も「プアマンズ・ポルシェ」と揶揄(やゆ)されたこともある。しかし、10~15年先を考えて開発するクルマで、2年間のうちに924のスタイルをなぞるのは不可能だ。つまり、ほぼ同時期に同じようなスタイリングコンセプトでまとめたのである。日独米に拠点を持っていたマツダのデザインが、しっかりと時代の流れ、トレンドの動きをつかんでいたことの証明にほかならない。

 

エンジンは、三葉型ローター(573cc)を2基備えた「12A」で、130psの最高出力を持っていた。これが前輪より少し後ろに搭載されており、カーブなどでの軽快な動きに貢献するとされた。「フロントミッドシップ」という用語を広めたのも、サバンナRX-7の功績だ。

時代が再び好景気へと向かい、徐々に装備も豪華になっていった。83年にはパワフルなロータリーターボもラインナップに加わり、85年まで生産された。やはり、日本オリジナルのスタイルを持っていた、歴史に残るスポーツカーはこのSA22C型であろう。

PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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