小川フミオのモーターカー

ブームの基盤をつくった「プジョー205」

 

1983年にフランスのプジョーが発表したハッチバック、205は他に類のないキャラクターで、日本でも多くのファンを惹(ひ)き付けた。キュートなスタイリングとパワフルなGTIというモデルの設定だった。フランス車では過去にそのような例がなく、画期的だったのである。そのため、日本でも多くのクルマ好きが205GTIに憧れたのだ。

 

プジョー205は、フォルクスワーゲン・ゴルフなどをライバルに据え開発されたモデルだ。世界ラリー選手権などに熱心だったプジョーが、高速ラリー車のイメージを色濃く投影させたことも成功の理由だった。4ドアは機能的な実用車という趣で、乗り心地がよく快適性も高かった。GTIは当初105psの1.6リッター、その後120psの1.9リッターに変わった。105馬力は今でこそ実用車レベルだが、当時ははじけるようなダッシュ力と、重いが慣れると俊敏にカーブを曲がっていくハンドリングは、目が覚めるようだった。

 

 

205GTIは、赤い差し色が印象的である。バンパーに入れられた細いラインが洒落(しゃれ)ていて、内装もシート表皮をはじめ、各所の赤いラインがスポーティーな雰囲気を醸し出していた。シートの座り心地はよく、スポーティーなクルマだが長距離を走行しても、疲労感がほとんどなかったことも感心させられた。

 

 

80年代は、日本車が大きく力をつけた時代だった。しかし、欧州では205のような大衆車でも、運転する喜びが詰まった高性能車までつくり、まだ日本車が追いついていない時代でもあったのだ。それが、205を特別なクルマとして評価することにつながっていた。クルマの魅力とは何なのかということを分かっている。そのようにオーナーが主張することができるモデルだったのだ。後に、2000年代初頭にかけて、日本ではプジョーブームが起こる。205はその基盤をつくったモデルだった。

PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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