小川フミオのモーターカー

ビートルもこんなに変わる「VWカルマンギア」

ビートルもこんなに変わる「VWカルマンギア」

全長4.2メートルに対してホイールベースは2.4メートルと比較的長い

フォルクスワーゲン・ビートルからはいろいろな派生車種が生まれた。ポルシェもその中に含まれるという説もあるけれど、もっともよい例はカルマンギアだろう。

流麗なクーペとオープンという2種類のボディーをもった2プラス2。イタリアのギアが設計、ドイツのカルマンが製作と、2国の車体架装業者をうまく使って作り上げたクルマである。

ビートルもこんなに変わる「VWカルマンギア」

初期のモデル

ビートルがベースなのでパワートレインは空冷4気筒エンジンで後輪駆動。デビュー時は1192ccだったが、1965年には1285cc、さらに1493cc、1584ccへと拡大する。これが2灯式のモデルで、62年から69年までVWカルマンギア1500が並行して存在した。

補助灯がついたフロントマスクと車体側面にはキャラクターラインが回りこんだシャープな印象のモデルである。でもファンはオリジナル(ここで写真を紹介しているもの)のスタイルをより愛しているようだ。

ビートルもこんなに変わる「VWカルマンギア」

リアに空冷4気筒エンジンが搭載されていて、この雰囲気は米国的でもある

カルマンギアが発表された55年は西ドイツ(当時)が主権回復を宣言した年。それと重ね合わせてこのクルマを記憶しているドイツ人に何人も会ったことがある。

日本では政治的にはいわゆる保守合同で自由民主党が誕生した年でもある。自動車産業を含めてすべてが高度成長期に向けて動きだそうとしていた。とはいえ日本車はクラウンやブルーバードがようやく発売され、本格的な産業化に向けて動きだそうという時期であった。

このときに早くもフォルクスワーゲンはカルマンギアという“遊びグルマ”を開発。北米市場を中心に大きな販売戦略を展開して好評を得たのだ。

敗戦からのドイツ自動車産業の立ち直りの早さもたいしたものだが、適度な価格とスポーティーなルックスがあれば(本格的なスポーツカーでなくても)市場では成功するというマーケティングにおける慧眼(けいがん)ぶりに感心する。その意味でもエポックメーキングなモデルといっていいだろう。

ビートルもこんなに変わる「VWカルマンギア」

独カルマンの工場で生産されるカルマンギア(ここでの写真はすべてタイプI系)

小さくて丸いキャビンと長いテールのバランスがよく、フェンダーのふくらみはスポーティーだ。上手にまとめられたスタイリングである。

根強いファンがいるようで、いまでも時々街中で見かけるのは嬉(うれ)しいかぎりだ。実際はビートルより100キロほど重く、注目に値するほどの走行性能がなかったのは残念だ。

でもあまりうるさいことはいわないで、キュートなクーペとして存在意義を認めたいモデルである。

PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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