〈十手十色〉人の本質を表現するために“異形の人”を彫る 彫刻家・舟越桂さん

「多少下手だろうと、僕だけが作れる形、今まで誰もほり出してあげられなかった新しい美術の姿になっていなければ意味がない」と舟越さん


「多少下手だろうと、僕だけが作れる形、今まで誰もほり出してあげられなかった新しい美術の姿になっていなければ意味がない」と舟越さん


 ひとつの胴に二つの頭がついていたり、背中から手が生えていたり、耳が犬のように長くたれていたり。彫刻家・舟越桂さんの作品は、独特な造形から「異形」と呼ばれることもある。しかしその不思議な美しさにはなぜか、思わず見入ってしまう力がある。

 舟越さんは、ベネチア・ビエンナーレやドクメンタなど世界最大規模の国際美術展で1990年前後から注目され、国内外の美術館やギャラリーで個展が開かれるなど世界的に活躍する彫刻家だ。同じく彫刻家だった父親の姿を見て育ち、「小学3年生くらいからなんとなく自分も彫刻家になるだろうなあと思ってました。義務感でも意志でもなくて、予感でしたね」と話す。

(左)手前の作品は「水に映る月蝕」、奥は「言葉をつかむ手」(中)「一番遠くにあって分からない自分自身」を見つめているという目(右)「水に映る月蝕」のためのドローイング


(左)手前の作品は「水に映る月蝕」、奥は「言葉をつかむ手」(中)「一番遠くにあって分からない自分自身」を見つめているという目(右)「水に映る月蝕」のためのドローイング


最初はチェーンソーで木をかたちづくり、それから木づちとノミで細かな作業をする。顔はサンドペーパーをかけることでしっとりすべやかに仕上げる


最初はチェーンソーで木をかたちづくり、それから木づちとノミで細かな作業をする。顔はサンドペーパーをかけることでしっとりすべやかに仕上げる


 ただ、父は大理石を彫ったのに対し、息子は素材にクスノキを選んだ。大学院生の時、初めて依頼を受けてクスノキに聖母子像を彫った時、「ああ、これなら俺にも何かできる」と思えた。「大理石は彫っている途中で割れちゃう可能性があるんですよね。その怖さをずっと味わっていなくちゃいけないことが僕の性分に合わなくて」
 けれど、クスノキはノミが触れたところだけが削れていく。硬すぎず、やわらかすぎず、木にノミが入っていく感触が心地よい。いい香りや、人肌に近い色も人物の彫像にはうってつけだった。
彫刻だけでなく、版画やドローイングなどの平面作品にも意欲的に取り組んでいる舟越さん


彫刻だけでなく、版画やドローイングなどの平面作品にも意欲的に取り組んでいる舟越さん

誰かに似せることから解放されて

 作家活動を始めたころは、モデルのいる人物像を手がけていた。最初のモデルは最も身近な存在の妻。「そばにいて生きている感じ」「目の前にいて両肩をばっと抱ける距離感」を追求し、半身像という今のスタイルにたどり着いた。それから実在のモデルを数多く彫っていくうちに、「誰かに似せること」からだんだんと解放されていき、あの不思議な形の像が生まれてくる。

東日本大震災後、被災地の小学校に作品を運んで何度も移動展覧会を開いている


東日本大震災後、被災地の小学校に作品を運んで何度も移動展覧会を開いている


 「物事をあまり論理的に考えられないのですが、どっかで見たものをパッと思い出したり、思い付きがやってきたり、人が何か話しておもしろいことが浮かんだりした時に絶対外さないでキャッチするぞ、っていう意識がずっと前からあるんです」。像の背中から生えている手は、そのアイデアを逃さないための手だ。見る人によっては、自分を助けてくれる誰かの手、もう会えない死者から差し伸べられた手と感じてもいい、と舟越さんは言う。

 二つの頭が一つの胴体を共有している像は、人はいつも誰かに支えられて生きていることを表現したもの。まぶたにも目が付いている人の像は、自分だけの視点ではなく、他人の言葉にヒントを得ながらさまざまな角度から物事を見ていることを表している。
 2000年代の半ばからは「人間のすることをずっと見続けているもの」の象徴として、スフィンクスにも人間にも、男性にも女性にも見える像を手がけており、代表的なシリーズ作品となっている。それらのどの作品にも込められているのは、「人間とはどんな存在か」という問いに対する舟越さんの答えだ。

現在の木彫半身像のはじまりとなった「妻の肖像」


現在の木彫半身像のはじまりとなった「妻の肖像」

人間は許される存在か

 人は何を抱え、何とともに生きているのか。さまざまな「人」を彫り出すことは、舟越さんにとって人間の本質を探すことにほかならない。

「世界のいろんなニュースを見ていると、人はなんてひどいことをするんだろうと思うことが多いですし、人間さえいなければ地球は平和なんだろうと思うんです。でも美しいところも悲しいところもひっくるめて、存在をゆるしてもらえないでしょうか、って言いたいんですよね。神様か、あるいは自然か、宇宙の摂理か、僕ら以外のものに対して。ほとんどいいことはしていないけど、こういう彫刻にしたい部分もあるので存在してもいいですよね、って」

 そんな切ない問いかけを秘めたまま、舟越さんの手が生み出した人はただ美しく、そこに居る。大理石のはめられた目にうるんだような輝きをたたえて、静かに遠くを見つめて。

自分で編み出した言葉や、本やテレビ、新聞で見た言葉を体の中にため込んでごった煮にし、それが突然料理(作品)となって出てくることもある。アトリエにはヒントになるようなメモや写真があふれている


自分で編み出した言葉や、本やテレビ、新聞で見た言葉を体の中にため込んでごった煮にし、それが突然料理(作品)となって出てくることもある。アトリエにはヒントになるようなメモや写真があふれている

    ◇
ふなこし・かつら 1951年生まれ。父は戦後の日本を代表する彫刻家・舟越保武。その影響を受けて彫刻家を志す。東京造形大学美術学科卒業。東京芸術大学大学院美術研究科修了。大学院在籍中に作家活動をスタートさせる。その後、現在の木彫半身像というスタイルを確立し、日本の具象彫刻の旗手として評価されている。東京造形大客員教授。9月2日まで、東京・日本橋の西村画廊で開催中のグループ展「サマーショー 2017」で新作「青の書」を展示中(http://www.nishimura-gallery.com/)。12月まで新作版画展が全国を巡回中のほか、10月7日から東京の渋谷区立松濤美術館で開かれる「三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館」展にも参加する。

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