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「無理して来なくてもいい」 人気落語家3人が“嫌われがちな池袋”を大いに語る

左から、三遊亭白鳥、橘家文蔵、柳家喬太郎


左から、三遊亭白鳥、橘家文蔵、柳家喬太郎

「池袋が苦手」だという話をよく耳にする。統計があるわけではないし、イメージと言ってしまえばそれまで。だがしかし、新宿とはまた違った“怖さ”があり、何となく避けるという話を聞くことはないだろうか。池袋で修行し、いまもってその周辺に住まう橘家文蔵さん、三遊亭白鳥さん、柳家喬太郎さんはその曖昧なイメージについてどう考えるのか。池袋演芸場近くの居酒屋で、修行時代の思い出から知られざる池袋グルメまで、愛する池袋の魅力をたっぷり語っていただいた。

苦手なやつは来なきゃいいんだよ。

三遊亭白鳥(以下、白鳥):俺は大学3年から15年くらい池袋の赤線地帯だったアパートに住んでたんですけど、当時は危険な雰囲気でしたよ。池袋の駅からちょっと離れれば落ち着いてるけど、街なかは上品とは言えないよね。

文蔵:子どもの頃からこの辺ウロウロしてたけど、やっぱり北口のほうは怖そうな人がたくさんいたね。

喬太郎:俺も学生時代に寄席とかで来てましたけど、新宿って幅の広い怖さなんだけど、池袋は奥が深い怖さっていう感じがしましたね。でも、意外と住みやすい。要はイメージでしょう、池袋が嫌いって。

  

文蔵:おれはいまのところに住んで7、8年だから、芸人になってからの池袋歴はふたりよりも浅い。でも、池袋に来ると開放的になるもんね(笑)。

白鳥:ほっとする。外で飲むと疲れちゃうんですよ。

文蔵:そう。この人ね、浅草とかで飲むと「早く帰ろうよ」になっちゃうんだよ。

喬太郎:でも飲むのはさ、駅の向こう側(東・南池袋)じゃなくて、こっち側(北・西池袋)ですよね。

白鳥:そうそう。

文蔵:カウンターしかない焼きとん屋とかね。

喬太郎:あと、渋谷、新宿、湯島とかはラブホってかたまってるじゃないですか。池袋もかたまってるエリアはあるけど、それプラス、ちょこんちょこんって街中にあるのが特徴かな。

文蔵:東西南北にあるよね。

白鳥:演芸場の裏のほうにね、安いラブホテルがバッてかたまってますよ。

文蔵:こういう話をしてるから池袋の人気がなくなるんだ(笑)。

喬太郎:苦手なやつは来なきゃいいんだよ! でも2年くらい前かな、“住みたい街ランキング”みたいなニュースを行きつけの店のテレビで常連同士で観てて。吉祥寺が1位で池袋が5位くらいにランクインした時、みんなが口をそろえて「うっそー」って言ったんですよ。

文蔵:それはそうだよね。

喬太郎:「本当に住みたいのか! お前たち」って。

白鳥:俺は吉祥寺なんて住みたくないよ。駅前もごちゃごちゃしてるし、寄席も遠いし。池袋は(交通の)便がいいんだよ。

喬太郎:イメージとして住みにくそうなんだけど、意外と住みやすいんですよ。(東京芸術)劇場のほうからラブホ街を越えたら、もう住宅街だもん。

文蔵:東池(袋)のほうじゃないんだよな。向こうもたまに散歩するけど、やっぱり椎名町、千川、要町、北池(袋)とかくらいじゃねえかな。喬ちゃんは前座の頃どこにいたの? あ、うち(実家)か。

  

喬太郎:横浜の実家が途中まで。で、1年半くらい飯田橋に住んでたんですよ。

白鳥:あれ、なんでこっち来たんだっけ?

喬太郎:所帯もって。

白鳥:あ、そっか。いきなり区営アパート入っちゃったの?

喬太郎:ううん。要町のアパートにいたの。要町に仕事で来た時に、当時ほら、あんまり高いビルもなかったし、道幅が広いから空がすごく大きい街だなと思ったんですよ。「とても素敵だな」なんて思ってさ。

文蔵:要町の空は広い(笑)。

喬太郎:そう(笑)。当時、仲間がこの界隈に結構いたでしょう。前座が住める安さみたいなのがありましたよね。

修行時代の思い出。

白鳥:前座の時も飲むっていったら、だいたい池袋だったよね。

喬太郎:俺、11月の下席から前座になったんですけど、かな文兄さん(文蔵師匠の前座名)が怖い人だってうわさを聞いてたんですね。正月二之席の池袋演芸場で一緒になるってなって、「とうとうだよ。怖いなあ」って思ってて。で、初日働いたあと「さん坊(喬太郎師匠の前座名)飲み行くぞ」って、今でもあるけど駅前のやきとん屋の2階に連れてってくれてさ。そしたら、こんなに落語が好きなんだって思うくらい稲荷町の話とか(先代の)文蔵師匠の話をずっとしてくれたの。心の中では「このひと怖くないんだ」って思ったもん。まあ、(前座仕事に)ろくに来やしないんだけどね。

文蔵:来ない怖さがあったからね、俺は。行けば働くんだけど。

喬太郎:悪いくせに頭がいいから。(興行の)10日間のうち、7日、8日は平気で休んじゃうの。そんで8日目くらいに、上野だったら「二木の菓子」でいっぱい買って来るのよ。そうすると師匠方も入れ替わりでずっとはいないから、「あ、かな文は買い物に行って戻ってきたのか」っていうわけ。それ見て、俺たちは「きったねーなぁ」ってずっと言ってたんだよね。そういう手を使う人だった。

  

文蔵:ねえ。あの時、ずいぶん知恵を使いましたよ。

喬太郎:ずいぶん親戚が死んだからって休んで。死なせすぎですよ。

文蔵:あれ、なんだっけ。いまの(三遊亭)小円歌さんのズラ(日本髪のかつら)を預かっておくからっていってさ。白鳥と飲んでて、酔っぱらってるうちに途中で重くなっちゃって「マルイ」の前に置いておいたの。

喬太郎:池袋の?

文蔵:うん。

白鳥:で、さすがにお互い「やべーな」つって、取りに行ったら浮浪者がかぶろうとしてた(笑)。あと、あれもあったよな。こん平師匠の。

  

文蔵:ああ、あれね。「池袋演芸場 夜の主任 林家こん平」って大看板があって、やっぱり池袋で飲んでて「これ、外しちゃおう」と。それを二人でマクドナルドの前に置いておいたんだよ。で、この人(白鳥師匠)の家に泊まって朝起きてブクロ行ったら、マクドナルドの前が黒山の人だかりでさ。

白鳥:「こん平が来る!」って。

文蔵:1日店長みたいな感じで(笑)。

白鳥:やべーつって「すいません落とし物です」って。

文蔵:「演芸場の者です。なんか、いたずらされたみたいで」って、また元のところに戻して。

白鳥:前座時代のそんな話、山のようにあるよ。

喬太郎:池袋に住んでると漫談のネタに困らないんですよね。俺はこっち側じゃないですけど、池袋って言ったらやっぱり「すなっくらんど」ですね。あったじゃん。池袋西武の近くの地下のさ。

文蔵:ああ、はいはい! わかるぞ「すなっくらんど」。

喬太郎:あそこは、やっぱり池袋の象徴みたいなところでしたよね。そば、うどん、ラーメン、カレー、オムライスにピラフだスタミナ丼とかさ。あと、原宿ドッグとかとんかつ焼きそばなんかもあるんだよ。よく言えばフードコートなんだけど。

白鳥:あか抜けないんだよね。

文蔵:すごいヨボヨボのおばあちゃんがクレープ焼いてたり。

喬太郎:でっかいやかんにお茶が入ってたりね。こっちでおにぎり買って、それ持ってラーメン屋で食ったりなんかする。立ち食いのパラダイスみたいな感じで。

文蔵:あれ、いつなくなっちゃったんだろうね。

喬太郎:俺が二ツ目前になってからですよ。ただ、今でも小奇麗にしてやってはいるんですよ。「すなっくらんど」じゃないけど、フードコートは。あれは池袋でしか見たことない。好きだったなぁ「すなっくらんど」。

  

駅からすこし離れたところに名店がある。

文蔵:こんなこと話してても、誰も池袋に寄ってこないんじゃない?

喬太郎:別に、どうしても池袋を好きになってほしいと思わないもん。

白鳥:俺、最近はなるべく池袋駅を通過しないような行き方で寄席に行ってます。上野に行くなら要町から飯田橋まで行って、飯田橋から上野。夜の池袋駅ってすげえギスギスしてるんですよ。

喬太郎:俺は今でも夜の池袋は平気。新宿とかのほうが疲れる。ギスギスの種類が池袋のほうが好きなのかも。

文蔵:まあ、家が近いっていうのもあるんだろうな。

喬太郎:それはありますね。あと、池袋は立ち食いそば屋が多い。

白鳥:あそこうまいよな。24時間やっている。

喬太郎:Iね。でも、Kもうまいですよ。

文蔵:Kは何年も行ってねえな。そば屋じゃないけど、(白鳥は)要町のあそこのレバニラ炒めがうまいって言ってたよね。

白鳥:F? 都内で一番うまいところ。それも、メガネをかけたおばちゃんの時が一番。

文蔵:それで俺も行ってね、食べたらそうでもないんだよ。

  

白鳥:メガネのおばちゃんじゃなきゃダメ。

喬太郎:要町のFは中華丼がうまかった。

文蔵:ああ、そう。中華丼ね。わかりました。明日、さっそく行きます。

喬太郎:俺たち、安っぽいなぁ。

白鳥:(文蔵は)芸術劇場通りにうまいもつ焼き屋あるって言ってたじゃん。

文蔵:池袋2丁目のほうね。

白鳥:そうそう。

文蔵:あそこは、焼とんのシロが東京で一番うめえんじゃないかな。

喬太郎:俺はあそこ。ロサ会館のとこにさ、Sってとんかつ屋があったじゃん。大将がいい人でね。あそこのとんかつはうまかった。

文蔵:あれ、なくなっちゃったのね。とんかつもうまいんだけど、生姜焼きがうまくてね。

白鳥:要町のカレー屋とかさ、ちょっとずつ離れたところにうまいところがある。

文蔵:光文社の脇入って行ったところね。あそこのカレー、うまいよね。あと、並びにあるラーメン屋もよく並んでるよ。

喬太郎:池袋ってラーメン激戦区ですよね。

一駅となりの周辺エリアまでが池袋。

喬太郎:(サンシャイン水族館でペンギンを見たか訊ねると)ペンギン? なんでペンギン? 行ってないです。

文蔵:俺、見に行ったけどね。

喬太郎:裏切り者(笑)!。

文蔵:ははは。俺は見に行ったぞ。

白鳥:たしかにサンシャイン(シティ)って行かないね。

喬太郎:俺はウルフェス(ウルトラマンフェスティバル)に行くから。でもさ、俺も横浜が実家だから若い頃は渋谷にも行ったし便利なのも知ってる。けど、じゃあ渋谷で遊ぼうとは思わないんだよね。池袋の水がなじんだ人がここに住んじゃってるのかな。

文蔵:じゃねえかな、うん。芸人の中にもいるんじゃない? 「池袋ってやだ」っていう人は。今はシブラクとかあるけど、渋谷に寄席があればね、前座の頃から通ったんだろうけど。でも(渋谷で)見つけた。やっぱり池袋くさい店を何軒か。

喬太郎:(池袋)的なエリアがあるんですよね。今なくなっちまった東急プラザの裏とかさ、伝承ホールに行くエリアの裏手みたいなところは、今でもあんじゃないですか。

白鳥:池袋って風俗とふつうの店が混在してるよね。すぐそこにSっていうソープがあってさ。大通りに面してるから入るのにすげえ度胸いるんだよ。

(しばらく、風俗トークが続く……。)

白鳥:これ記事にできるの、ほんのちょっとじゃないすか。

喬太郎:でもね、まさにそういうことなのよ。(取材班に向かって)歩いてもらうと分かるんだけど、ここの店を出るでしょ。そうすると、八百屋があって、不動産屋があって、そこを小学生がランドセル背負ってるような普通の商店街なんですよ。で、その脇がホテル街。「人間ってこういうもんだ」って教えてくれる街だと思う。

文蔵:若者にウケるような繁華街でもねえんだけど、下町っぽいところもあるし。住みやすいかと言えば、住みにくいところもある。一言では説明できないところですよね。

白鳥:なかなかないんじゃない? 新宿の次に乗降者が多い駅で、ちょっと行くと住みやすいって。

喬太郎:そう。意外と静かなんだよね。

白鳥:俺が前に住んでたアパートなんて、赤線街のところをちょっと行くとお屋敷街がボーンと出てくるし。目白と微妙に接してるから。

文蔵:落合とかも近いしな。

喬太郎:昔は池袋モンパルナスつってさ、芸術家とかそういう人がいっぱいいたわけじゃないですか。それにトキワ荘があったんだから、椎名町には。

喬太郎:住んでる人間からすると、池袋駅から一駅くらいの周辺までが池袋なんですよ。北池(袋)であったり、要町であったり、椎名町であったり。まあ、目白は「君たちとは違うよ」って感じだけど。

文蔵:新宿区の連中はね。

喬太郎:でも、僕らには大塚っていう味方がいるので。

文蔵:大塚、巣鴨。風俗たくさんあるもんね。

喬太郎:ありますもの。ありますもの(笑)。

白鳥:としまえんなんか池袋みたいなもんだからね。

文蔵:池袋の池みたいな感じ。

白鳥:池袋駅に向かうと狭いけど、そこを起点にすれば(板橋区の)大山も行けるし、としまえんも行けるし、広いんですよ。

白鳥:花緑兄貴がよく、師匠んち(5代目柳家小さん。「目白の師匠」という通名でも呼ばれる)から俺の汚ねぇアパートにドラクエしに来てましたよ。

喬太郎:(店員の注文を受けて)えっラストオーダー?

文蔵:あっそうか、2時間制で。もう、2時間経った!

  

文蔵:こいつ(白鳥)の住んでたアパートの近所で火事があってさ、みなさん避難してくださいって言ったら、100人くらいの外国人が出てきたんだよな。

白鳥:1部屋20人くらい住んでたからね。カギがないから冷蔵庫がカギ代わりって部屋もあった。部屋のドアにみんなで冷蔵庫を押す(笑)。

喬太郎:あははははは(笑)。トイレが怖かったんですよね、あそこ。

文蔵:ガムランミュージックみたいなのがどっかから流れてくるしさ。よくわかんねえ家だったね(笑)。

白鳥:多文化が入り乱れた場末のアパート。もうなくなりましたよ。みんなつぶしてマンションになってる。立地的には、駅まで3分くらいで行けちゃいますからね。

文蔵:そうだよね。すごいいいところに住んでたんだよね。

白鳥:それで家賃8000円ってどういうこと。まあ、そういう歴史もあり。でも今、(若手に話を)聞くとみんな風呂付の家とかね。

文蔵:うちの弟子なんかも「風呂がなきゃいやです」とか言って、家賃貯めながら住んでるよ。

白鳥:サラリーマンみたいになってきちゃってるもんね。

文蔵: 俺たちのころは、自由だったかもしれないなぁ。

喬太郎:このひと(白鳥師匠)が立前座(前座のなかで一番上)でさ、俺と扇辰っつぁんとで一緒に楽屋に入ったんですよ。なんかつまらなそうにしててさ。「お前たちはつまらない人間だ!」って言われて。「なんでそんなこと言われる必要があるんだよ、にいがた兄貴(白鳥師匠の前座名)」と、思ったけどね(笑) 。

白鳥:あの頃はね、とんがってましたよね。

文蔵:とんがってたっていうか、あんたもゆがんでたんだよ(笑)。

白鳥:いや、昔は本当に殴る蹴るが当たり前でしたからね。(三遊亭)歌武蔵兄貴が、あの巨体で「バカヤロー」って言って、(三遊亭)金時兄貴とか花緑兄貴をばちで殴ったりとかして。

文蔵:みんなね、戦ってたんですよ。それなりにね。

白鳥:芸人になろうなんてやつは、まともな人間じゃないんだから。それが今、サラリーマンみたいになっちゃってるから面白くない。

文蔵:この間(林家)たい平に会ってさ、久々にごはん食べたんだけど。あいつもかなり酔っ払っちゃって、「兄さん、昔は俺たち戦ってたよね」とか言って。「んだねぇ。あんたよく戦ってたよね」って。あいつはよく働いてたしね。華もあったし、こういう人が売れるんだなと思った。たい平のこと否定するやつは誰もいないよね。

喬太郎:いない、いない。一人もいないですね。人柄もいいし。

文蔵:大丈夫? これで、まとまった?

              ◇

以前、柳家喬太郎さんは紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAで行われた作家・北村薫さんとのトークショーで「雑誌なんかの対談だと、面白い部分こそ活字にできない」と言って会場を沸かせた。たとえ活字に起こせたとしても、ややもすれば間違った捉えられ方をされてしまうこともある。

 危険で猥雑(わいざつ)でごみごみしている――。池袋もまた、そうして一面的な見方で誤解されてきたのかもしれない。好き嫌いは各自の好みだし、苦手なら来なければいい。だが、一歩足を踏み入れると、なかなかどうして池袋は魅力的な街のようだ。
(文・ライター 金井悟、写真・武藤 奈緒美)
  

(プロフィール)
橘家文蔵(写真右)
1962年東京都出身。1986年10月橘家文蔵に入門。2001年9月真打に昇進し、「文左衛門」と改名。2016年9月三代目橘家文蔵を襲名。人情噺を得意ネタに、前座噺と言われる「道灌」でトリを取るなど芸の巧みさで人気を博す。入船亭扇辰・柳家小せんと共にフォークユニット「三K辰文舎」として、バンド活動も精力的に行う。

三遊亭白鳥(写真中央)
1963年新潟県出身。1987年三遊亭円丈に入門。2001年9月真打に昇進し、「三遊亭白鳥」と改名。「任侠流れの豚次伝」「落語の仮面」といった通しの大ネタをはじめ、これまでに数多くの名作落語を生み出している。新聞や雑誌での連載や小説「ギンギラ落語ボーイ」など、著述業でも活躍する。

柳家喬太郎(写真左)
1963年東京都出身。1989年10月柳家さん喬に入門。1993年5月二ツ目に昇進し、「喬太郎」と改名。2000年3月真打昇進。古典落語と新作落語の両軸で活躍中。8月に行われた鈴本演芸場特別企画『柳家喬太郎 三題噺地獄』では、その類まれなる創作能力で多くのファンを熱狂の渦に巻き込んだ。

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