湯山玲子の“現代メンズ解析”

人生に必要なのは“都合のいい人間” 性を描き続ける映画監督・三浦大輔が語る「現代のモテる男」

  

僕を、買ってください--。

名門大学の学生からコールボーイへと転身した森中 領(もりなか・りょう)。肉体の触れ合いを通して、領は女性ひとりひとりに隠されている欲望や奥深さに引かれ、仕事にやりがいを見いだしていく。

今春公開の映画「娼年」。原作は石田衣良氏の同名の恋愛小説、監督は多面的な性を描き続けてきた三浦大輔さんです。 2016年の舞台化では、俳優陣が一糸まとわぬ姿で性行為を演じ、大きな話題に。映画でもその過激さは失われず、主演・松坂桃李は舞台に続き、爽やかなイメージを覆す濃厚なセックスシーンを演じています。

女性のあらゆる性的欲望を全肯定する主人公・領は、現実にはまれな、女性にとっての理想の男性像。「女性から求められる男性」=「カッコいい男性」とするならば、この作品は「現代のカッコよさ」を考察する当連載にとって貴重な題材になるはず。

そこで今回は、三浦大輔監督と湯山玲子さんに「性」と「男の魅力」をテーマに対談していただきました。

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“男の理想”を排除 女性が望むエロスを描写

湯山玲子(以下、湯山) 今春、三浦監督の映画「娼年」が公開されました。本作は2016年に舞台化され、私も拝見したのですが、本当にびっくりした。松坂桃李さんが主人公なので、『愛の渦』(編注:三浦監督が手がける舞台および映画作品)をはじめセックス描写に手加減がない三浦さんとしても、さすがに心理描写を中心にして、あからさまなセックスシーンは見せずに収めるのかと思っていたら、大違い。むしろセックスシーンがセリフのダイアローグという感じで出てくる。

映画化でもその”表現”はまったく引っ込めておらず、逆に役者の表情や肌の質感など、カメラワークの徹底によって、より体感的、肉感的になったような気がします。試写も女性が多くて、熱気がすごかった。三浦演出のセックス描写は、いわゆるロマンポルノ的なセクシームードはなく、極めてストレート。女性はそういった身もふたもない性描写に嫌悪感を抱くと予想していたので、全く逆の結果にびっくりしたんです。

コールボーイとして初めての客と相対する主人公・領。ここから欲望に満ちた生々しいセックスシーンが展開される (C)石田衣良/集英社 2017映画『娼年』製作委員会

コールボーイとして初めての客と相対する主人公・領。ここから欲望に満ちた生々しいセックスシーンが展開される    
(C)石田衣良/集英社 2017映画『娼年』製作委員会

三浦大輔(以下、三浦) それは僕も意外でした。もちろん作品をつくる上で女性に配慮はしましたが、演出家としては原作のメッセージを受け継いでいくことが最も重要だと考えています。もともと僕は男目線の作品が多いタイプで、今回の映画も女性は嫌悪感を抱くだろうと思っていました。

湯山 だって、前戯のシーンにリアルな愛撫サウンドが入ってますからねぇ。女性にとっては「無いこと」にしたい部分。自分の身体の音は聞きたくないですから。でも、舞台のときも大音響、映画でも大音響でしたよね。主人公のコールボーイが、精液を噴水のように吹き上げるシーンなんか、もう、ロマンチックぶち壊し。私は大笑いしました。

三浦 僕自身の性に対する価値観として、まぬけさや滑稽さがないと恥ずかしい。美化しすぎると居心地が悪くて、どうしてもそういう要素を入れてしまうんですね。それは男目線だし、女性には性をちゃかしていると捉えられえると思っていたんですが、おおむね楽しんでいただけたようで安心しました。

湯山 これはもう、笑う人とそうじゃない人に二分割。でも、2対8ぐらいだったかな。

三浦 今考えると、松坂くんも賭けだったと思います。舞台をオファーしたとき、彼にはそういうイメージがなかったので、直接的な性表現をどういうふうに演じるのか正直不安もありました。ただ、彼の中では覚悟が決まっていて、舞台でも思い切って演じてくれた。後になってみると松坂くんじゃないと成立しない作品だったと感じます。

  

湯山 石田衣良さんから三浦さんにきっちりと渡った作品の核が、素晴らしい演出によって花開いていたと思います。男性が女性の「性」を描いた作品は、途中からセックスそのものよりも、作り手の理想の女性像が入って来てしまったり、「やっぱり女性って怖い」という畏敬(いけい)が結論になったり、(理想の女性像を描くあまり)「女性も人間」という当たり前なことが消し飛んでしまったりする。

でも「娼年」は、それを感じさせなかった。コールボーイを買う女性たちは、欲情をありのままに表し、自分の都合、理想をさらけ出していた。もちろん内容は原作ありきですが、その見せ方には三浦さんのセックス観が大きく反映されていたはず。そこでお聞きしたい。どうして「女性も欲情して当たり前」と肯定的に捉えることができたんですか。

三浦 僕のオリジナル作品では、女性の揚げ足を取ったり、嫌なところを描いたりすることが少なくありません。それは僕の女性に対する執着心の表れ。そこはこの作品でも徹底的に出そうと考えていました。「娼年」は女性の性を肯定する物語なので、いつもと視点を反転させながらです。

湯山 そうか。ご自身の自然な女性観は、必ずしもこの映画のテーマとは同じではないのですね。頭では理解できる「女も人間だから欲情するし、性を謳歌(おうか)したい」という部分は、ひとつの創作的なシミュレーションだったと。

三浦 そうですね。だからこそ、セックスにおける男性の関心事、たとえば胸の谷間やパンチラなどは、本作では描写対象として全く興味ありませんでした。

湯山 それがいろいろなインタビューでお答えになっている、「エロスを描いたんじゃない」ということですか。

三浦 そうです。松坂くんのお尻が出るシーンが多いですけど、お尻を見たってエロく感じないですよね。それよりも松坂くんの表情を描き切ろうと思いました。きれいごとですけど、セックスをコミュニケーション、会話のように撮っていたので、そこが、女性が考えるエロスに自然とつながったんでしょう。

女性を“軽蔑”しないとセックスできない男性

湯山 「セックスはコミュニケーション」とおっしゃいましたが、世の中「草食化」と言われるように、セックスは別にしなくてもいい、面倒くさいと逃げ始めている傾向があると思うんです。そのなかでなぜ性描写にこだわった表現活動をされているんですか。

  

三浦 僕自身の性欲が強いからとしか言えないですね。性欲だけは莫大(ばくだい)にある。常に性欲に振り回されているという思いが強くて、そこから逃れられない。だから、人を描くときに性描写がないとどうしても収まりが悪いんです。

湯山 昔から若者は、AVなどのポルノグラフィーを見て性を学ぶ傾向にあるわけですが、それらのポルノには、か弱くて、自分の性感覚に無知で、男性の力によって普段と違う一面を開発される女性が頻出します。こういう昔ながらの男尊女卑、つまり男女関係の高低差に興奮する回路が、AVなどを通した学習によって相当強固に作られている。

だから男性には“女性に下位にいてほしい”という願望が根強くあるし、女性は自分を下に見せるために“擬態”をしがち。海外の人から「日本人女性の特徴は“子供っぽい声としゃべり方”」と指摘されることもありますが、それも先ほど言ったような文化を受けての態度かな、と。でも、これからは女性活躍社会になっていくかもしれない。立場も能力も高い女性に囲まれてしまったときに、従来の価値観を持った男性たちは彼女たちとセックスできるのかと。

三浦 それは……なかなか踏み切れないと思いますよ。多くの男性はある程度女性を下に見ないと、自身の人間性の程度を見透かされそうな気がして怖いのかもしれない。僕自身もそうだと思います。

湯山 この映画は、そういった“男性の都合”を許さない物語ですよね。なぜなら、「この世に男は主人公の領ひとりでいい、ほかはいらない」という話でしょう。男女に関係性の差はなく、人間的魅力にあふれる男性だけが女性に評価される。描かれているのは、あくまで人間対人間の構図。それが感情的に受け入れられない男性も多いのではないかなと。

三浦 僕は必死で作っていたので意識していませんでしたが、そうかもしれないですね。

湯山 男女関係がますます対等になって勃たない男性が増えていくと、女性としては極端な話、松坂桃李的な男をタイムシェアしても構わないという話や、彼と過ごせるVRと精子バンクがあればいいとなってしまう。そうすると人間とはなんぞやという話にもなる。

三浦 僕のなかでは、夫婦関係であれ恋人関係であれ、パートナーというものは“自分の人生設計にとって都合のよい存在”だと思っています。よく言われる「一緒に高め合おう」「切磋琢磨して共に歩もう」というつながり方がベストとは思えない。むしろ互いに利用できる関係ほどいい。

湯山 一見、冷たそうに思えますが、これはリアルにアリでしょうね。契約結婚を描いたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の大ヒットも、仕事関係のような線引き以外は、忖度(そんたく)も依存もない、2人の自由な関係への共感があったと思いますし。

三浦 そう考えると、他者から「自分の人生にとって都合がいい」と思ってもらえることは、モテる要素の大きな一つと言えるかもしれない。この作品の領もお金で買える都合のいい男です。

湯山 「相性いい」って結局「都合いい」を言い換えているだけですしね(笑)。

三浦 間違いないですね(笑)。

  

湯山 けど、人の都合に合わせるのは、言うほど簡単なことではない。特に今は損することをすごく嫌う社会でしょ。他人に合わせてストレスを抱えるくらいなら、自分の世界に閉じこもってそこから出てこない。そういう人がこの先、多数派になるのは目に見えています。となれば、この時代、“都合のいい男性”は、モテる男であり、カッコいい男ということですよ!!

三浦 そうかもしれませんね。そしてそういう男性は、女性からだけでなく、男性からも評価される気がします。先ほど湯山さんは「この作品を感情的に受け入れられない男性もいるのではないか」とおっしゃっていましたが、領に対しては「ケッ」と思うよりも、「すげえな」と思う男性のほうが多いような気がします。 なぜなら男性は経済力や社会的地位、ルックスなどが恵まれているだけで評価されている人間に対しては「別にそんなもの」と思う一方、人間的魅力でモテる男は無条件に評価する傾向にある。いわば何も持っていないのにモテる男ですね。そういう人には同性として、嫉妬を超えて尊敬の念が生まれるんですよ。 

湯山玲子の取材後記

映画『娼年』は思った通りのヒットを続けている。原作者である石田衣良が作品に込めた「女性が性を謳歌することの大肯定」というテーマは、リレーのバトンのように三浦大輔に手渡され、松坂桃李という人気俳優の存在を通して、第一級のエンターテイメントになった。

対談から浮かび上がってきたのは、彼がこのテーマに心情的に共感していたほうではない、という事実。しかし、不思議なことに、この映画に描かれている多彩なセックスと男女関係は、私をはじめ多くの女性を熱狂させた。

その理由は彼が極めてストレートに「エロスを描かず、コミュケーションを描いた」から。目の前の生身の存在よりも、フェティッシュなイメージに萌えがちな男性と大きく違う部分はそこなのだ。

セックスにおいて男が意識する「男らしさ」は、果たして女性が求めるコミュニケーション、関係性が生み出す官能性に寄り添ったものなのか!? この男と女の非対称性は、現実的にどう埋めていけばよいのか。その答えは、簡単には見いだせそうもない。

(構成・安楽由紀子 撮影・野呂美帆)

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プロフィール

三浦大輔(みうら・だいすけ)
1975年生まれ、北海道出身。脚本、演出、映画監督。早稲田大学在学中に演劇ユニット「ポツドール」を結成。2006年『愛の渦』で第50回岸田國士戯曲賞受賞。映画監督としては「ボーイズ・オン・ザ・ラン」(脚本・監督)、「愛の渦」(原作・脚本・監督)、「何者」(脚本・監督)、「裏切りの街」(原作・脚本・監督)、「娼年」(脚本・監督)などがある。

作品情報

『娼年』
2018年、最も衝撃的で、最もセンセーショナルな“事件”。
娼夫リョウが見つめた、生と性の深奥―

(C)石田衣良/集英社 2017映画『娼年』製作委員会

(C)石田衣良/集英社 2017映画『娼年』製作委員会

主演:松坂桃李
脚本・監督:三浦大輔
原作:石田衣良「娼年」(集英社文庫)
企画製作・配給:ファントム・フィルム
公式HP  Twitter
レイティング:R18+ 予告編

PROFILE

湯山玲子

プロデューサー。現場主義をモットーに、クラブカルチャー、映画、音楽、食、ファッション等、文化全般を独特の筆致で横断する執筆を展開。NHK『ごごナマ』、MXテレビ『ばらいろダンディー』レギュラー、TBS『情報7daysニュースキャスター』などにコメンテーターとしても出演。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舍文庫) 、『クラブカルチャー ! 』(毎日新聞社)、『女装する女』(新潮新書) 、『四十路越え ! 』(角川文庫)、上野千鶴子との対談集『快楽上等 ! 3.11以降を生きる』(幻冬舎) 、『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に』(角川文庫)等。月一回のペースで、爆音でクラシックを聴くイベント「爆クラ」を開催中。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。

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