インタビュー

安部賢一「主演が決まった時、号泣しました。これは僕の物語です」

戦力外通告を受けた元プロ野球選手。酒、不倫、ギャンブルにまみれた崖っぷち四十男が最後にかけたのは競輪だった……。今を生きる全ての男性に見てほしい、心揺さぶる魂の映画『ガチ星』が5月26日(土)から公開される。

主演は、今作が映画初主演作となる安部賢一さん。現在44歳、撮影時は42歳で「この役に選ばれなかったら役者を辞める」と決めて挑んだ俳優人生をかけた作品である。自身も過去にプロ野球選手、競輪選手を目指していたという、今作の主役濱島浩司にぴったりとも言える安部さん。しかし、主役を勝ち取るまでには厳しい道のりが待っていた。

【動画】『ガチ星』について聞く 安部賢一さんインタビュー(撮影・高橋敦)

撮影現場に現れた安部さんは、白のTシャツにネイビーの上下を合わせ、爽やかでクールなモデルのようなたたずまい。だらしないダメ男濱島の要素はゼロ、濱島をどう作り上げていったのだろうか。

「全然ダメ」「イメージとかけ離れてる」「ないな~」。オーディションでの監督からのダメ出しの連続

「キャスティングの方から『あなた確か、競輪選手を目指しちょったよね?』って連絡をいただいて。元プロ野球選手で競輪選手の話、年齢は30代後半から40代と聞いて、僕が絶対にやりたいと思いました。父が競輪の選手だったので僕も高校を卒業して競輪選手を目指していたんですが、結局プロにはなれなかった。中学時代もプロ野球選手になりたいと思っていた。これだけ共通点がいっぱいある上、監督にも『上京して俳優を始めても、お前はうだうだして結局何もできていないんだろ? ぴったりじゃねえか』と言われて……」

『ガチ星』

安部さんが演じるダメ男の主人公、濱島浩司 映画『ガチ星』より (C)2017空気 / PYLON

「江口カン監督とは面識はなく、オーディションの時に初めてお会いしました。頭から、『本気でやって、変な芝居とかやんなくていいから』って言われて。10人くらいでオーディションを受けていたんですが、みんな背筋がピーンと伸びましたね(笑)。相手をぶつシーンでは、『今、本気でやった?』、少しでも芝居染みたことをすると『芝居したよね? ダメ~、はいもう一回』って。怖い監督だなと思いましたが、演出やその場の空気の作り方にすごく愛情を感じたので、監督と仕事がしたいと強く思いました」

1度目のオーディションは落選。しかしその翌日、撮影のロケハンを行う際に、キャスティング担当から「監督がもう一度見たいと言っているから同行してほしい」と言われ、2日間監督らと一緒に過ごした。その間も、監督からはダメ出しの連続だった。

安部賢一さん

映画を見た後に会うと「この人が濱島?」と驚いてしまう、さわやかな印象の安部賢一さん

「監督からは『この話、するなよ』って言われてるんですが(笑)。実は最初のオーディションの時、高熱が出ていたんです。本当にしんどくてフラフラしながら行って、自分の力を出し切れずに終わって。『このタイミングで具合悪い俺は何なんだよ!』と怒りつつも、すごく後悔が残りました。ロケハンに同行した時も体調は悪いままだったけど、監督から『この間の芝居、やってみ』と言われて一人芝居をやるんですが、『全然ダメ』『イメージとかけ離れてる』と……。2日目の帰りの朝に、もう一回だけ見てください!と宿泊先の民宿で見てもらって。でも監督には『ないな~』と言われて。

まだ具合の悪い延長線上でやっていて、頭もボーッとしてるけど、『この役がやりたい! このままじゃ帰れん!』と監督に言った時に、涙がボロボロ出てしまって。監督も情の深い方なので、『俺もこの作品にかけとるから、ここでうんとは言えん。まだ主演が決まってないから、1週間後に再オーディションするから来い』と言われました」

20年近く続けてきた俳優を“終わらせたくない”という思い。「無様でもいい、全部をぶつけた」

そして迎えた運命のオーディションでは、全てを出し切った。
「健康な状態で芝居し、全部出し切ったんだったらしょうがない。ダメなら潔く役者を辞めて、九州に帰ろうと挑みました。全て出して、息も切れて。終わってから監督が『お前で行く』、と言ってくれて。その場で号泣して、『よろしくお願いします』と頭を下げました。舞台あいさつでよくその時の話になるんですが、監督から『その1週間で何があったと?』と聞かれるんですが、単純に風邪が治ったんですよね(笑)。体調も良くなって冷静になった時に、これがダメなら本当に終わると思って。20年近くやってきたことを、『本当に終わるのか』『いや、終わらせたくない』という思いもあって。監督からも、『カッコつけるな。役者は無様なんだよ』と言われた時に、ハッとするものがありました。今まで自分が持っていたもの、やってきたことはどうでもいい。無様でもいいから全部ぶつけようと思いました」

『ガチ星』

荒れた生活を送る濱島(左) 映画『ガチ星』より (C)2017空気 / PYLON

安部さん演じる濱島浩司は、元プロ野球選手だが酒やパチンコ、不倫にまみれた堕落した生活を送っていた。ある日、「競輪選手は何歳からでもなれる」と知った濱島は、競輪選手を目指す。10代や20代の若者に交ざりながら、体力の壁、年齢の壁を目の当たりにしながら、ひたすら自転車をこぐ日々が始まる。

「濱島の役が決まった後、最初に言われたのが、みっともなく太ってくれと。でも自転車のシーンもあるから、そこそこ乗りこなせるスタミナもいる。今回自転車に乗る選手役の人は全員トレーニングジムに通って、そこで体作りの下準備をしました。僕は、トレーナーの方にスタミナをつけながら太りたいと伝え、メニューを組んでもらいました。1日6回の食事、その間にコンビニの菓子パンとか高脂肪分のものを食べる。それを2週間半ほど続けながら、ジムで運動して。体重を10kg増やして撮影に挑みました。もともと太らないタイプで、放っておくと痩せちゃうんです。撮影中もロケ弁を3つ用意してもらって。それを食べながら、痩せないようにしながら撮影しました」

『ガチ星』

崖っぷちから競輪で再起をかける 映画『ガチ星』より (C)2017空気 / PYLON

“これはお前の人生だ。悔しいこと、情けない自分を全部思い出せ”。監督からの魔法の言葉が背中を押してくれた

体作りに加え、もう一つ監督からリクエストされたのが、「スタッフと話をするな」。社交的で穏やかな人柄の安部さんは、普段なら現場ではコミュニケーションを欠かさない。
「スタッフ、他の俳優さんも含めて誰とも話をせず、ずっと1人でいろと言われました。最初にクランクインした時だけ、皆さんにあいさつして。ずっと1人で隅に座っていて、呼ばれたらお芝居して。ただヘアメイクさんは常に付いてくれているので、なんとなくちょっと話をしてしまう。ある日、監督にそれをちょろっと見られてしまい、ロケバスに呼ばれて『お前やる気あるとや? しゃべるなって言ったやろ?』と言われてしまって。僕の性質を見抜かれていたんですよね、だから常にイライラして、悶々(もんもん)と1人でいろと言ったんだと思います。それも含めて演出、役作りだと思ったので、少しも嫌だと思いませんでしたね。本来なら、役者が自分でそうしなくてはならなかったのに僕が足りていなかった。監督に引き締めていただいたおかげで、理想のキャラクターに近づけたと思います」

江口カン監督

江口カン監督 (C)2017空気 / PYLON

監督の言葉は、安部さんの心にぐさりと突き刺さるものばかりだった。それはこれまでの自身の人生、俳優人生と重なる部分に響くものであり、その言葉が演技にも生かされたという。

「芝居で迷っている瞬間があると、監督がそれを見抜いてすっとそばに来るんです。『これはなあ、お前の人生でもあるから。今まで経験してきた悔しいこととか情けない自分とか。そういうのを全部思い出せよ。それ以外は考えなくていい』と。それが魔法の言葉のように背中を押してくれた。24時間ずっと濱島でいろと言われました。タバコも十何年前に禁煙して吸っていなかったんですけど、この役でタバコをまた吸い始めて。実は酒も飲めないんです(笑)。下戸なんですよ、九州出身だけど。パチンコ屋にも普段は行かないんですけど、準備段階からタバコを吸ってパチンコを打って。濱島は自分にイライラしているんですよね。自分の人生全てにイライラしている人だと思ったので、その思いを役にどう取り込んでいくかを考え、いろいろやってみましたね」

エース久松役を演じた俳優、福山翔大のすごみ。「あれを見せられたら、演技で返すしかない。俳優としても気づかされた」

規律正しい競輪学校、巨大な競輪場でのレースなど、普段見ることがないリアリティーあふれる競輪の世界を描いている点も見どころだ。撮影には実際の競輪選手が参加し、レース展開のアドバイスをすることもあった。臨場感あふれるレースシーンには、誰もが息をのむだろう。

『ガチ星』

映画『ガチ星』より (C)2017空気 / PYLON

「競輪って、昔は格闘技っぽいところもあったんです。ルールが改正される前は、体をぶつけ合って相手をブロックすることもありました。レースシーンは、久留米と小倉の競輪場に所属されている現役選手の方に入っていただきました。レース展開も監督がイメージしているものを伝えると、『それは不自然だから』と、選手の方がホワイトボードを使って、こうしたらいいんじゃないかとアドバイスをくれて。撮影は、競輪場にサイドカーを付けた撮影用バイクを入れて、それにカメラマンさんが乗って、一緒に並走しながら撮りましたね。タイミングがとにかく難しかったです。あとは、選手の方がケガしないこと、落車しないことに一番気をつけていましたね。僕らは落車しても役者だからいいですけど、選手の方は、それで飯を食っている。人生をかけている選手をケガさせるわけにはいかないという思いもありました」

安部さんが「とくに難しかった」と振り返るのが、後半にある競輪学校のエース久松とのシーンだ。落ちこぼれの四十男濱島と若きエースの久松。2人の関係性は、俳優としての在り方を考えさせられる部分もあった。

『ガチ星』

競輪学校のエース、久松孝明を演じた福山翔大さん 映画『ガチ星』より (C)2017空気 / PYLON

「濱島が競輪学校を辞めると言って、その帰りに黙々と練習している久松に声をかけるシーンです。1段階目の気づきのシーンでもあり、後半へのクライマックスにどう持っていくのか、感情の動きが大きいところで、そこをどう作っていくか悩みましたね。そんな時に、照明の調整をし直したりカメラの三脚が倒れたりとトラブルが続いてしまって。心を整理しながら臨みました。

もう一つが、久松が事故に遭い、リハビリしている様子を濱島が見舞いに行くシーン。一番の大きな気づきのシーンで、濱島という男が変わるきっかけとなる。あそこは正直言うと、久松を演じた福山翔大君がものすごくて。あれを見せられたら、演技で返すしかないというシーンでした。

福山君は、本当に優れた俳優だと思います。この作品を通して濱島と久松としても気づかされるし、役者の安部賢一と福山翔大としても気づかされる。年齢は彼の方が随分と若いですけど、虚実綯い交ぜ(ないまぜ)になり、『こいつがこんだけやってんだぞ』と言い聞かせて、演じたシーンですね」

努力してもできないことはある。だけど「どんな生き方をしても必ず先に光はある。何かにはたどり着ける」

ダメ男濱島と安部さんとの共通点。見た目からは、同じところは何ひとつないように感じたが、「嫌な自分、情けない自分は誰の中にもある」と語る。

「今日までにこれをやらなきゃいけないのにやれない、これをやっちゃダメなのにやってしまう。今、頑張らないとどうするんだよと思いながら、できない自分がいる。ずっとそうやってきているから、俳優としてダメだったんだなと思う。この映画が自分にとって気づかされる作品にもなりました。嫌な自分、情けない自分でも、必ず家族や誰かしら見てくれる人がいる。濱島も母親や息子がレースに見にきてくれ、最後は競輪選手として、ちょっと光が見えたんじゃないかというラストを迎える。どんな生き方をしていても光はどこかにある。監督が伝えたかったことは、それなんじゃないかと思います」

安部賢一さん

監督がこの写真を見たら、「何スカしと~」って言われると思います(笑)

劇中では、“もがけ”“努力すれば結果になる”という言葉が繰り返される。40代を迎え、やっと光をつかんだ安部さんにとって、『ガチ星』は新たなスタート地点にもなる。同世代の読者、全ての“今もがいている人”に対して、力強いメッセージをくれた。

「正直言うと、努力してもできないことはあるんです。でも、だからやらないのかと言うと、そうじゃない。どんな経験も無駄なことはないのかなと思う。僕はプロ野球選手にもなれなかったし、競輪選手にもなれなくて、役者をやってもチャンスをつかめなかった。そんな点と点が、最後にこの作品へとつながる線になった。この作品に巡りあえたのはその人生を踏んできたから。その縁に心から感謝していますね。

人は何があっても生きていかなきゃいけないし、誰かが必ず見ていてくれる。40歳だろうが50歳だろうが、やりたいと思ったことにチャレンジしてもらいたい。その先に、必ず光があるんじゃないかと思うんです。今ダメだなと思う人もいるかもしれないけど、踏ん張って、もがいて、そうしたら必ず何かにたどり着くんじゃないかと思っています」

『ガチ星』作品情報

監督:江ロカン
脚本:金沢知樹
プロデューサー:森川幸治、瀬戸島正治
キャスト:安部賢一、福山翔大、林田麻里、船崎良、森崎健吾、伊藤公一、吉澤尚吾、西原誠吾、博多華丸、モロ師岡
撮影:許斐孝洋 照明:梶原公隆 録音:増冨和音 美術:相馬直樹 装飾:折戸美由紀 衣装:樋口秋香 メイク:青木理恵 編集:大田圭介
助監督:猪腰弘之
音楽プロデューサー:渡辺秀文
企画:空気株式会社、有限会社パイロン
特別協力:RIZAP 株式会社、有限会社メダリストプランニング
協力:北九州市、福岡市、久留米市、公益財団法人 JKA、日本競輪選手会福岡支部
撮影協力:北九州フィルム・コミッション
特別協賛:公益財団法人 JKA、BRICKHOUSE、ONIKU
配給:株式会社マグネタイズ
配給協力:太秦株式会社
(C)2017空気 / PYLON
2018年5月26日新宿・K’s cinemaほか全国順次公開
ウェブサイト:http://gachiboshi.jp

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