インタビュー

「欲しいものが無いなら自分でつくる」デジタルネイティブ流、チルな空間のつくりかた

  

2015年に19歳で株式会社L&Gグローバルビジネスを設立し、『petit-hotel #MELON富良野』オープン後、すでに5つのホテルを経営・プロデュースしている龍崎翔子さん(22歳)。
アートギャラリーを併設した『HOTEL SHE,KYOTO(2016年)』、客室にレコードプレーヤーを置き、タイルをつかったレトロな外観にリノベーションした『HOTEL SHE,OSAKA(2017年)』、「快適過ぎてダメになる」と称されるyogiboのクッションを全室に置いた『THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA(2018年)』、直近では廃業寸前の旅館をリノベーションした『ホテルクモイ層雲峡(2018年)』のプロデュースを手掛けている。

提供:株式会社L&Gグローバルビジネス


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どのホテルも、独自のテーマやコンセプトを持たせている点が人気を呼び、平均稼働率は約90%。訪日外国人客の割合も高く、HOTEL SHE,OSAKAで40%、富良野で95%に達する。広告を出していないにもかかわらず、宿泊客のSNSや口コミで認知度が高まっている。
東京大学に在学しながら5つのホテルの経営者でもある彼女自身も注目され、多くのメディアに登場している。しかし、龍崎さん自身は「22歳という年齢と、5つのホテルを経営しているという実績がキャッチーなのだと思います。私自身は、こんなに評価されるほどの思想を持っているかなと感じることもあります」と謙虚だ。

  

10歳でホテル経営を目指してから一筋に走り続け、同年代の人たちよりも成功と挫折を経験しているだろう彼女へのインタビューを通じて、ポスト・ミレニアル世代(1990年代後半生まれ)の価値観を探った。

“不倫旅行”がひとつのテーマになるワーディング感覚

――『ジャケ買いされる空間』『onsen2.0』『#shelovesyou』など5つのホテルは独特のコピーが世界観をつくっていますね。どのようにプロデュースの方針を決めていますか?

その土地に敬意を払い、土地の魅力を引き立てるホテルにすることを心がけています。私たちがホテル経営に関わる土地は、メジャーな観光地ではないところが多いので、泊まるお客さんもそこがどんな街なのかわかっていません。たとえば『THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA』の場合、湯河原という名前だけは知っているけれど、固定されたイメージは持っていない人がほとんどだと思います。
私たちは、最初に街の空気感を言語化します。そこに街の歴史も取り込んで、「湯河原とはこんな街だ」と思い切って決めて、そこからホテルという空間に落としていきます。

――その結果、『湯河原チルアウト』というキャッチコピーが出てきました。これは、どのような検討を経て生まれたコピーなのでしょうか?

提供:株式会社L&Gグローバルビジネス


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湯河原あたりは箱根・熱海・伊豆と有名な温泉地が多いのですが、湯河原は際立った特徴がありませんでした。そこで現地でリサーチすると、“不倫旅行”と“文豪”というキーワードが出てきました。
現地の人に聞いたのですが、湯河原は不倫で泊まる宿が多い。なぜかというと、離れのある宿が多くて部屋にこもる旅行にぴったりで、街には繁華街が少ないので、知り合いにばったり会う可能性も低い。
ただ、「不倫旅行」という言葉はキャッチーですが、コンプライアンス的に使えないので、自分たちだけのキーワードにしました。

もう一つのキーワードが文豪です。夏目漱石・谷崎潤一郎・芥川龍之介など多くの文豪が湯河原で執筆をしていました。都会の喧騒(けんそう)を離れてゆっくり静かに自分に向き合う、アッパーではなくダウナーな街の印象です。
遊ぶ街のイメージがある隣の熱海と比較して、“ハレとケ”、“新婚旅行と不倫旅行”のような街のイメージがつくられて、『湯ごもり』という言葉が出てきました。これをキーワードにしたとき、街に何もないことの説明ができるようになりました。

――イメージを、徹底的に言語化していったのですね。

語感が良いことや記憶に残るワーディングを大切にしています。Twitterで発信されるときに使われやすい言葉も意識しています。
ただ、「湯ごもり」はコンセプトとしては明快だけれどキャッチーではない。そこで、私がいつかやりたいと思っていた“チルな”温泉旅館と湯ごもりを合わせて、『湯河原チルアウト』というフレーズがつくられました。チル(※)ってフォトジェニックというよりダウナーな雰囲気のある言葉で、テンションは上がっているけれどくつろいでいるイメージがある。「THE RYOKAN TOKYO YUGAWARAに行ってきた」というよりも、「湯河原チルアウトしてきた」と言ったほうが、湯河原に行くことを明快に表現できると思いました。

※編集部注:英語の「チル」(chill)には、ゆったりする、だらだらする、遊びに行くという意味がある。

  

――各ホテルのホームページは龍崎さんがアートディレクションをしているそうですが、そのインスピレーションはどこから受けているのですか?

人と話したり、雑誌を読んだりして、意識して大量の情報を入れています。基本的には自分の体験が元になっていて、HOTEL SHE,OSAKAにレコードプレーヤーを入れたのも、私がレコードプレーヤーをプレゼントでもらったから。自分の暮らしと、仲の良い友達たちの価値観がインスピレーションになっています。あと、Twitterをやっているのは大きいと思います。Twitterからは、カルチャーも政治も文化も入って来るし世相もわかるから、かなり見ていますね。

――もしかして、ツイ廃(ツイッター廃人)レベルですか?

Twitter民ではありますね……、いや、ツイ廃ですね(笑)。Twitterで、いろんな人のいろんな気持ちを浴びて、それが私の中で様々なレイヤー(層)でグルーピングされています。それが伏線になっていて必要なときに情報を取り出すのですが、自分でも不思議なくらいぴったりと、どんな文脈にも合う情報を持っているんです。

  

Twitterはマーケティングツール

――Twitterで発信されやすい言葉を選ぶのは、デジタルネイティブらしいです。ほかにSNSをどのようにビジネスに活用していますか?

SNSはコミュニケーションツールだと思っています。Instagramは、ホテルに泊まってくれたお客さまの投稿をリポスト(再投稿)することで好感度・ロイヤリティーが高まっている実感があります。
Twitterは、ホテルでお世話になっている方とのコミュニケーションに使います。できるだけ“公式アカウントっぽさ”を薄めて、お世話になっている人たちとのやり取りを活性化させることで認知度アップを期待しています。Twitterネイティブ世代なので、どんなコンセプトで、どんなワーディングだとバズる、というのが体感でわかっていますね。

  

――いま開発中のオリジナル予約サイトも、最初は龍崎さんご自身のTwitter発信がきっかけだったそうですね。

Twitterに何気なくOTA(Online Travel Agency:インターネットで取引が完結する旅行会社のことで、日本では楽天トラベルやじゃらんが有名)の手数料の高さをつぶやいたら、Twitter上で手数料の妥当性や予約サイトをつくることの是非について議論が生まれました。これで予約サイトに一定数のニーズがあることが可視化されて、自社で開発することになったんです。Twitterはマーケティング会社に依頼するよりもはるかに安く、ダイレクトにユーザーの声が拾える、優秀なマーケティングツールだと思っています。

「無いものは自分でつくる」精神でやると、仕事は楽しい

――学生をしながら融資を受けてホテルを運営して、自社の予約サイトもつくっている。普通に考えてとても忙しいと思います。モチベーションはどこから生まれていますか?

ホテルも予約サービスも、自分が欲しいからです。ずっと「自分が泊まりたいホテルが無い、じゃあつくろう」というスタンスでやってきました。

  

あとは、会社が存在する理由は、何らかのかたちで社会に貢献することです。ホテルの選択肢が増えることで、人の暮らしを豊かにすることが私たちの存在理由だと思っています。
そして、複数の選択肢の中に、自分が選びたいものがあるということは、それを選んだ自分を社会が受け入れていることの証でもあると思う。そういう意味で、選択肢を増やすことが私たちの使命だし、もちろん、多くの選択肢がある中で選ばれるホテルをつくりたいと思っています。

――ホテル運営は多額の資金が動くビジネスで、失敗すると損失も大きくなります。怖さはありませんか?

その怖さは、ある程度は定量的にリスクマネジメントできると思っていて、このエリアならこれくらいの客単価と稼働率で回せると試算します。もし失敗しても、こうやったら逃げ切れるというラインを考えておくことで、不要な怖さから逃げられます。グッズをつくるときもむやみに在庫を増やすのではなく、サンプルをつくってTwitterにあげて、需要があるのかどうか反応を見ています。

――好きなことを仕事にする難しさは昔から議論されることですが、チャレンジすることで起こる恐怖を、ロジカルに打ち消していく龍崎さんの方法は、その議論の一つの答えになりそうです。

私は、自分が欲しいものを本業にすべきだと思っています。自分が欲しいものが世の中に無いという状況は、「自分がやらなくて誰がやるの?!」というやる気につながる。それが仕事になったら楽しいですよね。

  

私は、10歳でホテルをつくるという夢に出会えて、そこに向けて自分をチューニングできたのが幸運でした。夢の下積み期間が長いから、考える時間も気持ちを固める時間も長くて、高校を卒業して自分で使えるお金ができたときには完全に心の準備ができていた。10年も同じ夢を持っていたら、それはアイディンティティになるし、ずっとブレないんです。

取材・文:石川歩 写真:野呂美帆

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