&30

〈&30〉建築家・坂茂設計の複合施設を実現 “地域と結婚する覚悟“で挑戦したヤマガタデザイン

  

2018年9月19日、山形県鶴岡市にホテル・ライブラリー・ショップ・レストランを併設した『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(以下、スイデンテラス)』と、全天候型児童遊戯施設『KIDS DOME SORAI(以下、ソライ)』がオープンした。
一面に広がる水田を優しく見守るように建つ木造のホテルと遊戯施設は、建築家の坂茂さんが世界で初めて手がけたホテルとして注目を集めている。企画・開発を手がけたヤマガタデザイン株式会社の山中大介社長(33歳)は2014年の創業から、山形県庄内地方で農業や集合住宅事業、ウェブメディアの制作・運営など分野横断的な街づくりのプロジェクトを推進しており、地域への街づくり投資額は約75億円に及ぶ。

19日のオープニングセレモニーで、山中さんは「ここからまさに、ヤマガタデザインの勝負が始まります」と語った。スイデンテラスとソライを実現させたヤマガタデザインの挑戦の軌跡から、“地方創生”に本当に必要なものは何かを探る。

ヤマガタデザイン株式会社代表取締役 山中大介氏


ヤマガタデザイン株式会社代表取締役 山中大介氏

会社を辞める理由を探しに来た場所で、会社を設立した

東京都出身の山中さんは大学卒業後に三井不動産に就職し、8年間、郊外型大規模商業施設の開発に携わった。そして2014年、鶴岡市が推進する『鶴岡サイエンスパーク』を見学したことで、山中さんの人生は大きく変わった。サイエンスパークは、慶應義塾大学先端生命科学研究所の誘致に成功し、バイオテクノロジー研究とベンチャー企業が集まっている。
山中さんは、まずサイエンスパーク内の企業に転職し、その2カ月後には、資本金10万円でヤマガタデザイン株式会社を設立した。なぜ、東京のディベロッパーを辞めて山形で起業することになったのか? 山中さんは「会社を辞める理由を探していた」と振り返る。

バイオテクノロジーの研究所やベンチャー企業などが集う『サイエンスパーク』 ※写真提供・ヤマガタデザイン


バイオテクノロジーの研究所やベンチャー企業などが集う『サイエンスパーク』 ※写真提供・ヤマガタデザイン

「三井不動産は大きな会社で、人も環境も給料も良かった。辞める理由は一つも無いけれど、8年働いて、なぜ満員電車に乗って通勤しないといけないのか、なぜ中国にショッピングセンターを作らないといけないのか、社会ってそもそも何? など、都市中心の価値観に疑問を持つようになっていました。30歳になる前に会社を辞める判断をしないと、この先変われないと思ったし、自分なりに社会を捉えたいという思いが強まっていたころ、たまたまサイエンスパークを訪れました。よく、なぜ庄内地方を選んだのかと聞かれるのですが、偶然です。ただ、『天の時、地の利、人の和』があったのは確かです」

建築家の坂茂氏が、“稲穂がそよぐ風景の中に浮かぶようなホテル”をテーマに設計したスイデンテラスの客室。一面に広がる水田が主役のホテルだ ※写真提供・ヤマガタデザイン


建築家の坂茂氏が、“稲穂がそよぐ風景の中に浮かぶようなホテル”をテーマに設計したスイデンテラスの客室。一面に広がる水田が主役のホテルだ ※写真提供・ヤマガタデザイン


水田に向かう大開口が気持ちいいスイデンテラスのレストラン。最小限の木材で折紙を畳んだような構造体にすることで、大スパンを実現している ※写真提供・ヤマガタデザイン


水田に向かう大開口が気持ちいいスイデンテラスのレストラン。最小限の木材で折紙を畳んだような構造体にすることで、大スパンを実現している ※写真提供・ヤマガタデザイン

庄内に、宇宙人がやってきた!

サイエンスパークの総面積は21.5haあるが、山中さんが訪れたころ、実際に用途が決まった土地は約7.5ha。残り14haをどう活用するかが大きな課題だった。このまま行政がサイエンスパークに投資し続けるべきか、市民の声は賛否に分かれていたという。

「僕が三井不動産で土地の購入を担当していたこともあり、この議論に巻き込まれるような形で(笑)、関わることになりました。最初は、目の前にいる人たちが困っているなら、自分ができることがあるか考えてみようという程度の気持ちでしたが、やっていくうちにいろんな人が喜んでくれて、“ありがとう”と言ってもらえた。次は何ができるのか、その次は……という感じで、自分でできる限りの価値を生み出そうというのがモチベーションになりました」(山中さん)

最終的に山中さんは、市に対して、地元の人だけでなく、観光客も来て“外貨”も獲得できるコミュニティーホテルと、子どもと大人の交流施設になる“超児童館”の建設を提案した。スイデンテラスとソライとして結実したアイデアだった。

「人口が減り続ける中で限られた内需を地元企業と取り合うのは嫌でした。官民が混ざって関係者も地権者も多いうえに、大きな資金が必要なプロジェクトは、投資してもそれに見合うだけの利益が出るかという『卵が先か鶏が先か』の議論の繰り返しでしたが、それを一つずつクリアしていきました」(山中さん)

“子どもの本能と創造性が爆発する遊び場”がコンセプトのソライも坂茂氏の設計。0~12歳を対象とした全天候型遊戯施設で、バンク遊具とアトリエが用意されている ※写真提供・ヤマガタデザイン


“子どもの本能と創造性が爆発する遊び場”がコンセプトのソライも坂茂氏の設計。0~12歳を対象とした全天候型遊戯施設で、遊具とアトリエが用意されている ※写真提供・ヤマガタデザイン


高さ3.5m、長さ45mのワイルドな斜面空間。木造屋根のドームは、県産のスギ・カラマツが使われている ※写真提供・ヤマガタデザイン


高さ3.5m、長さ45mのワイルドな斜面空間。木造屋根のドームは、県産のスギやカラマツが使われている ※写真提供・ヤマガタデザイン

山中さんは、スイデンテラスとソライの実現のために残りの土地を主に農地転用で担保価値を高めて、山形庄内地方の建設会社や金融機関から23億円の出資を集めた。ヤマガタデザインは、不動産開発を事業のベースにしてホテル事業を展開している。

トークセッションに登壇した東北芸術工科大学学長の中山ダイスケ氏は、山中さんについて「山形に残る古風な風土にいきなり切り込んで、4年でホテルを作ってしまうパワーは、ある意味、宇宙人のよう」と評した。
山中さんは「がむしゃらにやっていたら地元の地雷を踏みまくっていた(笑)。その地雷に向き合って、実直に進めただけです」と当時を振り返るが、山中さんが全身全霊で街づくりに取り組み、課題を解決していったことが温かな雰囲気に包まれたオープニングセレモニーから感じられた。

坂茂氏が初めてこの地を訪れた際、「この広い田園風景に建築が勝てるわけがない。この風景にふさわしい建築を設計しよう」と話したという


坂茂氏が初めてこの地を訪れた際、「この広い田園風景に建築が勝てるわけがない。この風景にふさわしい建築を設計しよう」と話したという

健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも……

今、地方の街づくりに関心のある入社希望者が、全国からヤマガタデザインに集まっているという。入社の条件は、住民票を庄内地方に移すことだ。そこには、山中さんの「リーダーシップをとってやるなら、自分が一番大きなリスクを負わないといけない」という経験に基づいた哲学が反映されている。

  

山中さんが、地元の企業に出資を募って回っているころ、「山中君はリスクを取っていないね」と言われたことがある。自分は東京の会社を辞めて家族ごと庄内に来ているのに、そう言われることが悔しかったそうだ。山中さんは、約30億円の連帯保証人になり、昨年には住まいも購入した。

「リスクを取ってないとは言えないよね、という状態にしました。地方で暮らす人たちは昔から知り合いで、近所の人みんながそれぞれの家族の良いところも悪いところも知っている。東京から来てもキレイなところしか見えないし、地元の人も良いところしか見せない。“健やかなるときも、病めるときも”みたいな(笑)、ある意味その地域と結婚するくらいの覚悟がないと、地元の協力も得られないし、一緒に街づくりをしていく当事者意識も生まれないと思います」(山中さん)。

辺り一面を囲む水田の気配が伝わってくる温泉棟。静寂のなかで、誰もが日々の喧騒を忘れて自然体でくつろげる ※写真提供・ヤマガタデザイン


辺り一面を囲む水田の気配が伝わってくる温泉棟。静寂のなかで、誰もが日々の喧騒を忘れて自然体でくつろげる ※写真提供・ヤマガタデザイン

ヤマガタデザインは、既存の不動産事業や完成したスイデンテラスとソライの運営に加えて、有機農業分野と持続可能な農業を庄内に根付かせる経営者の育成にも取り組んでいる。

「地方創生の文脈でヤマガタデザインを語られることが多いのですが、僕たちは自分たちの暮らす場所を楽しくしていこうという考えで街づくりに取り組んでいます。いわば超リアルな『シムシティ(編注:街づくりゲーム)』(笑)。目指す姿は、庄内に若い人が夢を見て、幸せに暮らす街です。日本の人口減少で起こる都市間競争に山形庄内を勝たせることが、僕たちの役割だと思っています。そのためにも、地元の人だけでなく外から来た人にも楽しんでもらって“外貨”を獲得して、地元に還元していきたい。僕たちの真価が問われるのは、5年後、10年後です」

10年後、国内の東京一極集中は加速しているのか、それとも地方が活力を取り戻しているのか。ヤマガタデザインの挑戦がどう結実していくのか、これからも山形・庄内から発光する一筋の光を感じ続けたい。

文:石川歩

〈&30〉ポケモンGOイベントの成功が感じさせた、AR技術が日常化する未来

トップへ戻る

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

RECOMMENDおすすめの記事