今日からランナー

服部勇馬選手 福岡国際マラソンVは「40km走」倍増の効果

12月2日に行われた福岡国際マラソンで優勝した服部勇馬選手(トヨタ自動車=25歳)にインタビューする機会を得た。同大会での日本人選手の優勝は実に14年ぶりの快挙である(記録は2時間7分27秒)。テレビ中継を見ながら気になって聞いてみたいことがいくつかあった。服部選手はその一つひとつに丁寧に答えてくれた。取材は大会から9日後の11日のこと。まずは、いまの心境はどんな感じなのだろう?

「いままで福岡に向けて集中してやってきたので、気持ちが切れちゃってますね(笑)。普段はテレビの録画を見返したり……。とにかく周りの反響がすごくて、やはり優勝は注目度が違うんだと感じます。気分が高揚しているからなのか、疲労感も過去のマラソンより少ない。ただ、見えない疲労があるかもしれないので、しっかりケアして再スタートしたいです」

トップアスリートでも目標レースが終わると気持ちが途切れるのかと妙に納得してしまう。改めて書くまでもないが、服部選手は東洋大学出身で、前の日本記録保持者で今回4位だった設楽悠太選手(honda)の2年後輩にあたる。1歳年下の弟・服部弾馬選手とともに箱根駅伝で活躍した。マラソンデビューは大学4年生のとき。2016年の東京マラソンだ。

この初マラソンでは、一時日本人トップに立ったものの37km付近で大失速して2時間11分46秒で12位(日本人4位)に終わった。翌17年の東京マラソンでも2時間10分を切る記録をマークしながら35kmから失速している。レベルはまったく違うが、素人ランナーの間でもよく言われる「35kmの壁」というやつだ。だから、今回の福岡国際マラソンのレース前には複数のメディアの取材に「ラスト7kmをどう走れるかが課題です」と語っていた。

設楽選手と同じ練習では足りない

トップクラスのマラソンランナーのレースペースは1kmあたり3分(キロ3分)を基準に考えるとわかりやすい。キロ3分ペースで走ると5kmのラップタイム(区間時間)が15分なので40kmで2時間ちょうど。残り2.195kmを同じペースで走り切ると約2時間6分35秒だ。世界レベルのマラソンではここから何分何秒削れるかが勝負になる。

17年の東京マラソンでは、服部選手は30〜35kmを15分11秒で走っているが、次の5kmラップは16分07秒とキロ3分ペースから大きく遅れた。それが今回の福岡国際マラソンでは、30〜35kmが15分17秒だったのに対して35〜40kmは14分40秒と、なんとキロ2分台にビルドアップ(ペースを上げること)しているのだ。中継を見ていた人にはおわかりのとおり、ここでアフリカ勢の2人をブッち切って独走態勢に入った。課題は見事に克服された。

「課題だったところが逆に自分の強さを引き出せるポイントになったかな、と。それが本当によかったと思います。35km以降でさらにタイムを稼ぐというか……。日本人でもアフリカ勢のように後半ビルドアップしたいという気持ちがマラソンを始めたときからずっとありましたから。ただ、終盤の失速についてはレース中も不安がつきまとっていた。今回も25〜26km付近でペースが少し落ちています。そういったところを落とさず、さらに終盤ペースを上げられれば、タイムはもっとついてくると思います」

この終盤の粘りを支えていたのが「40km走」の練習だ。このことはレース中継でも何度か解説されていた。服部選手が福岡国際マラソンに向けて「40kmの距離走を倍増させた」と。実は私がいちばん聞きたかったのは、ここだった。倍増というのは具体的に何回から何回に増やしたのか? そのことの意味は? 同じ東洋大出身の設楽悠太選手は練習では30km以上走らないことで知られているが、服部選手があえて40km走にこだわるのはなぜなのか?

「これまでマラソンに向けた約3カ月の練習で40km走は3回くらいしかやらなかった。それを今回は8回に増やしたんです。ほかに120〜150分のロングジョグも採り入れた。もちろんペースはゆっくりですが、いつも本番のマラソンを意識してキロ3分ペースのときと同じフォームで、走るカタチと体の動きを統一するように心がけた。とくに40km走ではキロ3分ペースのフルマラソンだと仮定して、その中で自分がどういう走りをすればいいかを考えながら走るんです」

今日からランナー

練習方法について明かす服部選手(筆者撮影)

ジョギングでもレースでも走るカタチと体の動きを統一することで、終盤もキロ3分ペースを維持する力を身につけようというわけだ。距離走を多く採り入れながら、スピード練習もそれまでどおりこなしているため、月間走行距離が700kmから1000kmと300kmも増えたという。サラッと書いてしまったが、一般アマチュアランナーにとっては想像すらできない距離である。

「設楽さんが30kmしかやらないという話は聞いています。僕もそれができるならそうしたい。30kmの練習でマラソンが走れると思えるなら。僕は30kmだけでは絶対にできないと思っています。だから(40km走を)やらざるを得ないんです」

もうひとつの要因がシューズである。服部選手はこの9月からあのナイキの「厚底シューズ」を履き始めた。世界記録のキプチョゲ選手や日本記録の大迫傑選手、設楽選手と同じモデルだ。

「シューズを変えてからずっと自己ベストの連発で、ハーフマラソンでも1分半ほど記録が伸びました。少ない力でも推進力が生まれ、終盤まで勢いが変わらなかった。その意味で、シューズのおかげかなとも思います」

レース終盤に腕を上下させていた理由、実は……

レース終盤、服部選手が両腕を下げて振ったり、上げて振ったりを何回か繰り返しているのに気がついた人はいるだろうか。これについては実におちゃめな答えが返ってきた。

「あれは練習のときも意識してやっていることなんです。同じ位置で振っているとどうしても肩甲骨周りが固まってくる感じがするので。そんなときは、これは言ってもいいのかなぁ……。 自分がキプチョゲだったら、ファラーだったらと思って腕の振りをまねしてみるんですよ(笑)。昔から有名選手の映像を見るのが好きで、お気に入りの選手をイメージしながらまねするんです。カロキとかロバートソンとか。もちろん基本のフォームは崩さずに、そういったところで遊んでみる。僕もあんな選手になりたいっていう単純なことなんですが……」

テレビを見ていてもうひとつ、服部選手のスペシャルドリンクが気になった人はいないだろうか。首からふたつのボトルをワイヤでつり下げて、交互に飲むシーンが何度も映し出された。実は服部選手は汗をかきやすい体質で、ふたつのボトルはそのことにも関係しているのだという。

「大学時代から汗の研究でお世話になっている教授と相談してつくったものです。発汗量が多いので、ひとつは経口補水液のようなもの。もうひとつはエネルギー切れを起こさないための糖質が入っています。これは初マラソンのときからずっと。ただし、内容(成分や濃度)は少しずつ変わっています。天候や気温、体調によって、検査をしながら合わせるんです」

なるほど、そういうことだったのか。さて、今回の成績で服部選手は2019年9月15日に行われる東京五輪選考会(MGC)への出場権を得た。最後にその意気込みを聞いた。

「MGCの目標は優勝です。大迫さん、設楽さんらにはまだまだタイムで劣っていますが、今回のレースで勝ち切れたので。(外国勢に)勝ったのは自分だけだと思って、終盤の走りに磨きをかけて、勝負に徹して勝ちたいですね」

PROFILE

山口一臣

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

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