On the New York City! ~現代美術家の目線から見たニューヨーク~

危険な臭いは消えてしまった……新旧文化が入り交じる魅惑のNYダンボ地区

僕がダンボで最も好きな場所。マンハッタン橋の間にエンパイア・ステイトビルディングが見える

現代美術家・伊藤知宏さんにニューヨーク(以下、NY)の街の魅力をレポートしてもらう連載「On the New York City! 」。

第2回は、開発が進むブルックリン区の中で最も大きな変化を遂げたといわれる「ダンボ地区」について。伊藤さんにとっては10年前の渡米時、作品制作に没頭した思い出の地。当時から一変した景色に、思うところもいっぱいあったようです。

<<記事の最後にフォトギャラリーもあります>>

10年前とは別世界が広がっていた!

前回紹介したブッシュウィック以外にNYの魅力を知りたくて、僕はなるべくNY中を歩き回ることにした。

滞在先の最寄り駅「ジェファーソン・ストリート(Jefferson Street)」(地図上の❶)から地下鉄でLトレインに乗ってイースト川の下をくぐり、マンハッタンの「14丁目/6番街(14 street 6 avenue station)」駅へ。そこで地下鉄のFトレインに乗り換え、再びイースト川をくぐってブルックリンの南側の「ヨーク・ストリート(York Street)」駅(地図上の❷)で降車。ニューヨーク・シティを「く」の字形に移動した。

ニューヨーク・シティの大まかな地図。前回とりあげたブッシュウィックは❶。今回のダンボは❷

ニューヨーク・シティの大まかな地図。前回とりあげたブッシュウィックは❶。今回のダンボは❷

川沿いに広がるのはダンボと呼ばれるエリアだ。ダンボはダンボでも象ではない。 「Down Under the Manhattan Bridge Overpass」の頭文字を略して「DUMBO」であり、略称の通りマンハッタン橋のたもとに広がる。

ここは今回の渡米後にまず訪れたかった場所のひとつ。なぜなら僕が10年前、アーティストとしてアメリカで何か爪痕を残さなければいけないとギラギラしていた日々を過ごしていた場所だからだ。野心の強さとは裏腹に自分の力では何も成し遂げられず、悶々(もんもん)としながら過ごしていた当時が懐かしい。

この数年に訪れた友人たちの話だと、新しいビルがたくさんできて奇麗になったのだという。期待に胸を高鳴らせながらヨーク・ストリート駅の出口を過ぎると、その先には僕の知るダンボとは別の世界が広がっていた。

駅を出てあたりを見渡す。10年前と全然ちがう

駅を出てあたりを見渡す。10年前と全然ちがう

この数年の間にダンボに行ったことのある人から聞いたように、新旧ビル群のコントラストにより、街全体がなんだかオシャレに。ショックを受けつつ、周辺を散策する

この数年の間にダンボに行ったことのある人から聞いたように、新旧ビル群のコントラストにより、街全体がなんだかオシャレに。ショックを受けつつ、周辺を散策する

駅の出口付近の壁画前で記念写真を撮影する結婚式中のカップル

駅の出口付近の壁画前で記念写真を撮影する結婚式中のカップル

マンハッタン橋の下にあるラーメン・バー。看板には日本語も書かれていた。建物の間を橋が通るのは、ダンボの象徴的な風景

マンハッタン橋の下にあるラーメン・バー。看板には日本語も書かれていた。建物の間を橋が通るのは、ダンボの象徴的な風景

通りの壁面に様々なアートが描かれ、結婚写真を撮影している人たちもいる。絵の落ち着いたタッチやモチーフから想像するに、いわゆるグラフィティとは別物で、公的に作られたものなのだろう。

調べてみると、この壁画はイラストレーターの清水裕子さんと、コビー・ケネディーさんが描いたもので、2013年にthe DUMBO Improvement DistrictとTwo Trees Management Co、 the New York City Department of Transportation Urban Art Program、ジョナサン・ルヴァイン・ギャラリーが招待した8人のアーティストが、当地の4区画の壁面に描いたアートのひとつだとか。

僕が以前住んでいたアーティストスタジオが入っていたボロボロのビルは、1階部分がおしゃれな雑貨屋になっていた。まわりにも奇麗なマンションが建ち、清涼感さえあふれている。10年前まで、夜になると麻薬の売人がウロウロしていた街が、だ。

橋の下。出来た当時と変わらないデザイン

橋の下。出来た当時と変わらないデザイン

僕がダンボで最も好きな場所。マンハッタン橋の間にエンパイア・ステイトビルディングが見える

僕がダンボで最も好きな場所。マンハッタン橋の間にエンパイア・ステイトビルディングが見える

ビルの間からマンハッタン橋が見えるお気に入りの場所に行ってみると、たくさんの人たちが写真を撮っている。もはや観光名所だ。自分だけの大事な場所で、知らない人たちがパーティーをしているような気がして軽くショックを受けた。

気を取り直して、10年前から遊びにおいでと言われていた画家の篠原有司男さん(86歳)のアトリエを訪ねた。1969年に渡米して以来、50年ほどNYで制作活動を続けている篠原さんは、ダンボにアトリエを構えて33年になる。最近では、彼のパートナーで画家の乃り子さん、息子のアレックスさんが出演するドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』(2013年/ザッカリー・ハインザーリング監督)が、2013年のサンダンス映画祭ドキュメンタリー部門で監督賞を受賞した。

画家の篠原有司男さんのアトリエにはおびただしい量の絵の具の缶が

画家の篠原有司男さんのアトリエにはおびただしい量の絵の具の缶が

新作の前で篠原さんを撮影

新作の前で篠原さんを撮影

息子のアレックス・クーカイ・シノハラさん。彼も同じアトリエで制作している。絵画作品はどれも力強い

息子のアレックス・クーカイ・シノハラさん。彼も同じアトリエで制作している。絵画作品はどれも力強い

篠原さんの案内で近所を散策した。近所のコーヒーショップ「ブルックリン・ロースティング・カンパニー(Brooklyn Roasting Company)」でコーヒーを購入。数年前にできたこのお店には、かつて工場をリノベーションした焙煎(ばいせん)所も併設されていたが、騒音の問題で移転を余儀なくされたのだとか。店内にある焙煎機は当時の名残で、現在は稼働していないという。

ブルックリン・ロースティング・カンパニーの外観。最近では日本にも支店ができたそうだ

ブルックリン・ロースティング・カンパニーの外観。最近では日本にも支店ができたそうだ

店内のカウンター

店内のカウンター

マグカップやTシャツなど、グッズもとても充実していた

マグカップやTシャツなど、グッズもとても充実していた

ブルックリン橋公園へ向かうと、一帯は奇麗な観光地と高級住宅地になっていた。至る所が整備され、海外からの家族連れがたくさんいる。道路が散らかり閑散とし、危険な臭いがムンムンしていたダンボは今や見る影もない。

前回触れたとおり、アーティストが活動することで地域の治安が改善した事例はいくつもあるが、10年という短期間でここまで好転するなんて、そのスピード感には驚くばかりだ。

公園の一角には回転木馬(写真中央)ができている。建物の設計は建築家のジャン・ヌーヴェル

公園の一角には回転木馬(写真中央)ができている。建物の設計は建築家のジャン・ヌーヴェル

ブルックリン橋公園からの風景

ブルックリン橋公園からの風景

ダンボにあるギャラリー

ダンボには今でもギャラリーやアーティストのスタジオが数多く存在する(地元のNPOが毎月第1木曜日に様々なギャラリーをめぐる1時間程のアートウォークを無料で開催している。訪問するギャラリーの詳細はこちら)。ほとんどが非営利団体のギャラリーで、NYで最もギャラリーが多いことで有名なチェルシー地区とはまた違った印象だ。一部のギャラリーを紹介しよう。

United Photo Industries

ユナイテッド・フォト・インダストリーズ(United Photo Industries)の外観

ユナイテッド・フォト・インダストリーズ(United Photo Industries)の外観

ダンボにいくつかある写真のギャラリーのひとつで、NPO法人が運営している。僕が訪れた時は「Aunty! African Women in the Frame, 1870 to the Present」という展示が開催されていた。会場に並んでいたのは、モロッコ、南アフリカ、ギニアなどの地域の1870年から現代までの女性の肖像写真など。「The McKinley Collection」と呼ばれる個人コレクションから、100点近くを展示したものだという。

年代物のポストカードなどを含む肖像写真の展示。彼らが身に着ける衣装からは文化と歴史の深さがうかがえる

年代物のポストカードなどを含む肖像写真の展示。彼らが身に着ける衣装からは文化と歴史の深さがうかがえる

ポスカードの肖像写真を並べた展示。原色を背景に用いたレイアウトが被写体の肌の色や衣装の美しさをより際立たせていると感じた

ポスカードの肖像写真を並べた展示。原色を背景に用いたレイアウトが被写体の肌の色や衣装の美しさをより際立たせていると感じた

Art in General

アート・イン・ジェネラル(Art in General)の外観。写真を撮った時期は展示会の趣旨により、窓に赤いフィルムが貼られていてかなり目立つ

アート・イン・ジェネラル(Art in General)の外観。写真を撮った時期は展示会の趣旨により、窓に赤いフィルムが貼られていてかなり目立つ

2人のアーティストが1981年から始めたNPOのギャラリーで、アーティストの展示場所や制作費などをサポートしてきた。こちらで初の個展を行い、その後著名になったアーティストは何人もいる。

こちらはアディティア・マンダヤム(Aditya Mandayam)さんの「Ear (Mandrill)」という大きな黒い耳の作品。2018年制作。迫力がある

こちらはアディティア・マンダヤム(Aditya Mandayam)さんの「Ear (Mandrill)」という大きな黒い耳の作品。2018年制作。迫力がある

危険な臭いは消えてしまった……新旧文化が入り交じる魅惑のNYダンボ地区

キアラ・フマイ(Chiara Fumai)さんの「Chiara Fumai Reads Valerie Solanas SCUM Manifesto (1967)」。ビデオパフォーマンスとインスタレーション(設置芸術)による作品。2013年制作

Smack Mellon

Smack Mellon(スマック・メロン)の外観

Smack Mellon(スマック・メロン)の外観

560平方メートルと広い敷地を誇るギャラリー。20年以上前に3人のアーティストが別の場所で始め、数年後に現在の場所に移ってきたそう。ミドルキャリアと女性のアーティストの作品を中心に取り扱っている。地下にはアーティストが滞在制作し、オープンスタジオが行われることもある。

手前がアンドレア・アロヨ(Andrea Arroyo)さんの作品「Flor de Tierra: Homage to the Women of Juarez III」 2018年制作 Image courtesy of Smack Mellon. Photo by Etienne Frossard.

手前がアンドレア・アロヨ(Andrea Arroyo)さんの作品「Flor de Tierra: Homage to the Women of Juarez III」 2018年制作 Image courtesy of Smack Mellon. Photo by Etienne Frossard.

異なるバックグラウンドを持つアーティストたちの作品は考え方から素材、サイズに至るまで様々だ。ザック・ハクモン(Zac Hacmon)さんの鉄を使った作品「Gateway」2018年制作 。Image courtesy of Smack Mellon. Photo by Etienne Frossard.

異なるバックグラウンドを持つアーティストたちの作品は考え方から素材、サイズに至るまで様々だ。ザック・ハクモン(Zac Hacmon)さんの鉄を使った作品「Gateway」2018年制作 。Image courtesy of Smack Mellon. Photo by Etienne Frossard.

Usagiと_

Usagiと_(読み方は「ウサギト」)外観の写真

Usagiと_(読み方は「ウサギト」)外観の写真

ギャラリーやカフェ、書店などが入る2015年創業の商業施設。東京・銀座のGINZA SIXにある「銀座 蔦屋書店」のような、ギャラリーなどを備えた複合的な商業施設をアメリカにも造ろうとして始まったという。

この施設が入るビル内には建築事務所やデザイン事務所があり、そこで働く感度の高いビジネスパーソンの利用頻度が高い。彼らに日々、新しい文化的な刺激を届けるため、年12回のペースで密度の高い展示を行っている。

ギャラリースペースの写真。photo by Usagiと_

ギャラリースペースの写真。photo by Usagiと_

店内の設計は建築家の藤本壮介さん。写真は本屋のスペース

店内の設計は建築家の藤本壮介さん。写真は本屋のスペース

知人のグラフィック・ドローイング系のアーティスト、ユリカ・シロヤマさん。今回のグループ展では展示会のロゴマークと壁面のインスタレーションを担当。アーティスト同士が助け合っているのもこちらのアートシーンにはよく見られる光景

知人のグラフィック・ドローイング系のアーティスト、ユリカ・シロヤマさん。今回のグループ展では展示会のロゴマークと壁面のインスタレーションを担当。アーティスト同士が助け合っているのもこちらのアートシーンにはよく見られる光景

A.I.R.

A.I.R.の外観の写真

A.I.R.の外観の写真

こちらは1972年に始まった非営利団体の現代美術のギャラリー。女性アーティストを中心に扱っていて、フェミニズムやアートなどのイベント、講演会、シンポジウムを開催している。今年は冬場に行われるマイアミのアートフェアのひとつ「NADA Miami」にも参加していた。ギャラリーのほかに美術作品の実物や作品データ、書籍なども収蔵する。

ニューヨークのアーティスト、エリカ・ストーラー(Erica Stoller)さんの「Unseen Scenery」展。ケーブルを使ったインスタレーションは見るものに不思議な感覚を与える。Installation shots by Sebastian Bach

ニューヨークのアーティスト、エリカ・ストーラー(Erica Stoller)さんの「Unseen Scenery」展。ケーブルを使ったインスタレーションは見るものに不思議な感覚を与える。Installation shots by Sebastian Bach

ルイーズ・マッキャグ(Louise McCagg)さんの作品展「Congregation」。彼女もニューヨークのアーティスト。Installation shots by Sebastian Bach

ルイーズ・マッキャグ(Louise McCagg)さんの作品展「Congregation」。彼女もニューヨークのアーティスト。Installation shots by Sebastian Bach

川沿いの湿気やサブウェーの騒音に当時の面影

ギャラリーや書店、雑貨屋などいろいろな面白いお店を見て回った後、駅前でレンタルバイクを借りてブルックリン橋を渡ってみる。高い所が苦手なため、景色の素晴らしさと恐怖を両方一度に味わい、不思議な気分になった。

駅前に並ぶレンタルバイク「シティ・バイク」。シティバンクによるサービス

駅前に並ぶレンタルバイク「シティ・バイク」。シティバンクによるサービス

この橋の上は観光客がたくさんおり、NYを象徴する風景

この橋の上は観光客がたくさんおり、NYを象徴する風景

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10年ぶりのダンボは視界の半分以上が奇麗に様変わりしていた。だが、川沿いには湿気があり、2本の橋を通るサブウェーの騒音の大きさも相変わらず。僕が知るダンボもその面影を残していた。

誰しも若さがもたらす並々ならぬ野心や情熱に突き動かされたことがあるだろう。たとえ景色が移り変わっても、ダンボが僕にとってそれを象徴する場所であることは今も変わりない。良くも悪くも前のめりで作品制作に没頭していた場所の空気に触れたせいか、アトリエのある滞在先に戻ると不思議と創作意欲があふれ出していた。

ダンボに住んでいた10年前、NYのアートフェア(アフォータブル・アート・フェア/Shion Artより出品)で展示した作品「Flower & Flower」。赤いカーペットに赤・青・黄色のペンキを塗ってからさらに線で描いたように花や動物をイメージした形に切り抜いた作品。あれから作品性も少しずつ変わっていった

ダンボに住んでいた10年前、NYのアートフェア(アフォータブル・アート・フェア/Shion Artより出品)で展示した作品「Flower & Flower」。赤いカーペットに赤・青・黄色のペンキを塗ってからさらに線で描いたように花や動物をイメージした形に切り抜いた作品。あれから作品性も少しずつ変わっていった

PROFILE

伊藤知宏

1980年生まれ。東京・阿佐ケ谷育ちの現代美術家。日本政府から助成金を得てニューヨークへ渡米。武蔵野美術大学卒。東京や欧米を中心に活動。ポルトガル (欧州文化首都招待〈2012〉、CAAA招待〈2012-18毎年〉)、セルビア共和国(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待〈12、14〉)、キプロス共和国(Home for Cooperation招待〈17〉)他。ギャラリー、美術館、路地や畑などでも作品展を行う。近年は野菜や花、音や“そこにあるものをえがく”と題してその場所にあるものをモチーフに絵を描く。谷川俊太郎・賢作氏らとコラボレーションも行う。ホルベインスカラシップ受賞。文化庁新進芸術家海外研修制度研修員(2018-19)および日米芸術家交換計画日本側派遣芸術家。

「NYでもっともアーティストが住んでいる街」に広がる異様な光景

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