偏愛人語

「僕しか美しいと思わなそうなモノが世の中いっぱいある」
落合陽一が個展で表現する“質量”

落合陽一さんにカメラ愛を語っていただくインタビュー。後編のテーマは、1月24日から東京・東品川の「amana square」で開かれる個展「メディアアーティスト・落合陽一の世界『質量への憧憬』」について。なぜ次の個展では、写真を中心にした作品を展示することになったのかを聞きました。

 

――個展のプレスリリースで「メディアアートとして表現することで作家として消しさろうとしていた一人称が、写真やイメージを集合させることで浮かび上がる」とメッセージを寄せていました。この意味を改めて教えてください

落合 僕は、メディアアートはコンテンツから離れれば離れるほどいい作品だと思っています。コンテンツから離れたにもかかわらず、コンテンツ性を持っているメディアアートをうまく作ることができてきたなと思っています。メディアでありながらアートであるという立ち位置は難しいです。表現性の中にコンテンツ性を出し過ぎないこと、言い換えると標榜(ひょうぼう)する意匠はあまりないのだけれど、表現はできていなければいけない。『Silver Floats』などはそれがうまくできていた作品だと思っています。これまで、鏡とかレンズとかLEDを使ったメディアアートを制作してきました。それらは言葉では表現しがたい作品たちで、一人称がいい感じに消えています。

それでも、作品を集めてみると、この人が何を好きかということはだんだん分かってきますよね。僕のInstagramを見ていれば、「こいつ鉄骨好き過ぎだろう」とか、「窓枠も好き過ぎだろう」とかすぐわかる(笑)。「この人は、こんな気持ちで草を見ているのか」ということもわかってくる。

最近、そういう浮かび上がってくるものを再結集させることで、作家の表現性に立ち戻るのも面白いんじゃないか、僕しか見ていない美的感覚というものもありそうだな、と思い始めました。自然や日常の中から発掘してきた、このあたりは僕しか興味がなさそうだな、というモノが世の中にはいっぱいあるので、それを撮ってきてアートで表現したいと思っています。

メディアアートは、言うなれば半分飛び道具です。でも、そろそろ使い古されてきたから、みんなメディアアートと聞くとぼんやりとイメージできるようになった。そこで今回の個展では、もう一度「写真でコンテンツ性を掘り込めるか」をモチーフにしました。

カメラを手に取る落合陽一さん
――展示する作品は、Instagramに投稿しているような日常で撮影しているものが中心ですか? 個展のために撮り下ろした作品もありますか

落合 何点か撮影のために出かけて撮りました。プレスリリースで出している鳥居のように見える鉄骨の写真は、木更津の海岸で撮ったものです。いろんな鉄骨が水面から出ていて、「これは近代日本の神社だねえ」と思って。海面から電柱が並んでいて、遠くには工業地帯が見える。そして電柱の隣には「ゴミは持ち帰ろう」って書いた看板があるんです。それらは、近代的なモノの終焉(しゅうえん)を象徴する風景に思えました。

質量を感じるもの、つまり鉄骨とか機械部品、ゴム、石油コンビナート、自動車とかを作り続けてきた時代の終わりを感じる、哀愁を感じさせる風景に独特の美を感じます。さらに、僕が大好きな波がある海にその風景があるところがきれいだった。波が好きなので、海岸に写真を撮りに行くことは多いですね。

ただ、撮り終わっているのですが、展示する写真を選ぶほうが大変です。Instagramを見ていただくと、結構な枚数を投稿しているのがわかると思いますが、1回10枚セットであげているので、写真展をするには撮影した枚数が多いです。

――タイトルを「質量への憧憬」とした意図を教えて下さい

落合 いまは「質量のない時代」なので、最初はタイトルを英語で「デジタルノスタルジア(Digital Nostalgia)」にしようと思いつきました。次にデジタルのノスタルジアって何だろうと考えてみたら、「失われた質量」へのノスタルジアだな、と考えた。そして、ドイツ語でノスタルジアを意味するようなゼーンズフトという言葉は、日本語の「憧憬」という翻訳が当てはまった。

質量のあるものをデジタル撮影すると質量がなくなりますが、プリントされた写真には、物質として新たな質量が生まれますよね。質量のないデジタルなものと、新たに質量を持った写真を同時に想起することで、全く違うものが見えてくる。

Photoshopとか機械学習による生成をしない写真にはデジタルでも質量性があると思っていて、質量性のある表現をどう見直すか、が今回のテーマです。例えるなら、抽象画をやっていたら、ヴァニタス(寓意的な静物画のジャンル)もやりたくなったと言えば近いでしょうか。僕に限らず別のアーティストもそうだと思うのですが、抽象画やデザイン的な性質を持った手法では自分のコンテクストが表現できないと思った時に、ヴァニタスのような技法に立ち戻って作家性をつくっていくことはあると思います。

落合陽一さん

――落合さんがInstagramに投稿している写真をみると、若干暗めな絵もあるのですが、あれは意図してそう撮っているのでしょうか

落合 実は、僕の目には人より暗く写っているんですよ。(視力矯正のために)もう1枚レンズが入っているから。普通の人の見え方はレンズではf1ぐらいに相当するって言われるじゃないですか、それでいうと僕はf2ぐらいの世界に生きている気がしています。レンズを入れるまえはカールツァイスかSONYの世界にいたのですが、入れてからはライカ、ニコンの世界に入ってきて、わかりますか? ちょっと明暗がはっきり出るなとか、緑色の“しまり”はだいぶ良くなったなという感覚があります。自分の目がレンズを入れることでそう変わるとは思ってなかったのでびっくりしました。

ただ、それで絵づくりはシャープになったので結果としてよいです。人間のイメージセンサー(網膜と脳)は高感度で、ノイズも乗りませんからね。写真が暗いってよく言われるのですが、あえて暗く撮っているつもりはまったくありません。見えているまま撮っています。逆に「そうか、みんなはこう見えてないのか」と思っていますね。

――写真が中心の個展ということで、これまでと違う層の人も見に来るのではないでしょうか

落合 メディアではデジタルの権化のような扱いをされている僕が、デジタルカメラで何を切り取るのかを見てもらいたいことと、異常なカメラ好きでもあるので、同好の士が集まってくれたらいいなあと思います。ピュアに風景や人や群衆や静物を撮る。視点を共有してコンテクストをこねすぎない。1950年代や60年代が持っていた質量性をどう考えるのか、写真のプリントも、いわゆるデジタルプリントで仕上げたものと、昔のソルトプリントの手法で仕上げたものも試しているので、それは相当な写真おたくな人がみても、「おおーっ」「どう刷ったんだろうこれ」と感じてもらえるはずです。

落合陽一さん

(文・&M編集部 久土地亮、写真・矢野拓実)

<Information>
メディアアーティスト・落合陽一展覧会「質量への憧憬」
会期: 2019年1月24日(木)~2月6日(水)
時間:11:00~21:00
会場: amana square(session hall/IMA gallery/IMA cafe)
東京都品川区東品川2-2-43 T33ビル1F
入場:無料
公式ホームページ:https://shitsuryou2019.jp/

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【vol.7】 小林武史、Mr.Children『深海』も“ビンテージ”にこだわった

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