On the New York City! ~現代美術家の目線から見たニューヨーク~

実験的なイベント「ザ・マイルロング・オペラ」に観客殺到 

ニューヨーク・ハイラインの写真

現代美術家・伊藤知宏さんにニューヨーク(以下、NY)の街の魅力をレポートしてもらう連載「On the New York City! 」。今回の舞台は2009年のオープン以来、NYの代表的な観光スポットの一つとして親しまれている空中公園「ハイライン」です。

昨年10月、このハイラインで異色のオペライベントが開かれました。その様子や舞台裏を伊藤さんがリポートします。

建築と芸術の間にあるもの

「建築」と「美術」の境目はどこにあるのか。用途の有無は、双方の境目の一つと考えられている。だが、実用性を追求した建築物がある瞬間、彫刻(アート作品)的に見えることがある。

僕はそんな目線を大事にしている。今回はマンハッタンの西側にある線形公園「ハイライン」で行われた、美術と建築の境目がよくわからなくなるパフォーマンスの話だ。

ニューヨーク・シティの大まかな地図。第1回で取り上げたブッシュウィックは❶、2回目のダンボは❷、今回取り上げるハイラインは❸のあたりから始まる

ニューヨーク・シティの大まかな地図。第1回で取り上げたブッシュウィックは❶、2回目のダンボは❷、今回取り上げるハイラインは❸のあたりから始まる

ある日、NYの建築事務所で仕事をしている友人に、ハイラインで実験的なオペラが行われることを知らされた。

このイベントは「ザ・マイルロング・オペラ」(The Mile-Long Opera)と名付けられたもので、ハイラインを設計した先鋭的な建築事務所「ディラー・スコフィディオ+レンフロ」(Diller Scofidio + Renfro、以下DS+R)が中心に行っている。

DS+Rは、建築家のエリザベス・ディラーが1981年に建築家でパートナーのリカルド・スコフィールドと共に「ディラー・スコフィディオ」(Diller Scofidio)を設立したことに端を発する。2004年、数年間彼らの元で働いていた建築家のチャールズ・レンフロが正式にパートナーとなり、2015年に同じく数年間の共同制作の後、建築家のベンジャミン・ギルマーティンが正式にパートナーとなり現在の形態になった。建築事務所といえば建築物しか作らない印象だが、面白いことに彼らは、ファッションの仕事や現代美術のプロジェクトも行っている。

彼らのNYでの代表作はNYのジュリアード音楽院やリンカーンセンターの増改修、コロンビア大学の医療棟の設計など。現在はMoMAの増改築も行っている。その中でハイラインは彼らの最高傑作と言われている。

NYの総合芸術施設リンカーンセンターの改修後の姿

NYの総合芸術施設リンカーンセンターの改修後の姿

改修後のジュリアード音楽院。リンカーンセンターと隣り合っている。外壁の素材はリンカーンセンターのものと同じものを使用するなど、デザインに強いこだわりが感じられる

改修後のジュリアード音楽院。リンカーンセンターと隣り合っている。外壁の素材はリンカーンセンターのものと同じものを使用するなど、デザインに強いこだわりが感じられる

ザ・マイルロング・オペラの公式ホームページには、オペラの作曲は2008年にピュリツァー賞を受賞したデイビッド・ラング、総監督はDS+Rのエリザベス・ディラー、助監督はパフォーマーで振付家のリンゼイ・ペイシンガーという、良い意味でとてもクセのありそうな舞台と書かれていた。

実際にオペラに行ってみると……

この実験的なオペラのパフォーマンスは、全長約2.3kmのハイライン全てを使用して2018年10月3日~8日の6日間行われた。初日に会場の入り口に行ってみると、無料のイベントとはいえチケットは完売。当日券を得ようとする来場者が長蛇の列をなしていた。

ハイラインの一番南側で「ザ・マイルロング・オペラ」の入り口に並ぶ人たち

ハイラインの一番南側で「ザ・マイルロング・オペラ」の入り口に並ぶ人たち

数時間並んでもなかなか入れない。僕が入る頃には辺りは暗くなっていた

数時間並んでもなかなか入れない。僕が入る頃には辺りは暗くなっていた

1時間半ほど並び、実際にオペラを体感できる順番がきた。ハイライン上に左右等間隔に並ぶ1000人ほどのオペラ歌手が詩を朗読する。ハイライン上に劇場のような舞台があり、そこでオペラを上演すると思い込んでいた僕は、全然想像と違う状況に面食らう。虎穴に入らずんば虎児を得ずの精神でおもむろにハイラインを歩き続ける。

オペラ歌手はそれぞれ野球帽をかぶっている。帽子のつばの下側が青緑色に発光し、その反射光が暗闇の中でもうっすらと歌手の顔を照らす。オペラ歌手は38のプロの団体からなり、26のセクションで違う詩を朗読する。

台に乗りながらパフォーマンスを行うオペラ歌手 Photography by Timothy Schenckw

台に乗りながらパフォーマンスを行うオペラ歌手
Photography by Timothy Schenckw

詩を歌うパフォーマー Photography by Iwan Baan

詩を歌うパフォーマー
Photography by Iwan Baan

パフォーマンス中のオペラ歌手。オーディエンスが近くにいても遠くにいても、凛(りん)とした姿勢を崩さぬあたりにプロ意識を強く感じた Photography by Iwan Baan

パフォーマンス中のオペラ歌手。オーディエンスが近くにいても遠くにいても、凛(りん)とした姿勢を崩さぬあたりにプロ意識を強く感じた
Photography by Iwan Baan

とにかくせわしない。イベントのコンセプトとしてハイライン上を歩き続けるよう促されるため、立ち止まってオペラ歌手の詩を聞くことができないからだ。

歌手たちの横を通り過ぎるたび、その詩がフェードイン/フェードアウトしていく。それはまるで一片の詩を聞くことすら許されない現代の(ことさらNYの)せわしなさを表しているようで、僕たちの日常生活の縮図を突きつけられるような体験だった。

歌手は等間隔で並びハイライン全体をパフォーマンスの舞台にしている Photography by Timothy Schenck

歌手は等間隔で並びハイライン全体をパフォーマンスの舞台にしている
Photography by Timothy Schenck

ハイラインはホテルや商業施設などの下も通過している。上空からハイラインを撮影した写真。ビルの下は青く光っていた Photography by Timothy Schenck

ハイラインはホテルや商業施設などの下も通過している。上空からハイラインを撮影した写真。ビルの下は青く光っていた
Photography by Timothy Schenck

いろいろな人種の人たちが歌うところが、多様性に富んだアメリカらしい Photography by Liz Ligon

いろいろな人種の人たちが歌うところが、多様性に富んだアメリカらしい
Photography by Liz Ligon

このイベントには2回行った。1回目は英語とイタリア語の詩の朗読のみが聞こえたので、係員に「その他の言語はあったりする? 日本語はあるのですか?」と尋ねたところ「いい質問だね」と言われ、その時は「今は英語とイタリア語だけだよ」という回答だった。しかし、数日後に再度訪れると、日本語で詩を朗読するゾーンもできていたことに驚いた。

僕が質問をしたから加えられたのかは知る由もないが、おそらくこの舞台は毎回少しずつ改良しているのだろう。常に向上を求め、現時点での完成に甘んじない。そんな姿勢も非常に魅力的だった。

実験的なイベント「ザ・マイルロング・オペラ」に観客殺到 

パフォーマンス終盤の様子。光るカップ(NYでは最も一般的に使う安価なデザインのものを使用。このカップの選び方からしても強いこだわりが感じられる)を持ちながら詩を歌うパフォーマーたち。このカップの光らせ方も数十回以上、独自の実験をおこなった成果のたまもの
Photography by Timothy Schenck

詩とNY

NYでは昔から日本に比べ詩を使った表現がかなり多い印象がある。それは現代美術から小説、実験映像や現代音楽、ロックにいたるまで多岐にわたる。それはなぜか。理由を聞かれて言葉にできる人は多くはいない。

ならば自分で答えを探してみようと思い、NYの詩人で歴史あるNYの雑誌「ブルックリン・レイル」でも執筆活動を行うスティーブ・ダラチンスキー(Steve Dalachinsky〈72歳〉)と、NYの若手アーティスト/音楽家(Talibam!など)のマット・モッテル(Matt Mottel〈37歳〉)と一緒に、「Matt + ITO + Steve」という名前でパフォーマンスをNYのとあるスペースで行った。

そのパフォーマンスはマンハッタンの街をイメージした詩と実験音楽を即興で披露したものだ。音楽はマンハッタンのノイズ……例えば車の音、ビルの音、人が歩く音などをイメージしたもの。詩は人間の心と街とをつなぎ合わせる役目を担う。このパフォーマンスを通して、マンハッタンの街を表現するには、音楽だけでも詩だけでも難しいことを実感した。

それを受けて先の問いに自分なりに答えを出すならば、おそらく詩とはNYにおける都市構造と人間の身体性(つまり都市と人)の間にできた心の隙間を埋めることではないか。言うならば、ハンバーグの「つなぎ」のようなものではないだろうかと思った。

そしてザ・マイルロング・オペラも、詩を表現の重要な要素にしている。特に印象的だったのは、この舞台の中盤、あるセクションに来ると「何も変わらない」と様々な人種のオペラ歌手が揃って朗読していた場面だ。

これが、現代のアメリカ社会の人種差別や移民、貧困問題などをどうやっても変えられないことへの痛烈な批判を投げかけている気がしたのと同時に、このような大規模なパフォーマンスを行っても何も変えられないという二つの意味に聞こえた。これは単なるエンターテインメントではなく批評性を宿したアートだと感じ、強く共感した。

ザ・ロングマイル・オペラの地図。端からは端までハイラインを使用しているのがわかる

ザ・ロングマイル・オペラの地図。端からは端までハイラインを使用しているのがわかる

制作側からみたザ・マイルロング・オペラ

DS+Rで現在実務研修をしている建築家の津川恵理さんは、僕と同じ文化庁新進芸術家海外研修制度でNYに滞在している。

建築事務所DS+Rで働く津川恵理さん。昼休み中に事務所近くのハイラインにて

建築事務所DS+Rで働く津川恵理さん。昼休み中に事務所近くのハイラインにて

今回のザ・マイルロング・オペラで津川さんは、幼少期のダンスの経験を生かし、ハイライン沿いの幾つかのビルの窓で行われたウィンドウパフォーマンスのディレクションを行った。

ビルの窓ガラスの前で清掃作業者のような動きをするパフォーマーに下から光を当てるウィンドウパフォーマンス。パフォーマーによって違うアプローチをとる Photography by Liz Ligon

ビルの窓ガラスの前で清掃作業者のような動きをするパフォーマーに下から光を当てるウィンドウパフォーマンス。パフォーマーによって違うアプローチをとる
Photography by Liz Ligon

ハイラインをまたがる形で建てられたホテルがあり、ハイラインが下を通過する客室をはじめ、そのほかの部屋でもウィンドウパフォーマンスが行われた。ハイライン以外の建物もパフォーマンスに取り込むのは規制があって難しいのかもしれないが、もう少したくさんあっても良いかなと思った

ハイラインをまたがる形で建てられたホテルがあり、ハイラインが下を通過する客室をはじめ、そのほかの部屋でもウィンドウパフォーマンスが行われた。ハイライン以外の建物もパフォーマンスに取り込むのは規制があって難しいのかもしれないが、もう少したくさんあっても良いかなと思った

パフォーマンスの内容は「窓ガラスの清掃」という日常的な動きを芸術作品へと昇華する試みだ。清掃作業員に扮したパフォーマーが、洗剤に見立てた特殊な液体を窓に塗り、その姿を下から青白い光で照らす。いくつものビルで、複数のパフォーマーが概ね同様のパフォーマンスを行う。それをハイラインから見ると、日常的な清掃作業が非現実的で幻想的な光景へと移り変わるのだ。

津川さんはこのパフォーマンスをディレクションするにあたって、実際にどう見えるか動きの確認と、特殊な液体でビルの窓を汚さないため、高さ2.5mほどの窓を作り何度も実験を重ねたという。ウィンドウパフォーマンスで使用された液体は光が当たった際の反射の具合や垂れ方、汚れの有無などを考慮してレシピを作成していったそうだ。

津川さんは今回のパフォーマンスを手伝っていくなかで感じたことがあったという。

「リズさん(エリザベス・ディラー)は当初から、ハイラインを演劇的な空間にしようと構想していたのでは? これは2.3Kmにわたる特殊な建築だったんだなと思いました」

制作者側には独自の用語があり、ハイラインの外側で実施するパフォーマンス(写真奥の窓越しのパフォーマー)を「オフサイト」、ハイライン上で行うパフォーマンス(写真右手前のパフォーマー。詩を歌っている)を「オンサイト」と呼ぶのだそう Photography by Liz Ligon

制作者側には独自の用語があり、ハイラインの外側で実施するパフォーマンス(写真奥の窓越しのパフォーマー)を「オフサイト」、ハイライン上で行うパフォーマンス(写真右手前のパフォーマー。詩を歌っている)を「オンサイト」と呼ぶのだそう
Photography by Liz Ligon

▼「ザ・マイルロング・オペラ」のパフォーマンスは公式サイトで見られる

 

昼と夜で全く違う表情を見せるハイライン

今回のオペラは夜に空が暗くなってから行われたが、昼間だと同じ場所でも印象が全く違う。現在のハイラインの発端は廃線が決まった線の復興を願い、地元住民らがフレンズ・オブ・ザ・ハイラインを結成したことから始まったと言われている。

その後、DS+Rのデザインによって2009年にハイラインはオープンを迎える。廃線を利用しパリのプロムナードに着想を得てつくられた空中公園は、オープンから少しずつ区画を広げ、5年で最終区画の工事を終えて完成。

現在では年間600万人が訪れるNYを代表する名所の一つだ。僕の友人の建築ジャーナリストからも、DS+Rの現段階での最高傑作と称されている。

多くの人で賑わうハイライン。遠くに建設中のビルが見える。日差しがとても気持ちいい

多くの人で賑わうハイライン。遠くに建設中のビルが見える。日差しがとても気持ちいい

ハイラインではいくつかの現代美術が楽しめます。「IRONWOODLAND」と書かれた植栽にたたずむ文字はセーブル・エリス・スミス(Sable Elyse Smith)の「C.R.E.A.M.」という作品で、2019年の3月まで見ることができる

ハイラインではいくつかの現代美術が楽しめます。「IRONWOODLAND」と書かれた植栽にたたずむ文字はセーブル・エリス・スミス(Sable Elyse Smith)の「C.R.E.A.M.」という作品で、2019年の3月まで見ることができる

沢山のベンチがある。座って和む人々

沢山のベンチがある。座って和む人々

ハイラインの真ん中あたりから見える建築家ザハ・ハディドの建築。とても面白いデザインではあるが、直線的な建物が多いNYでは少し浮いてしまっているかも

ハイラインの真ん中あたりから見える建築家ザハ・ハディドの建築。とても面白いデザインではあるが、直線的な建物が多いNYでは少し浮いてしまっているかも

ハイラインのベンチ。組み合わせ自在の床面のブロックが持ち上がったようなデザイン。まるで建築物のようだ

ハイラインのベンチ。組み合わせ自在の床面のブロックが持ち上がったようなデザイン。まるで建築物のようだ

ハイラインにはさまざまな花が咲いていた

ハイラインにはさまざまな花が咲いていた

ハイラインの少し白みがかった緑色の植物が多用されている植栽は、数十年の間この路線がなくなってから自生したものを中心にオランダのガーデンデザイナー、ピエト・オウドルフが手がけたものだ。彼のガーデンデザインはととのっていない。野生の力強さをそのまま残し、粗野で美しい。

昼でも夜でもコンクリート・ジャングルの様なマンハッタンに、こんな草木花が豊かな道があるだけで、なぜか幻想的な気分になる。

廃線にせよ、自生している草花にせよ、一般に価値を認められなかったものに魅力を見いだし、それらを生かす道を示した人たちが、この「ハイライン」という美しい舞台を作り上げた。この手の話は、クリエーターに構想があっても行政に理解されず実現しないケースが少なからずあるだけに、こうして構想が形になると、この先も同じようなアプローチを広げていきやすい。それにしてもDS+Rの独特な創造力は非常に興味深い。彼らは建築家目線で芸術へアプローチしているように見えた。

アメリカにいると、このようなダイナミックな芸術作品に出会うことが非常に多い。僕も、いつの日か同じようなスケールの作品を作ってみたいと思った。

僕が制作した最も大きな絵画作品「Soundscape」(2004年制作)。サイズは3m×40mだが、アメリカでは珍しがられるほど大きな作品ではない Copyright by Chihiro ITO Photo by Yosuke Minowa

僕が制作した最も大きな絵画作品「Soundscape」(2004年制作)。サイズは3m×40mだが、アメリカでは珍しがられるほど大きな作品ではない
Copyright by Chihiro ITO Photo by Yosuke Minowa

PROFILE

伊藤知宏

1980年生まれ。東京・阿佐ケ谷育ちの現代美術家。日本政府から助成金を得てニューヨークへ渡米。武蔵野美術大学卒。東京や欧米を中心に活動。ポルトガル (欧州文化首都招待〈2012〉、CAAA招待〈2012-18毎年〉)、セルビア共和国(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待〈12、14〉)、キプロス共和国(Home for Cooperation招待〈17〉)他。ギャラリー、美術館、路地や畑などでも作品展を行う。近年は野菜や花、音や“そこにあるものをえがく”と題してその場所にあるものをモチーフに絵を描く。谷川俊太郎・賢作氏らとコラボレーションも行う。ホルベインスカラシップ受賞。文化庁新進芸術家海外研修制度研修員(2018-19)および日米芸術家交換計画日本側派遣芸術家。

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衰退からの復興 ポルトガル・ギマランイスに見る文化・芸術の光

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