男らしさの呪縛

「企業は男のプライドを保てる仕組みになっている」

白岩玄さん×武田砂鉄さん

小説家白岩玄さんの連載「男らしさの呪縛」のスピンオフ企画第二弾。今回の対談相手は、文芸誌『すばる』で「マチズモを削り取れ」を連載中のライター武田砂鉄さんです。

実は古くからの友人同士で、「男らしさ」をめぐる問題意識も共通しているという二人。武田さんが「男性性」に疑問を持ち始めたきっかけは、社会人になり「会社で働く男性」を目の当たりにしたことだとか。

二人の対談は、出会った頃を振り返りながら、互いに今感じている「男らしさの問題」へと移っていきました。その模様を前後編の二回に分けてお届けします。

「君、20万円分の仕事してないからね」会社的お説教はなんのため?

武田 白岩君と出会ったのは、自分が大学4年生の夏に河出書房新社への採用が決まった直後のこと。同じ時期に白岩君が文藝賞(河出書房新社が主催する新人賞)を受賞し、たまたま自分の中高時代からの友人が、白岩君の友人だった。あの頃、意味もなく、夜中にスーパー銭湯やラウンドワンに行ってましたね。

白岩 そうそう、ちょうどお互いに暇だったこともあって、ときどき3人で遊んでた。だから今日はちょっとやりにくいというか……(笑)。

武田 こちらもやりにくいです(笑)。連載を拝読しましたよ。「ありのままの20代」。

白岩 ありがとうございます。

武田 デビュー作の『野ブタ。をプロデュース』が瞬く間に売れて、「自分自身のお金に対する『倫理観』」が危うくなっていた、と書いていたけど、あれって、ちょうど僕たちが会っていたころでしょう? 

白岩 うん、そうだね。実際にどう思われてたかはわからないけど……お金が急に入ってきて、一般的に男性が得る権力の象徴みたいなものを若くして一気に手に入れてしまった時に、周りが自分を見る目が変わったと感じた。そこですごく調子に乗れる自分もいたし、同時にそのことに違和感を覚える自分もいた。

白岩玄さん

武田 こちらも軽い気持ちで、「おごってよ、先生!」なんて言っていたはず。そういうのを、どこへ行っても、誰と会っても、繰り返し浴びていたってわけか。

白岩 たしかに当時はそんな感じだったかも。ただ、そこで調子に乗りきってしまう前に、「これはちょっとおかしいぞ?」と踏みとどまったことが自分のなかの「男らしさ」への疑念を芽生えさせたのかなと思う。そこからずっと同じ悩みを抱えつつ、この歳まできたというか。

武田 ちょうど同じ時期、自分はようやく初任給をもらった、というような状況でしょう。仮に20万円ぐらいもらったとして、まず上司から何をほのめかされるかといえば、「別にキミが20万円分の仕事したってわけではなく、しばらくは投資しているようなものだから」という空気感です。ひとまず支払われる給料に対する仕事の未熟っぷりを、直接的ではないにせよ、繰り返しにおわされる。自分が働いていたところはそうでもなかったけれど “ザ・終身雇用世代”の上層部にとっては、「積みあがっていく自分の給料=自分のキャリアの証」ともなり、その経験から、後輩へのお説教を起動させたりもする。でも、当時、白岩玄という人は、その上層部を軽々と飛び越えていたわけだよね。

白岩 特殊パターンだよね(笑)。でも決して居心地が良いわけじゃなかった。自信がついていくアクセルと「ちょっと待てよ、調子に乗っていないか?」とブレーキを交互に踏むような感覚で。まぁでもそんな特殊な状況だからこそ、「男のプライド」問題に気がつけたと思うんだよね。会社員になって、周りがみんな「男らしくて当然」という態度だったら、ずっと無自覚のままで、わからなかったかも

武田 これまでの企業社会は、加齢に準じた確かな給料と確かな地位の掛け算をし続けていると、そこそこ安定的にプライドを保てたわけです。真面目に働いていれば、やがてそれなりの役職が与えられる。給料が上がり、地位が上がり、部下もできる。ただしこの「真面目に働いていれば」が許されるのは、男性の場合に限られる。女性の場合は、突出して頑張ることが求められてきた。「普通に働いている男」と「めっちゃ働いている女」がせめぎ合うアンフェアな仕組み。女性が上回ると、「あの人すごく頑張ったらしいよ」と、どことなく妬みが混じってくる。

白岩 仕組み自体が男性の自信とかプライドを担保できるようになっているわけか。その中にいた武田君は、どういうきっかけがあって男性性に対して問題意識が芽生えたの?

武田 もともと、三年生が「三年生である」という理由だけで偉そうな部活動だとか、勢い任せの飲み会だとか、男性性から起動するコミュニティーが苦手だったから。あと、ちょっと話がズレるかもしれないけど、結婚するとなった時に、「結婚って、こんなにおおごとなのか」としみじみ困惑したことはいまだに覚えている。結婚してから数カ月間、「別に、今日言わなくていいか」を繰り返し、会社の人に言わなかったら、偉い人からとても怒られまして(笑)。

白岩 それは……そうだろうね(笑)。

武田 結婚を報告する順番なんてのがあるんだね、会社というものには。あとは、結婚しただけなのに、「結婚した組」の先輩たちが、アドバイスにやってきたり……。特に、そんなの受け付けていないのだけれど。

武田砂鉄さん×白岩玄さん

白岩 ようこそ!っていう仲間意識ね。「お前はまともだぞ!」とでも言うように、急に一人前に扱われたりもする、紙一枚のことなのに。

武田 「既婚者サークル」に強制入部させられる感じ。結婚やそれにまつわる変化を、なにかと社会活動にスライドさせないでくれ!っていう気持ちがある。列に並びたくないのに、いつの間にか列の最後尾に並ばされているような気がした。

白岩 そういうところとは距離をとってたんですか。

武田 うん。文芸誌『すばる』で「マチズモを削り取れ」という連載を始めたんだけれど、結婚してから、「男性のコミュニティー」に、より強く疑いを持つようになり、そのことについて女性たちと話すようになったことも影響していると思う。

「やめろよ!」と胸ぐらをつかんで言えますか?

白岩さんは、「自分は男性である」と深く意識するところから「男らしさ」の問題を考えるようになった一方、武田さんはそもそも性差の意識が薄いと言います。非常にセンシティブな問題が絡み、語り方が難しい「男性性」というテーマ。二人がそれぞれ「小説」と「評論」という異なるアプローチをした理由とは。そして武田さんを怒らせた「あんみつコーヒー事件」とは――。

武田 「男らしさ」というテーマを追っておいてなんですが、自分自身に「男代表」として意見するとか、男としてこうしなきゃいけないという意識が薄いんです。むしろ、「男」を背負わされたくない。

白岩 じゃあ、どうやって問題に意識が向いているの?

武田 世の中にある社会問題について、なぜこの悪しき状況になったのかを考えます。すると、多くの場合において、そこで意思決定を下す人物や組織の男性性の問題が立ち上がってくる。日本社会には「男性」を主語にすることで動く物事が多過ぎますね。

白岩 それ自体が一番でかい社会問題じゃないかと思うぐらい、あちこちに入り込んでいるよね。僕も環境問題や別の社会問題には当事者意識が薄かったり欠けていたりするけれど、「男性性」に対しては、完全に自分の問題だと意識している。だから、興味があるし、アンテナが敏感になっている。武田君は周りからは確実に男の人として見られるわけでしょう。その中で「男性性」を意識しないでいることは難しくないの?

武田 男性性に限らず、「当事者か、当事者じゃないか」で発言の権利が与えられる/与えられないというのはおかしい、と常日頃感じているので、あえて自分を第三者化させている感覚はありますね。それって、時にズルいやり方なのかもしれないけれど、「自分も〇〇だから、言わせてもらう」を条件にしたくない、という思いが強いのかもしれない。

白岩 僕の場合は、第三者でいるのが、自分の心にしっくりこなくて……。例えば、ニュースでセクハラ問題を見たとき、自分の視点を加害者側に寄せるくせがあるというか。自分の中で同じような事象を探しちゃう。男性と何人かでご飯を食べに行ってきれいな女性の店員が出てきたときに、誰か一人が、「お姉さんがお酌してくれるなら飲みます」とか言うとするじゃない。言った方は冗談なのかもしれないけれど、相手の女性からすれば、女性としてサービスすることを求められているわけだからセクハラでしょう。それを僕は、やっぱりその場の雰囲気もあるから「やめとけ、やめとけ」と笑いながら止めるくらいのことしかできない。胸ぐらをつかんで本気で怒るとかはできないな……って。

武田 確かに。

白岩 そういうことを考えると、自分も日常的にセクハラに加担してるなと思う。たとえ露骨な言い方ではなかったとしても、それで相手がどんな気分になったかは、その本人にしかわからないし……。

武田 介入するかしないかで言うと、この間、悩んだのは「あんみつコーヒー事件」です。友人女性が出産したので、妻と一緒にその子どもを見にいった。手土産にあんみつを持っていったところ、コーヒーを出してくれて、おいしく食べて楽しく過ごしたんだけど、家に帰ってからその友人から連絡がきて、会社から帰ってきた夫に「あんみつなのに、どうしてコーヒーを出したんだ」ってしかられたという。コーヒーじゃなくて、お茶だろと。

白岩 ほう……。

武田 なんじゃそりゃ、と思う。もし、コーヒーじゃなくてお茶がいいと思ったら、その場で言うよね。親しい仲なんだし。それなのに、なぜ、後からそれを知った夫が、あんみつにはお茶であるべきだと言い、その友人がこっちに「しかられた」と伝えてくるのかと。

でも、帰ってきた夫が彼女をしかることを、こっちから「やめろ!」と言うことはできないわけ。こっちがコーヒーでいいと思っていても、それは彼女の夫には伝えられないわけだから。その夫に、ここはお茶だろと言わせないようにするにはどうすればいいのか……これが、最近悩んだこと(笑)。

白岩 ちょっと待って、武田君が介入するの? よその家庭だよ?(笑)。

武田砂鉄さん×白岩玄さん

武田 そうなの、介入なの。でも、自分はまず、自分にとって大切な友人女性が、彼女なりの判断を制限されている状態を「嫌だな」と思う。だから、あんみつに出す飲み物を選択する主導権を、彼女に持っていてほしい。夫婦間でそのやりとりでいいというなら、それでいいんだろうけども、でも、その場でお茶が欲しいとは誰も言っていないわけだからね。

白岩 うん、まぁでもわかるよ。僕ももし妻からその話を聞いたら、「えっ、その旦那おかしくない?」って言うと思う。でも、「それ直すべきだよ!」って直接言おうとは思わないかも。

武田 直接的には言わないけれど、この「あんみつコーヒー事件」の背後にあるものを、具体的にあれこれ想像してしまう。あんみつにコーヒー出しただけで、違うと言われるって、他に無数の「こういうときはこうだろ」を夫から突きつけられているんじゃないか、とかね。こじつけるならば、『すばる』の連載は、「あんみつに、コーヒーを出すかお茶を出すかは、その場で、その人の判断で、下されるべきだ」という社会や家庭の到来を願って執筆しているところもある。細かすぎる案件かもしれないけど、その山積を無視することが「マチズモ」の燃料になるからね。

白岩 武田君は問題と感じた対象の中に入っていくわけか。僕は多分、問題を見つけたら、自分の中に入っちゃうんだよ。自分に対しては、きれいごとを捨てて、かなり厳しく監視して、「おまえ、ほんとうはこう思ってねえか」と常に問うようなところがある。そうして自分を掘り続けた結果<span class=”fwB”>『たてがみを捨てたライオンたち』</span>が生まれた。

武田 もちろん、「で、オマエはどうなの」と自分を問い直すことは、必ずするようにしている。それは物を書いている人間はみんなやっていることでしょう。その作法はそれぞれ違うかもしれないけれど。

白岩 僕も話しながら、その違いはすごく感じた。問題意識は同じでも、自分の身の置き所がまるで違うね。(後編に続く)

(構成・集英社文芸編集部 撮影・飯草望美)

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BOOK

『たてがみを捨てたライオンたち』集英社/1600円(税別) 白岩玄 著

白岩玄『たてがみを捨てたライオンたち』書影

モテないアイドルオタクの25歳公務員、妻のキャリアを前に専業主夫になるべきか悩む30歳出版社社員、離婚して孤独をもてあます35歳広告マン。いつのまにか「大人の男」になってしまった3人は、弱音も吐けない日々を過ごし、モヤモヤが大きくなるばかり。 幸せに生きるために、はたして男の「たてがみ」は必要か? “男のプライド”の新しいかたちを探る、問いかけの物語。

PROFILE

白岩玄

1983年生まれ。京都市出身。2004年、小説『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、小説家デビュー。同作は芥川賞候補作になり、テレビドラマ化。70万部のベストセラーになった。著書に『空に唄う』『愛について』『未婚30』『ヒーロー!』『たてがみを捨てたライオンたち』など

「男性らしさの規範」から抜け出すと“負け犬”になってしまう問題

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お笑い、アイドル像……男性目線の社会構造は変わるのか

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