偏愛人語

奇妙なモノを追い続ける写真家・佐藤健寿がハマった
美しい小径自転車モールトン

スイティエン公園(ベトナム)や髪の毛博物館(トルコ)、小人王国(中国)――。これまで120カ国以上を巡り、世界各地の奇妙な光景を撮り続けている。過酷な現地取材をまとめた写真集『奇怪遺産』(エクスナレッジ)シリーズはベストセラーに。近年ではTBS『クレイジージャーニー』で世界中の異境を探検し、その知名度をさらに高めている。

写真家・佐藤健寿さん。仕事道具であるカメラはもちろん、旅先での動きやすさを考慮して服装から髪形、自動車までこだわり抜いている。その佐藤さんが、一目見てハマり、長らく偏愛するもの。それはマニア垂涎(すいぜん)の自転車ブランド「モールトン」の一台だった――。

モールトンはエンジニアリングの結晶 

──佐藤さんが偏愛されているというモールトンとはどんな自転車なんでしょうか?

佐藤健寿(以下、佐藤) 今でこそ小径車やミニベロ(およそタイヤ径20インチ以下の自転車)にはたくさん選択肢があると思いますが、「モールトン」はその元祖といえる存在ですね。ミニクーパーのサスペンション(*)を開発したイギリス人のアレックス・モールトン博士が、ミニの特許を全部売り払った後に「自転車の分野はまだ開発の余地がある」という考えのもと1962年に立ち上げたブランドです。 

モールトンが斬新だったのは、当時の自転車タイヤは27インチくらいが主流だったところを、17インチという小径にしたこと。そして自転車のフレームに橋梁(きょうりょう)と同じトラス構造(三角形を組み合わせた構造)を取り入れ、軽くて細い骨組みなのにしっかりとした剛性感を持たせたこと。もっともそれだけだと路面から受けるショックが大きいため、トラス構造のフレームと小さなタイヤの両輪を、ミニ譲りのラバーコーン(ゴム製)のサスペンションでつなげ、小径車なのにマイルドな乗り心地を実現しました。

*車輪と車体をつなぎ、路面からの衝撃や振動を吸収する装置

愛用の一台を見つめる佐藤健寿さん

愛用の一台を見つめる佐藤健寿さん

 

トラス構造を採用したフレーム。東京タワーの脚のような形をしている。この構造が高い剛性を実現させる

トラス構造を採用したフレーム。東京タワーの脚のような形をしている。この構造が高い剛性を実現させる

──エンジニアリングの結晶とも呼べる自転車なわけですね。佐藤さんはいつ頃からハマったんでしょうか。

佐藤 ぼくは比較的新しいユーザーで、10年くらい前ですね。もともとロードバイクが好きで……と言っても今どきのカーボンフレームのバリバリ乗るタイプじゃなくて、昔ながらのクロモリ(*)フレームにビンテージ系のパーツをくっつけて。しかもそんなに走り回るタイプでもなくて、乗るにしても家のまわりをちょこっと流すくらいで、自分で「インドア系サイクリスト」だと自認してます(笑)。

*クロモリ:鉄にクロモとモリブデンが添加された素材。頑丈で衝撃吸収性も高い

 ──“陸サーファー”みたいな?

佐藤 そう、改造が楽しくて。だから普段は部屋に置いているのですが、ただ飾りっぱなしではなくて、やっぱりちょっとは乗りたいという思いもある。がっつり乗るわけでもないから小径車でいいんです。それで、最初にイギリスの「ブロンプトン」という自転車メーカーの折りたたみの小径車を買いました。これはこれで趣味性の高い自転車で、今はモールトンより人気があるし、だいたいの人はそこで止まるんですけど、ぼくはその後モールトンにいってしまった。カメラでもクルマでも何でもそうなんですけど、自分の中で趣味性の高いものを突き詰めていくと行き着くブランドというのがあって、自転車の場合、それがモールトンだったんですよね。

──最初の出会いはどういう形でしたか? 

佐藤 なんだろう? おそらく街中で偶然見かけて気になって「あれって何ていう自転車なんだろう?」「モールトンていうんだ」ってところから始まったと思いますが、調べるとけっこう値段が高いのでまさか自分が買うとは思っていませんでした。

 ──モールトンってそんなに高いんですか!

佐藤 価格帯は二段階あって、いわゆる「お城製」と「パシュレイ社製」でかなり違います。お城製というのは、もともとモールトン博士が「ザ・ホール」という城に住んでいてその敷地内にファクトリーを設けていたから。そこで造られるパーツは、例えばフレームだけでも100万円以上します。モールトンにはお城製とは別にパシュレイという会社でライセンス生産している製品がありますが、それでも30万円ぐらいですね。

 ──佐藤さんのはお城製?

佐藤 そうですね。モールトンは値段も値段ですし、生産量も少なく、注文してから届くのが23年と聞いていたから、当初これは普通じゃない人が買うものだと思ってたんです。でもあるとき小径車屋さんに入ったら、幻のお城製が1台つるし(完成車)で売られていて。それが本当にレアな1台だったので、けっこうなお値段だったんですが、その場で買ってしまいました。

一見すると頼りなさを感じるたたずまいながら剛性感はバッチリのフレーム構造

一見すると頼りなさを感じるたたずまいながら剛性感はバッチリのフレーム構造

“お城製”の自転車にはそれを証明するデザインが施されている

“お城製”の自転車にはそれを証明するデザインが施されている

──おいくらくらいしたんですか?

佐藤 うーん、言っていいのかなあ。フレームのみで100万円くらいなので、全部合わせるとそこそこの中古自動車が買えるくらいです。

 ──それは絶対に外には停められない値段ですね。

佐藤 だから自転車屋では「モールトンで出かけるときは、“モールトンに乗ること”だけを目的にして乗ってください」って注意されています。つまり買い物や観光の足として使って停めておくのはダメです、と。でも、ぼくは打ち合わせなんかにも乗っていっちゃいますけどね。もちろん出先で屋内に入れられるという確信があってこそですけど。ただ、知名度がそもそも高くないので、スポーツバイクほど狙われている感じはしません。

 ──町中を走っていてマニアな方に話しかけられることは?

佐藤 たまに、ですね。新宿とか走っていると、社会的地位の高そうな人から『すごいの乗ってるね』って話しかけられたりしますね。だいたい50歳以上のスーツを着た、お金を持ってそうな人(笑)。

 

佐藤さん独自のカスタムで取り付けたモールトン専用のモスキート・ハンドル。エルゴノミクスに基づいたモールトン博士の考案という

佐藤さん独自のカスタムで取り付けたモールトン専用のモスキート・ハンドル。エルゴノミクスに基づいたモールトン博士の考案という

タイヤが小さいだけに変速機が必要なところをあえて前後シングルギアを装着。「フロントギアは特注、クランクは90年代のMTBメーカーの珍品を付けてます」(佐藤さん)

タイヤが小さいだけに変速機が必要なところをあえて前後シングルギアを装着。「フロントギアは特注、クランクは90年代のMTBメーカーの珍品を付けてます」(佐藤さん)


 後輪とフレームをつなぐのはラバーコーンのサスペンション。これがシルキーライドを生み出す

後輪とフレームをつなぐのはラバーコーンのサスペンション。これがシルキーライドを生み出す


──乗っていて大変なことはありますか?

佐藤 欠点は多いですね。まず、普通の自転車屋さんは修理の仕方がわからない。パンクくらいなら直せると思いますけど、ただ今となっては17インチも特殊なタイヤ径で交換タイヤがないんですね。しかも数年前に、メーカー自身が17インチのタイヤの生産を一時停止したらしく、モールトンコミュニティーの中でにわかにタイヤ価格が高騰したり買い占め騒動が起きたりするという珍事が起きました。その後徐々に流通が回復してきてるみたいですが、今ではモールトンもタイヤのサイズの主流を20インチに移行しつつあるようですね。

あとはある種、工芸品みたいなところがあって、技術力の高い自転車屋さんで買わないと、センターがズレてたり、アライメント(*)、サスペンションの調整ができなかったりします。幸い主要都市には少なくとも専門店が1店舗はありますが。

*アライメント:フレームとホイールを正しい位置でセッティングすること

 ──いろいろ不便があるようですが、逆に言えばそうまでして乗りたい魅力があるということですね。 

佐藤 はい、やっぱり乗り心地はいいですね。よく「シルキーライド」って言われますが、石畳の多いヨーロッパで生まれたからか、道路のデコボコを上手に吸収してくれます。あとは、本当に見ていて飽きないんですよね。盆栽的な美しさというか、仕事中にちょっと疲れて室内に置いたモールトンにふと目をやることがありますが、そのたびに「カッコいいな」と惚れ直します。どの角度から見てもカッコいい。構造や造形に魅せられるという感じですね。

見た目はコンパクトだが、性能は高く、スピードもかなり出る

見た目はコンパクトだが、性能は高く、スピードもかなり出る

それと、多少のクセはありますけど、フルサイズのロードサイクルの部品が装着できるのでカスタムの自由度が高いのもいいですね。ぼくが乗っている車種だと優雅さを求めたカスタムにするのが一般的ですが、王道のパーツはほぼ付けずに、カーボンパーツを付けて軽量化したり、ロングライドとかするわけではないので前後ともシングルにしたり、ある種邪道なカスタムを楽しんでいます。

 ──見た目は相当軽そうですね。

佐藤 だいたい8.5kgくらいかな。折りたたみではないのですが、真ん中で簡単に分割できるのでクルマにも載せやすいですよ。一度モールトンで東京湾を時計回りに一周したことがあって、千葉を経て南房総の金谷から横須賀の久里浜までフェリーで渡ったんですが、ギア変速も出来ないので横浜を過ぎたあたりで「もう限界だ!」と思って、分割してタクシーに載せて帰ってきたこともあります(笑)。ただ、車体の軽さやコンパクトな見た目とは裏腹に自転車としてはしっかりしているので、けっこう走れるんですよね。

解体は車両の中央近くのフレームを前後に引き離して行う

解体は車両の中央近くのフレームを前後に引き離して行う

簡単にばらせて、場所もたいしてとらないので、クルマでの移動の際に持ち運びやすいという

簡単にばらせて、場所もたいしてとらないので、クルマでの移動の際に持ち運びやすいという

──では最後に、モールトンを通じてわかった自分の性格や嗜好はありますか?

佐藤 さっきもチラッと話しましたけど、例えばカメラならライカだとか、クルマならランドクルーザーだとか、自分は歴史があって長く愛されるものが好きなんだなと痛感しています。プロダクトとして見ると、最新技術を備えた製品には性能で負けているかもしれないけど、何か一点が秀でているブランドが好きですね。それはどんなジャンルにでもだいたいあるじゃないですか? なんか使いにくいんだけど、デザインがいいし、他では替えられない価値があるみたいな。例えば……って、自分で言っといて他になにかあったっけな?と思うんですけど(笑)。

(文・熊山准 写真・野呂美帆)

モールトン愛を語る佐藤健寿さん

モールトン愛を語る佐藤健寿さん

 

プロフィール

佐藤健寿(さとう・けんじ)

写真家。世界の自然物・人工物・タブー・奇習などを対象に撮影、取材、執筆を行う。世界80カ国以上を巡って撮影された写真集『奇界遺産』(エクスナレッジ)シリーズは異例のベストセラーに。著書に、『世界の廃墟』(飛鳥新社)、『SATELLITE』(朝日新聞出版)、『奇界紀行』(角川学芸出版)など。テレビ朝日『タモリ倶楽部』やTBS『クレイジージャーニー』などテレビ出演も多数。

WEB:kikai.org/

instagram: @x51

twitter @x51

記事リスト

【vol.1】 落合陽一が語るカメラへの愛情

vol.2落合陽一インタビュー後編「僕しか美しいと思わなそうなモノが世の中いっぱいある」

vol.4 スタイリスト野口強、数千枚のTシャツコレクション

vol.5 佐藤可士和が偏愛する北欧家具

vol.6 佐藤可士和インタビュー後編 「超整理術」の原点はガキ大将

【vol.7】 小林武史、Mr.Children『深海』も“ビンテージ”にこだわった

「僕しか美しいと思わなそうなモノが世の中いっぱいある」
落合陽一が個展で表現する“質量”

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20年以上集めてコレクションは数千枚……スタイリスト野口強の尽きることないTシャツ愛

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