大御所シェフのいつものごはん

フレンチの大御所が絶賛する赤身牛ステーキ

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす当連載。今回は青山のフレンチレストラン「CASTOR & LABORATORY」のオーナーシェフ藤野賢治さんが通うフレンチビストロ「ディアログ」を紹介します。

今回の大御所シェフ

藤野賢治さんプロフ写真

藤野賢治さん

1952年福岡市生まれ。10代で読んだ辻静雄の著作でフランス料理の魅力に目覚め、大学時代は漁師や建設現場などのバイトでお金をためては徹底的に食べ歩いた。卒業後、日本を代表する名店だった六本木「レジャンス」で修業をスタート。フリーランスのシェフとして女性雑誌の料理ページで活躍後、84年オーナーシェフとして代々木上原に「カストール」を開店。2005年に京橋、15年には南青山に移転し、妻の料理研究家・藤野嘉子さん、次女でパティシエの貴子さんと共同で、完全予約制のレストラン&料理教室「CASTOR & LABORATORY」を運営している。

【大御所シェフが通う店】ディアログ(下北沢)

場所は下北沢駅と東北沢駅の中間、住宅街にしっとり溶け込むシックな店構え

場所は下北沢駅と東北沢駅の中間、住宅街にしっとり溶け込むシックな店構え

ひと昔前の料理界は、完全な徒弟制だった。弟子は師匠に絶対服従、早朝から深夜までの長時間労働が常態で、どなったり、手を出したりするのも当たり前だった。フレンチも例外ではなく、鍋やフライパンが飛んでくることで有名なレストランがあったほどだ。一人前の職人になるためには理不尽が容認され、ときには美化されもした。

そんな時代、藤野さんは自分の店で働く若者たちを「理想を共有してともに学んでいくパートナー」と位置づけ、封建的なやり方を廃した合理的なシステムで育て、福利厚生を充実させた先駆的なシェフだった。

いまカストール出身者は各地で活躍している。「ディアログ」のオーナーシェフ、好井祐輔さんもそのひとりだ。下北沢駅から徒歩7分、静かな住宅街に建つ隠れ家的なフレンチビストロである。

パリでビストロのシンボルとして愛される編み込み椅子が目印

パリでビストロのシンボルとして愛される編み込み椅子が目印

カジュアルだがセンスの光るインテリア

カジュアルだがセンスの光るインテリア

しゃれた店構えからして、値段もそれなりと思いきや、前菜は1000円以下が多く、「鴨とフォアグラのパイ包み焼き」という豪華なメインディッシュが、なんと2200円で食べられる。材料と手間のかかる料理をこの値段で出すには、よほどの工夫と腕が必要だ。黒板メニューを眺めているだけで、店の実力が伝わってくる。

好井さんがカストールで働いていたのは、技術力、気力ともに、藤野さんが料理人として脂がのった時期を謳歌(おうか)していた40代から50代の頃だった。藤野さんは、好井さんの料理を食べると、その当時の自分の「におい」を感じて、古巣へ戻ったように、心からほっとするのだそうだ。

大御所・藤野シェフが毎回食べる絶品ステーキ

いまの藤野さんにとって、月に一度はディアログに行き、ゆっくり食事するのが、元気のみなもと。必ずといってよいほど食べるのが、「牛赤身サガリ肉のステーキフリット」だ。2200円と3200円の2種類あるお昼のコースで、客の半数が注文する人気メニューでもある。一品料理として頼む場合は、250グラムが1900円、500グラムが3500円。立ち食いステーキなみのお値段だ。

ステーキに香り高いディジョンマスタードをたっぷり塗って食べるのがフランス式

ステーキに香り高いディジョンマスタードをたっぷり塗って食べるのがフランス式

「US産の赤身牛は肉のうまさでは世界一」と藤野さん

「US産の赤身牛は肉のうまさでは世界一」と藤野さん

サガリ肉というのは、横隔膜の下側の三角形の厚い部分。焼き肉ではハラミに分類され、フランス名は「バベット」だ。250グラムのステーキを2000円で提供することを目標値に設定した好井さんが、その価格帯でベストの品質として選んだUS赤身牛を使う。

あまり知られていない事実だが、フライドポテトを添えた牛肉のステーキ「ステーキフリット」は、フランス人の国民食である。なかでも、バベットのステーキフリットは、ビストロに欠かすことのできない大定番だ。

藤野さんは、いつもフライドポテトは大盛り。好井さんはジャガイモの品質にもこだわって、フランス産を使っている。味の濃さと後味の長さが、ぜんぜん違うそうだ。

マスタードを塗って、ひとくち食べた藤野さんは、ひとこと「おいしい!」。いつでもハッピーな表情が、ますます幸せそうになった。

「和牛のハラミは、脂がしつこい。これは赤身だからかみしめるごとに深い味がじわじわとにじみ出てくる。さっぱりしているからたくさん食べられて、庶民的な値段もうれしいよね」

しかも、3段階の火入れで肉のうまみを引き出しているから、ただ焼くアメリカ式ステーキとはひと味違うおいしさだ。

圧倒的な支持を得るブルーチーズの一品

味と食感のバランスが絶妙な「ブルーチーズのブランマンジェと帆立のサラダ」

味と食感のバランスが絶妙な「ブルーチーズのブランマンジェと帆立のサラダ」

前菜のなかでも、オープン当初から客の圧倒的な支持を得て、メニューから絶対にはずせないというのが「ブルーチーズのブランマンジェと帆立のサラダ」。

牛乳プリン風のデザート菓子、ブランマンジェをアレンジしたもので、空気の含有量が多く、舌にのせると軽くほどける食感が心地よい。ブルーチーズ(ゴルゴンゾーラを使用)の風味もしっかり残る。

「冷たいブランマンジェと、熱々で香ばしい帆立を合わせたところといい、蜂蜜と黒こしょうとクルミをアクセントに使ったところといい、実にバランスがとれたひと皿」と、藤野さんも絶賛だ。

たしかに、ブルーチーズというひとくせある材料を使っていながら、だれもが食べやすい普遍的な味わいがある。初回に訪れたときは、前菜はこれで、メインはステーキフリットが、間違いなしの組み合わせだ。

目からうろこの「オニオングラタンスープ」

玉ねぎのおいしさを凝縮した「オニオングラタンスープ」

玉ねぎのおいしさを凝縮した「オニオングラタンスープ」

「これだけちゃんと作っている店は、めったにない」と、藤野さんが太鼓判を押すのが、「オニオングラタンスープ」。春が来たらメニューから消える季節限定料理だ。

缶詰やインスタント食品でも人気のスープだから、味はわかっていると思われるかもしれないが、目からうろこがポトリと落ちるだろう。玉ねぎの甘みとコクが全然違うのである。

このスープ作りの秘訣(ひけつ)は、ひとえに玉ねぎの薄切りを焦がさずに、濃いあめ色になるまで徹底的に炒めることにある。好井さんは、最低でも2時間、ときには1日かけて、ていねいにゆっくりと、最後はみそ玉のような状態になるまで炒め、自家製の鶏ブイヨンで伸ばす。

最後にバゲットと、グリュイエールチーズをのせ、オーブンで焼き上げて完成。舌が焼けるような熱々をフーフーいいながら食べると、身も心も満たされる。ボリュームがあるから、冷たい前菜1品と、オニオングラタンスープで済ますのも粋な食べ方だ。

極上のシンプル クレームブリュレ&ガトー・ショコラ

スプーンを入れるとパリンと割れる「ピスタチオのクレームブリュレ」

スプーンを入れるとパリンと割れる「ピスタチオのクレームブリュレ」

その場合でも、絶対にはずせないのがデザートだ。実は藤野さんは焼き菓子作りも大の得意で、以前のカストールにはテイクアウトコーナーがあったほど。その技は好井さんに受け継がれ、素朴だが、本当においしいデザートが用意されている。

「ピスタチオのクレームブリュレ」はその典型で、見た目は素っ気ないほどシンプル。しかし2種類のピスタチオペーストを混合して、まろやかなナッツの味わいと、すっと鼻に抜ける香気を、卵と生クリームたっぷりの生地に溶け込ませている。濃厚だが、すっきり。これも、めったにないクレームブリュレだ。

「ガトー・ショコラ」があるときは、ぜひお試しを。いまではコンビニアイテムにもなっているが、80年代初頭にレシピを開発して世に広めた藤野さん直伝の、元祖ガトー・ショコラの味が体験できる。

外はサクッ、内側はしっとりふんわりして軽い「ガトー・ショコラ」

外はサクッ、内側はしっとりふんわりして軽い「ガトー・ショコラ」

「ディアログ」とは、対話という意味。おいしい料理が楽しい対話を呼び、誰かと誰かがもっと親しくなれるような店を目指して、名づけられた。

「トレンドを追いかける移り気なフーディーズではなく、地元の人に求められる店でありたいと思っています」

好井さんの地に足がついた考え方の根っこには、「半径500メートルのお客さまを大事にする」という、藤野さんの教えがある。こんな店が近所にある人は、幸せだ。

(撮影・小嶋マサヒロ)

好井さんは「カストール」で約10年間働いたあとフランスで修業し、独立

好井さんは「カストール」で約10年間働いたあとフランスで修業し、独立

店舗情報

ディアログ
東京都世田谷区北沢3-23-21-1F
小田急線・京王井の頭線「下北沢」駅より徒歩7分、小田急線「東北沢」駅より徒歩5分、京王井の頭線「池ノ上」駅より徒歩9分
03-6804-8820
営業時間:LUNCH 12:00~15:00 (14:00 L.O) DINNER 18:00~0:00(23:30 L.O)
定休日:火曜
公式サイト:http://dialoguefrench.wixsite.com/home

大御所シェフの店

CASTOR & LABORATORY
東京都港区南青山6-13-5 ポルトポヌール203号室
銀座線・千代田線・半蔵門線「表参道」駅より徒歩10分、都営バス「青山学院中等部前」より徒歩5分
03-3409-1512 営業時間:完全予約制
公式サイト:http://2castor.com/

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PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル 1970-2010』(紀伊國屋書店)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。

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