本を連れて行きたくなるお店

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯
池波正太郎『剣客商売』の深川めし

カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。本とお酒を愛する編集者の笹山美波さんは、本の中の物語が現実世界とつながる、そんなお店に連れて行ってくれます。

みそ汁とご飯が余ると、つい二つを合わせてかき込みたくなってしまう。別々で食べていた時とはまた違ったおいしさがあるからだ。汁を含んでシャバシャバになったご飯を口に含み、サラサラと流す時ののど越しがたまらない。

ただ、人前で汁かけご飯にがっつくのは少し気がひける。子供のころ親にマナー違反だとしかられた記憶のせいだろう。けれども、たまに隠れてやると、背徳感も相まってすごくおいしく感じられる。丼一杯軽く平らげられるほどだ。

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯<br> 池波正太郎『剣客商売』の深川めし

子供のころはよく余ったご飯とおみそ汁で、中毒になったように好んで食べた。母が鍋いっぱいに炊いてくれた豚汁を好きなだけかけて食べるのがお気に入りだった

行儀が悪いとされがちな汁かけご飯だが、その歴史や文化をまとめた『ぶっかけめしの悦楽』(遠藤哲夫著)によると、実は鎌倉、室町時代の武士たちに愛された食べ方だという。江戸の町人たちも、おかずや汁ものをご飯の上にかけて食を手早く楽しんだ。日本古来の食事法だったのだ。著者は、戦後に西洋式のテーブルマナーを広めるにあたって、「行儀が悪い」とされ始めたと推察している。

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯<br> 池波正太郎『剣客商売』の深川めし

『ぶっかけめしの悦楽』。今回取り扱わなかったが、「カレーライスは日本の汁かけご飯の延長として考えるべき」といった理論も展開されており、「生活料理」の歴史や文化の知見が満載。そのうえ軽快で痛快な文章が読んでいて心地よい

『剣客商売』の大治郎が思わず4杯たいらげた「ぶっかけ」

さて、汁かけご飯の中でも長い歴史を持つメニューがある。深川めしだ。江戸の深川浦(今の江東区永代・佐賀周辺)の漁民が、船上でアサリと長ネギを炊いた汁を冷や飯にかけて食べたまかない料理がルーツとされている。

今回は、江戸を舞台にした池波正太郎の大作時代小説『剣客商売』に、深川めしにまつわるいいシーンがあるので紹介したい。『剣客商売』は、江戸を舞台に起こる事件を、剣の達人・秋山小兵衛とその息子・大治郎が解決していく物語。人情や義侠にあふれるストーリーが魅力で、池波作品らしいおいしそうな料理の数々もよいエッセンスになっている。

今回取り上げるのは同シリーズの『待ち伏せ』で、人違いから何者かに襲われた大治郎がその真相を探り始めることから物語は始まる。大治郎は、深川に住む旧知の御用聞き(十手を預かり、犯罪の捜査に当たった民間人)弥七に相談に行く。そこで弥七の新妻・おみねによって振る舞われたのが深川めしだ。

――おみねは夕餉(ゆうげ)の支度にかかり、たちまちに大治郎へ膳を出した。
その支度があまりにも早かったので、大治郎は遠慮をする間とてなかった。
いまが旬の浅利(アサリ)の剥身(むきみ)と葱の五分切を薄味の出汁にたっぷり煮て、これを土鍋ごと持ち出したおみねは、汁もろとも炊きたての飯へかけて、大治郎へ出した。
深川の人々は、これを「ぶっかけ」などとよぶ。
それに大根の浅漬けのみの食膳であったが、大治郎は舌を鳴らさんばかりに四杯も食べてしまった。――

さすが池波正太郎、挿絵がなくとも深川めしをうまそうにかきこむ大治郎の姿が頭に浮かぶ。それにしても、ここに出てくる深川めしは読んでいるだけでよだれが出るほどおいしそうだ。一度食べにいってみるしかない。

 

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯<br> 池波正太郎『剣客商売』の深川めし

『剣客商売』は『鬼平犯科帳』と並ぶ池波正太郎の人気シリーズ。テレビドラマ化もされ、主人公を北大路欣也や藤田まことが演じた

 

「ぶっかけ」と「炊き込み」の2種類に舌鼓

東京・深川は、かつて漁業で栄えていたエリア。けれども、東京湾の埋め立てが進むにつれ、水質変異による不漁で衰退し、深川めしの文化も廃れてしまった。1985年ごろ「芭蕉記念館」や「深川江戸資料館」が建てられたのを機に観光地として再びにぎわい始めると、深川めしを出すお店ができて食文化も復活したそうだ。

 

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯<br> 池波正太郎『剣客商売』の深川めし

読者の中には「太郎」を新宿の小田急百貨店などで深川めしや穴子めし、厚焼き玉子を販売する弁当屋として知っている方のほうが多いかもしれない

今回訪れた「太郎」は1968年に創業、1974年に深川にお店を構えた。創業者は北大路魯山人のお店で修行をした料理人。はじめは寿司割烹として営業していたが、女将さんの得意な中華料理と合体して2007年以降は和食と中華の楽しめるダイニングの形態で営業している。

提供する深川めしは「漁師風あさり汁かけ」と「大工風あさり炊き込み」(各1200円)の2種類。江戸で生まれた汁かけよりも炊き込みは後発で、大工たちが弁当にして持って行くために明治になってから誕生したものだそう。

今回は、筆者1人で訪問したこともあり、二つの丼を、1人前の小鉢と同じ盆に持った定食にして提供してくれた。小鉢は厚焼き玉子とアサリの佃煮、白菜の漬物、ひじき煮とサラダの4種類だった。

汁かけは、味噌とアサリのうまみをダイレクトに感じられる。はじめはお米の粒感が感じられるが、時間が経つと汁を吸ってふっくらするのもまた良い。お弁当では食べられない、お店に来てこそ味わえるメニューだ。

 

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯<br> 池波正太郎『剣客商売』の深川めし

汁かけは木のスプーンでかきこむように食べられる。ささがきゴボウの食感がアクセント

炊き込みは、アサリの味がふんわり香る上品さが染みる。大正以降は家庭料理として広まったというだけあり、どこか懐かしさも感じる。付け合わせの小鉢も充実している。「名物」という厚焼き玉子、身の大きいアサリの佃煮、懐かしい味付けのひじき煮、ゆずが香る白菜のお漬物、キャベツのサラダ。派手すぎずちょうどよく、少しずつ違う味付けの気配りがありがたい。

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯<br> 池波正太郎『剣客商売』の深川めし

駅弁としてよく買って食べていた炊き込みタイプも、お店の出来立てとなるとおいしさ倍増。お米がふっくらしている

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯<br> 池波正太郎『剣客商売』の深川めし

厚焼き玉子は塩味でふっくら。甘辛い味付けのアサリの佃煮とも相性が良い(写真左)もともと寿司割烹ということもあり、お刺身の盛り合わせなども頼める。1人前1500円(写真右)

 

食文化を紡ぐことが、次の誰かの一口へとつながる

寿司や天ぷらといった有名どころの日本料理に限らず、まかないから生まれた深川めしのような料理もきちんと現代に残っているのは、書き残された文学や、味を引き継ぐお店、そして家庭が食文化を紡いでくれたお陰だろう。

深川めしは、農林水産省が「伝統的な味」を残していきたいとの思いで実施した「農山漁村の郷土料理百選 (2007年)」にも選ばれている。そうした取り組みも次世代へ文化を受け継ぐ支えになっているに違いない。深川めしの歴史をとりまく人々に感謝しながら、最後のひと口を丼を持ってかきこんだ。

行儀は少し悪いけど、食べだしたら止まらない汁かけご飯<br> 池波正太郎『剣客商売』の深川めし

落語家さんのポスターやサインがいたるところに。実は三遊亭円楽さんごひいきのお店で、寄席の後の宴会で「しょっちゅう」利用されているそう。こう言った人たちのお陰もありお店や文化が守られているのだろう

 

和食&中華ダイニング 太郎
東京都江東区深川2-1-20
03-3630-1144

<営業時間>

月~金:11:30~14:00 17:00~22:30
土・祝:11:30~13:00 17:00~21:30
<日曜定休>

PROFILE

笹山美波

「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのWebプロデューサー、マーケター。ライター。鰻オタク。東京と食に関連する歴史/文化/文学/お店を調べるのがライフワーク。

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村上春樹『雑文集』

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