オトナたちに捧げる、現代インターネットのススメ。

平成の終わりに、“日本が生んだソーシャルメディア”、mixiを振り返る

りょかちと「平成のインターネット文化」を振り返ろう①

『平成』という時代が終わろうとしています。一つの元号を象徴するような出来事はいくつかありますが、平成に起きた大きな変化に「インターネットとスマートフォンの普及」があることは間違いありません。『&M』は、コラムを連載中のりょかちさんにネットに詳しい様々な分野の方と対談・鼎談していただき、「平成ネット文化」について振り返る企画を始めます。

初回のテーマは、日本発のSNSとして普及したmixi(ミクシィ)。昨年12月にmixiが公表した利用実態アンケートの結果によると、10年以上の利用歴があるユーザーが6割弱で、「毎日」利用しているユーザーも7割。利用の動機で最も多かったのは「友人の近況を見る」だそうです。

Twitter、Facebook、Instagram、LINEと多様なSNSやコミュニケーションアプリの登場によって、あまり話題にのぼらなくなったmixiですが、長年愛用しているユーザーはいるようです。そこで、りょかちさんと、SNSコンサルタントでWebメディア「kakeru」の編集長でもある三川夏代さんが、自分たちのmixiでの経験と、いまの時代だから分かる「mixiが普及した理由」について語ります。

     ◇◇◇

りょかち 三川さんはmixiの全盛期に自分のアカウントを持ってましたか?

三川 ちょうど大学進学の時にみんなが使い始めました。高校の友達ともつながっていたけれど、同じ大学に入るだろう人たちのコミュニティができたのでそこに入りました。同じ大学に進学する友達がいなかったんですよね。友達がゼロになるので、入学前に、その大学の同期になるだろう人とつながっておいて、入学式で初めて会ってあいさつしました。“友達予約”ですね。ちなみにその頃のmixiはまだ招待制でしたね。

りょかち 私の場合はmixiを始めてから招待制ではなくなったんですよね(編集部注:招待制から登録制への移行は2009年春)。招待制でなくなったことで、第一期mixiが終了したと言えるかもしれません。私は招待制があったころの空気感があまりわからないのですが、登録制になった後とはどこが違ったのですか。

三川夏代さん
三川 コミュニティで知らない人とつながるというよりも、リアルな友達とネットで会話する楽しさがあったかもしれません。学校掲示板のような感じかな。ネットでクラスのうわさ話を書いていた。なんだったんだろう、あの空気感は。

りょかち 確かに。私はmixiよりもモバゲーを先に始めていて、全然知らない人とつながっていたので、そこからmixiに来た時に、モバゲーにはない実名かつリアルなインターネットを感じました。

三川 実は最近、この対談が決まったので、久しぶりにmixiをやってみようとしたのですが、パスワードが分からず、アクセスできるまでに30分ぐらいかかりました。UIがいまの時代に追いついていないところもあって使いづらくて……。戸惑いながら開いたらタイムラインがあったのですが、ほとんど人がいなくて、あったとしても、ツイッターの投稿をそのまま流している人ぐらい。でも、その中で1人だけmixiだけでつぶやいている人がいたんですよ。誰だろうこの人はと思って見てみたら、中学生の時に付き合っていた元彼でした。私、いまmixiでその元彼とコミュニケーションしているんですよ(笑)。コメントすると、彼がいいねを押してくれたりして。青春を取り戻しているような変な空気感があります。

りょかち 元彼とつながったんですね。mixiのタイムライン機能は、Twitterとは違いますか?

三川 全然違いますね。Twitterは知らない人も見ることが前提の情報発信ですが、一方でmixiは、基本的に友達承認した人の中でしか会話しないので閉鎖的。特にいまはみんな、誰も見ていないだろうという前提で、独り言の感覚で投稿しています。Twitterの“裏垢”みたいな感じ。

りょかち 私もTwitterで、リアルな関係性のある人だけとつながっているアカウントを持っているのですが、本当に「お腹すいた」とか、しょうもないことしか書いてません。でもそれでいい。表のアカウントのように狙って書くことはないことが面白いです。

りょかちさん
三川 その感覚は一緒かもしれない。mixiは反応がないけど、それでいい。mixi日記も久しぶりに書いてみたのですが、タイトルをつける感覚って久しぶりだなあと思って。noteでも同じようにタイトルをつけているのですが、noteはどちらかといえば、多くの人に届けるために狙って書きますよね。でもmixiはくだらない身内ネタ大歓迎だから、日記タイトルを久しぶりにつける楽しさがありました。

りょかち 私もmixiで昔の日記のタイトルを見たら、「いつめんとUSJ」とか書いてある。これnoteだったら、「誰が読むんだ」というタイトルじゃないですか(笑)。でも、mixiでは「あなたである」ということだけで既に承認されていて、その上にコンテンツがあるから成り立つ。そういう温かさがありますよね。個人の独り言に価値が認められている。いま、mixiに戻りたいと言っている人が増えていると聞きました。それって、完全にオープンなソーシャルメディアであるTwitterの、今の殺伐とした空気感に嫌気がさしている人が多いからじゃないのかなと思うんです。今のTwitterを見ていると、“情報商材タイムライン”のようになっていて「フォロワーを1000人増やす方法」「ソーシャルメディアで複業を始めよう!」といった多くの人に注目されるための投稿があふれている。そんな中で、時々mixi的な「○○ちゃんとパスタ食べた」みたいな何でもないつぶやきがタイムラインに出てくるとほっこりします。

三川 わかる。ほっこりする。SNSってこういうことだったよねって思う。

りょかち そもそも、あなたは何者でなくても良くて、日常が書かれているだけで面白いというソーシャルメディア特有の空気感がTwitterでは薄れていっていて、それを再びmixiに求めているのではないかと思います。

三川 特にTwitterは、情報発信に対して責任がついてきますよね。誰でも炎上する可能性があって、個人が何か主張をするとそれが攻撃を受けたり、すぐに拡散されたりする。だから、昨年末あたりから、多くの人がFacebookグループのように閉じられたコミュニティに戻ってきた感覚はあります。「Twitterのようなパブリックのような空間では、会話できることとできないことがあるよね」と思い始めているのではないでしょうか。

りょかち たしかに、ソーシャルメディアを多くの人が覗くようになった今、パブリックな空間で会話できないことはありますよね。もしかしたら、mixiを使ったことがない人が使うとハマるかも。例えば、私はPerfumeのファンなので、ツアーに行った時に、感想を投稿したくなります。でもまだ他の公演もあるからネタバレは発信できない。そういう時に、mixiにはネタバレOKな掲示板があるから、体験を共有できる。そうした良さはあると思います。

りょかち その役割を今は有料noteが担っているのかもしれませんね。「有料サービスに書く理由は、読む人を選びたいからだ」と言っている人がいました。

三川 あー、それ分かる! 読者を絞ることのできる空間は、これから重宝されると思います。

りょかち mixiはさっきの”ネタバレスレ”のように、見るタイムラインや、適切なルールがある世界(スレッド)を個々人が選べたから「それはスレ違いなんで」と言うことができた。ルールも特に無く、思わぬRTで意図しないツイートを見てしまうことが多々あるTwitterではそれが言えないからしんどくなってくる。それから今は、Twitterの人口が増えて、誰かが偶発的に自分を知ってくれるチャンスがTwitterに増えたからか、「何者かになりたい」「目立ちたい」という人が増えている気がしますよね。Twitterは”有名な人を目指す世界”みたいな世界観になっていっている気さえします。

三川 去年ぐらいから、「なにかを目指す場所」になっている感じはありますよね。

りょかち それに疲れてくると、裏垢とか、なんでもないものを見たい。

三川 mixiはUI、UXを見直す必要はあると思うけれど、居心地が良くて使う人はまた増えるかもしれないですね。

りょかち どうしてmixiの利用者が減ったのかについて、ある人が考察していたのですが、深いつながりのある人しか見ていないソーシャルメディアだからこそ、あまりにも書いているコンテンツが濃密すぎて、それがずっと残っていると、「あの頃の自分」が晒され続けることに耐えられなくなるからではないかって言ってました。「あの頃」が鮮明に残りすぎて、人間関係のアップデートに対応できない。

三川 確かに自分のmixiを振り返ってみても、黒歴史だ(笑)。ポエムな日記とかね。今はつぶやき機能が入っているけど、1日1回だけアクセスするような、日記機能だけに特化すればいいんじゃないかな。りょかちさんと三川夏代さん<2人でそれぞれ自分のmixiのアカウントの投稿内容を見ながら>

りょかち まずテキストの書き方が、なつかしい(笑)。当時流行ってた7文字ぐらいで改行する文化に則って書いている(笑)。画像サイズもむっちゃ小さい!(笑)。そういえば、mixiを使わなくなった頃のことは覚えていますか?

三川 覚えてます。mixiだけでつながっている友達と、Twitterだけでつながっている友達がいて。同じことを投稿したい時に、「日記はめんどくさい」が勝ってTwitterに移ってしまった。

りょかち 私もそうでした。

三川 それと、Twitterは無料だけど、mixiは一部機能が課金型になりましたよね。ただ、いまも使われ続けているコミュニティもあるんですよ。例えば、mixiには「同じ年に子供が生まれた人のコミュニティ」があって、そこはいまでも使われている。同世代の子供を持っているからこそ抱く同じ悩みを持つ人たちが、問題を解決するために情報を共有し、コミュニティに有益な情報が蓄積されていく。

りょかち そんなコミュニティが毎年お子さんが生まれるたびに生まれていっているのかあ〜。でも、なぜ知恵袋とかのサイトじゃダメなんだろう。

三川 半匿名で、なんとなく素性はわかるので、安心できる。いまでもmixiを使っている人って、いい人かもしれないって思います。コミュニティに入っている人は、チケット交換なども、安心してできるし。あと、mixiコミュニティの管理人ポジションも、他のソーシャルメディアにはないなと思っていて。マンションの管理人さんのようにルールを作って、守ってくださいね、そうじゃないと退室させますよということをしてコミュニティの治安を管理してくれるんですよね。

りょかち ルールを作って、退室もさせられる。まるで小さな国みたいです。みんなが求める理想のオンラインサロンのひとつは、mixiコミュニティなのかもしれませんね。mixiのコミュニティ機能って、本当に素晴らしかった。今もずっと恋しがっている人も多いような気がします。

三川 mixiコミュニティはまだまだ戦えるのではないかな。

りょかち mixiはソーシャルメディアでもあるんですけど、足あとがあったり、紹介文があったり、人と人との関係を強化する細やかな機能もあるから優秀なSNSでもある。

三川 たしかにね、Facebookだとウェーブという機能があって、思い切り手をふっちゃっているからね(笑)。ふりかえす前提でコミュニケーションが設計されているのがきつい。そう考えると、mixiの「足あと」というネーミングが良かったね、ちょっとお邪魔するという。

りょかち mixiは、日本発じゃないですか。だからこそなのか、「コミュニケーションに“階段”が作られているところが日本らしい」という話をmixiが大好きな先輩が言っていました。足あと機能があるから、フォローはされていないけど、自分のページを見に来ている人や、しきりに私を気にしてくれている人はわかったりする。海外の「0か1か」というSNSとは違う、中間の細やかなコミュニケーションが上手なSNSですよね。

三川 だからこそなんで廃れちゃったんですかね。時代に早過ぎたのかもしれない。今年が16年目だから、それまでよくサービスを止めずにいてくれたなあって。

りょかち まあ、けど、時代が違ったからこそ成り立っていたこともあるかもしれませんね。今だったら、閲覧履歴を他人が見られる足あと機能は炎上していたかもしれない(笑)。

三川 足あと機能にも賛否両論あったからね。

りょかちさんと三川夏代さん
りょかち (過去のmixiでの投稿を見ながら)ヤバイ……はあ……。ボウリングに行った日記で「○○くんはやっぱりボウリングがウマい!」とか、身内コンテンツを垂れ流している自分がすごい。これが成立していたことが衝撃だ。カラオケで歌った曲とか、誰が知りたいんだよ……。

三川 どうでも良すぎ(笑)。Twitterで投稿してもいいねゼロのやつですね。懐かしいなあ、身内で共通の話題で、オープンにはしたくない話題を書くことが。

りょかち でもこれこそソーシャルメディアだったはずで、今がみんな有益な情報を流さなければって考えすぎなんだと思います。ほとんどの人にとってどうでもいい情報でも、気にせずつぶやける空間があっていいと思う。同時に、それを楽しめる空間が私達には必要。ちなみに私は高校時代、クラスのキラキラしている女の子のmixi日記を楽しみにしていました。

三川 友達の名前をバンバン出せる空間っていいのかもしれないね。飾らない日記だからこそ、実際に毎日あっていてもわからない、本当のその人を知ることができて良かった。Twitterでは味わえない空間を若い人にも体験してみてほしいな。「SNS=バズるもの」という世代が、バズらないSNSをやってみた時にどう感じるかを知りたい。いまは、みんなが“何者か”になろうとしているけど、自分が帰れる場所を考えたときに、mixiにたどり着く人はいるんじゃないか。もう一度流行はしないかもしれないけど、無くならないでほしい。

りょかち 私も同意です。最後に、今回お話を伺う人みんなに聞こうと決めている質問ですが、平成を振り返って、インターネットは人をどう変えたと思いますか。

三川 質問がでっかいね(笑)。うーん。インターネットを自分が使うようになって、感動する機会はすごく増えたかも、ふとしたときに、自分に気づきをくれることばとの出会いや、小さな感動に出会う機会がすごく増えた。それを求めてTwitterを見ていることも多いかな。インターネットのおかげで、自分を表現する機会が増えて、自分と向き合う機会も増えたのもポジティブな影響だなと思ってる。発信すればするほど、自分が確立されていく感じはありますね。「自分が何者かわからないから発信できない」という人がいますけど、私は逆なんじゃないかと思っていて、発信することで、自分が何者かを見つけられる気がするので、そういう人たちこそ、インターネットを通して、mixiとか、閉ざされた空間で安心して発信してみれば、自分を見つけられるんじゃないかなって思います。

(文・&M編集部、写真/和田咲子)

りょかちさんと三川夏代さん

PROFILE

りょかち

1992年生まれ。京都府出身。神戸大学卒。学生時代より、ライターとして各種ウェブメディアで執筆。「自撮ラー」を名乗り、話題になる。新卒で某IT企業に入社し、アプリやWEBサービスの企画開発に従事。現在では、若者やインターネット文化について幅広く執筆するほか、若年層に向けた企業のマーケティング支援も行う。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎)。

三川夏代さんPROFILE

株式会社オプトに勤務、メディア「kakeru」の編集長を務める。 2012年入社以来、企業のSNSプロモーションを立案実行・企業内のSNS担当者育成を実施。 NHKニュース番組「シブゴジ!」やフジテレビ「ノンストップ!」出演、Twitter Japan「#はじめてのTwitter動画広 告」のモデレーターも務める。

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発信者の人格が問われる場に変化したTwitterの光と暗黒面
りょかち×たられば

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