小川フミオのモーターカー

驚異的な速さと快適な乗り心地
高性能セダンの原点メルセデス・ベンツ300SEL 6.3

メルセデス・ベンツが1968年に発表した「300SEL 6.3」は、高級大型セダンで、かつスポーツカーなみの速さを持っていた。高性能でならす現在のメルセデスAMGモデルの原点ともいえる。

ベースは大型セダンの「300SEL」(コードネームは「W109」)である。おもしろいのは、開発の発端である。ダイムラー・ベンツ(いまのダイムラー)社内の“好き者”の発想だったそうだ。

約500Nmという当時としては強大なトルクを持つ6332ccV型8気筒に4段オートマチックの組み合わせ

約500Nmという当時としては強大なトルクを持つ6332ccV型8気筒に4段オートマチックの組み合わせ

300SELのクルマとしての出来のよさに目をつけた技術者のエリッヒ・ワクセンバーガー氏が、そのひとである。より大きな排気量のエンジンを載せてチューンナップしたらおもしろいし、しかも潜在的な市場があるのではないか、と考えたのがきっかけだという。

高性能リムジン「600」のために開発されたV8は、気筒ごとに燃料を噴射するシステム

高性能リムジン「600」のために開発されたV8は、気筒ごとに燃料を噴射するシステム

170馬力の3リッターエンジンの代わりに、高級高性能リムジン「600」に搭載されていた250馬力の6.3リッターV8エンジンを搭載した。併せて、車高自動調節エアサスペンション、四輪通気式ディスクブレーキ、パワーステアリング、パワーウィンドーやドアロックのシステムも盛り込んだ。

はたして、快適な乗り心地を持ちながら、性能は「ポルシェ911のドライバーを驚かせるほど」になった。この一文は当時のドイツの自動車専門誌による評価だが、ダイムラーが資料のなかで(得々として?)紹介している。アウトバーンの王者というのが300SEL 6.3の別名だった。

豪華でエレガントですらあるダッシュボードだが速度計の目盛りで“ただもの”でないことがわかる

豪華でエレガントですらあるダッシュボードだが速度計の目盛りで“ただもの”でないことがわかる

私も当時、自動車雑誌で300SEL 6.3の存在を知り、驚いた記憶がある。68年といえば日産が「フェアレディZ」を発売する1年前だ。日本の自動車産業が伸びつつある時期とはいえ、ここまでの技術力はなかったのを知っていたからだ。

もうひとつ、私が感銘を受けたのは、ユニークな企画力だ。最高の自動車を作ろうというダイムラー・ベンツの技術者の意気込みを強く感じさせる。

当時の宣伝用写真をみると想定ユーザーがわかっておもしろい(服装は別としていまとあまり変わらないかも)

当時の宣伝用写真をみると想定ユーザーがわかっておもしろい(服装は別としていまとあまり変わらないかも)

さきのワクセンバーガー氏が「こっそり」(ダイムラーの資料より)製作した試作車は、太いエンジン音をとどろかせて所内を走っていたらしい。

当時、ダイムラーで乗用車の開発部門を率いていたルドルフ・ウーレンハウト氏がこのサウンドを耳にした。即座にこれはふつうの300SELではないと判断し、詳細をチェックし、そして正式な開発にゴーサインを出したそうだ。「書類に署名するときのウーレンハウトはニヤリと笑っていたはず」とダイムラーは書いている。

テスト中の写真をみるとドライバーがスーツ着用でセイフティベルトを装着していないのに驚く

テスト中の写真をみるとドライバーがスーツ着用でセイフティベルトを装着していないのに驚く

こんなことすべてが、当時まだ純真なクルマ好き少年だった私には“夢があるなあ”と感心させてくれる内容だったのだ。クルマはひとが作るものだとしたら、その究極のかたちが、メルセデス・ベンツ300SEL 6.3といえる。

開発当初のもくろみどおり、このクルマは市場で高く評価され、1972年までに6526台が販売された。

写真提供=Daimler

PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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