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大迫傑選手 「東京マラソン2019」リタイアの真相

マラソン日本記録保持者、大迫傑選手(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)のグループインタビューが3月11日、都内で行われ、筆者も参加する機会を得た。もともと3日の東京マラソン2019の翌日に予定されていたが、体調不良で延期されていた。

周知のとおり、東京マラソンは大迫選手にとって4度目のマラソン挑戦で初めて途中棄権を喫するレースとなった。これについては、7日に行われた日本実業団陸上競技連合の日本記録褒賞贈呈式(1億円贈呈式!)で、すでに記者団に対して次のように語っていた。

「いろんな方から心配していただいたり、残念だったねという声をかけてもらったりしましたが、もちろん結果としては残念。ただ、みなさんが思っているように、すごく打ちひしがれているとか、挫折があったということではなく、過去の大会でも途中でリタイアしてしまったことは多々あって、それと同じような感じです。次に向けて、また同じ努力をしていくのみととらえているので、いまはすごくポジティブな感情を持っています……」

スタート時の気温は5.7度と真冬並みの気温に加え、終始冷たい雨が降り続け、大会ディレクターの早野忠昭氏が「10年やった中でいちばん、体の芯まで冷えるくらい(寒い)」と言うほど厳しいコンディションでのレースとなった。

それでも大迫選手は、序盤はしっかり先頭集団につく粘り強い走りを見せていた。スタートからの1kmは2分48秒というハイペースな入りで、門前仲町の中間地点では1時間02分02秒と日本記録を出したシカゴマラソンの中間タイム(1時間03分04秒)を上回る快走だった。

ところが、21.5km付近から先頭集団からの遅れを見せ始める。だがこの時点では、テレビ中継の解説をしていた瀬古利彦さんが「大迫君が想定したペースより速いので、調整しているのかもしれませんね」とコメントするなど、まだまだ大丈夫なようすだった。異変が見られたのは26kmを過ぎたころだ。明らかに速度が落ち、29km付近まで走ったところで歩き始めて棄権した。

29キロ付近で歩き始める大迫傑選手(右)

29キロ付近で歩き始める大迫傑選手(右)=代表撮影

 

「あれはコメントを求められたから出しただけ」

レース直後、大会事務局を通じて「スタート地点から寒くなって、身体が動かなくなり、棄権せざるを得ない状況でした」とコメントしていたが、先の贈呈式ではこう明かしている。

「あれはコメントを求められたので出しただけ。みなさんが思っているような理由が深くあるわけではなくて、ただ単に(あの状態でレースを)続けることに意味がなかった。必ずしもゴールにたどり着くことがいいとは限らない。やってきたことに妥協はなかったですし、頑張っても(実力が)出ないときは誰しもあります」

大迫選手は記録(タイム)より勝負にこだわる選手だと言われている。「続けることの意味がなかった」というのは、その時点ですでに勝負がついたという意味だろうか。11日のインタビューで改めてその点を含めて聞いてみた。

「寒かったというのは、みんな同じで、僕だけ寒かったわけじゃありません。ただ、体が温まってこないというのはありました。走っていると、ふつうはだんだん体が温まってくるじゃないですか。でも、それがなかったっていう感じです」

言葉の端々から、気象条件を理由にしたくないということは伝わってくる。ただ、走り出しても体が温まってこないということはあったようだ。実際、リタイア直後に大迫選手が体を震わせながら歩いていたという目撃報道がいくつかあった。これは、想像するだけでも辛そうだ。では、ペースが速すぎたということはないのだろうか。

「いえ、僕自身はついていけると思っていたし、(先頭集団に)ついていったことは後悔していません。多少の(ペースの)上げ下げはあっても勝ちきれるときは勝ちきれるので。もっと、単純に自分の力を底上げしていかなければいけないと……」

東京マラソン2019を振り返る大迫傑選手

東京マラソン2019を振り返る大迫傑選手(撮影:筆者)

リタイアを決めたときの心境はどうだったのか?

「勝負することが目的だったので。29kmまで行ってしまったのですが、実はその前からやめようと思っていました。(沿道に)人が多かったということもあって、(人混みを避けるために)しばらく走って……自分としてはすごく冷静でした」

大迫選手にとって本番はあくまでもオリンピック選考がかかった9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)だ。東京マラソンとほぼ同じコースを走るため、今回のレースはMGCに向けた試走の意味もある。勝負に勝てないことを悟った以上、無理をする必要はない。前出の瀬古さんもレース後の会見で「無理する必要はない。賢明な判断だった」と語っている。

記者会見で目標タイムを書かなかったワケ

インタビュー全体を通じてわかったのは、マスコミや筆者をはじめとする“周囲”の過剰な期待と本人の淡々とした気持ちとの大きなギャップだ。筆者自身、前回のこの連載で「最大の注目はなんといっても大迫選手の日本記録再更新だ」という趣旨のことを書いている。

日本中のファンがそう思っていたと言っても過言ではないだろう。だが、本人の意識はそこにはなかった。それを象徴するのが、レース2日前に行われた有力選手の記者会見で目標タイムを聞かれたときに、大迫選手だけが「??時間⁇分⁇秒」と書いたことだ。

東京マラソン2019の事前会見で目標タイムを出す大迫傑選手

目標タイムに「?」を書き込んだ大迫傑選手(ナイキ) /写真:朝日新聞社(撮影=堀川貴弘 )

なぜ、目標タイムを書かなかったのか。本人から理由を聞いて、いろいろ納得できる感じがした。

「言葉に出すってとても重要だと思っていて、言葉にすると自分自身が(それを)意識してしまうと思うんです。それが怖かったじゃないけど、自分が自分でなくなってしまうこととか、それが崩れることは、レース前にしたくなかったので。あの答えが、(僕が)僕であることに必要不可欠だった……」

含蓄のある言葉である。おそらくこれは想像だが、帰国後(大迫選手は普段はオレゴンで練習している)、いろいろな場面で“日本記録再更新”を期待する言葉を投げかけられたのだろう。筆者をはじめとする“周囲”がそれを期待するのは、過去3回のマラソンでは毎回自己ベストを更新し、ついには日本記録まで塗り替えてしまったという“事実”があるからだ。これについては、こう話した。

「いいときがあれば悪いときもあるのは当然で、いままでがイレギュラーに順調だっただけ。これからやらなきゃならないことは変わらない」

言われてみればそのとおりだ。大迫選手はレース翌日、ツイッターでこうつぶやいている。

〈言い訳はありません、強くなって9月帰ってきます!!〉(原文ママ)

「9月」というのはMGCのことである。気候的には東京マラソンの正反対だ。

「暑いので比較的スローペースになると思いますが、そこはあまり意味がなくて、どんなレースであっても、しっかり最後は勝ちきるということ。速いレースも遅いレースも、寒いレースも暑いレースも、やらなきゃいけないことは変わらない。自力を上げて、いい状態で大会に臨むだけ」

そして、最後にこう宣言した。

「もちろん優勝したいですし、狙っています」

東京マラソンは大迫選手にとっては2017年の福岡国際マラソン以来の2度目の国内レースだった。やはり、名前を呼んで応援されるのは「単純にうれしい」という。また、どんなレースも後半は声援をエネルギーに走りきりたいと話した。9月のMGCを応援する機会のある人は、大きな声で名前を呼ぶといいだろう。

PROFILE

山口一臣

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

大迫傑選手も登場! 「東京マラソン2019」参加者&応援者向けお役立ち情報

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