「現実と非現実の境界」を問う写真家の思惑 チャド・ムーアは揺れる感情と愛を撮る

チャド・ムーア(Chad Moore)。ファッション誌や写真誌を追いかける人は、一度は彼の名前を聞いたことがあるのではないだろうか。

チャドは、ニューヨークを舞台に、街の明かりや郊外の自然光を操りながら、友人たちを撮影した美しい写真を発表。その虚構と現実の間を行き来するような作品たちが、世界中のファンを魅了している。

新世代を代表する写真家の一人であり、親日家でもある彼が、「agnès b. galerie boutique(アニエスベー ギャラリー ブティック )」で開催中の個展『MEMORIA』のオープニングのために来日した。今回のインタビューを申し入れたのは帰国の2日前だったが、彼は突然のオファーを快く受け入れてくれた。被写体となっている友達について“広義での家族”と繰り返したチャドは、作品に託すものについて、少し照れくさそうにしながらも熱心に語ってくれた。

チャド

インタビューが始まったのは朝で、チャドは片手にコーヒーを抱えながら、「よく来てくれたね」と筆者を笑顔で歓迎してくれた。昨晩過ごした遊び場について嬉々として語る口ぶりから、今回の東京滞在も楽しんでいることがうかがえた。

チャド

「僕の友達が”格好いい奴ら”かどうかは分からないけど(笑)。彼らを撮ることに飽きないんだ。今回の展示で取り上げているのは、僕の友達だけ。長い間毎日会うような友達を撮って。例えばこの女の子、サッシャとかね」

チャドは、そう言いながら、うれしそうに展示されたいくつかの作品を指さした。

チャド

今回のタイトル『MEMORIA』の由来は、彼の友達のバンド『Sunflower Bean』(注:ブルックリン発のスリーピースバンド。既に世界ツアーを巡るなど大活躍している)の最新アルバムで一番気にいった楽曲からだそうだ。

「過去のことや今のことを綴(つづ)る歌詞を読んで、僕の今回展示する写真にピッタリだというか、すべてがつながった感覚になったんだ」

チャド

会場には、都市の路上で撮られたポートレートや旅行先で撮影されたものなどが並ぶ。基本はフィルムカメラで撮影しているが、星空をデジタルカメラで撮影した作品もある。

作品をじっくり見ると、夢見がちな若者たちが虚構めいた美しい群像劇を演じているのではないことがわかる。どこか緊張感のある眼差しが、被写体同士、またはチャドと被写体との間で、なにか感情を揺さぶる事件が起きているのではと感じさせる写真もある。

チャド

「構図やシチュエーションを作り込んだ作品もあれば、遊んでいる最中に撮っている瞬間もあるよ。例えばこれは、女友達のエラが髪を坊主頭にしたばかりで。“あ、写真撮りたい”って思ったから撮ったんだ。そんなふうに、その時起きたことをありのまま撮った作品もある。だから僕の作品は、現実とフィクションの中間のような感じなんだ。鑑賞する人に『これは実際に起きた現実か、フィクションどっちなのだろう?』って考えさせることができたらうれしい。それが写真の持つ物語性だと思うから」

チャド

若者たちを撮る写真家の先達としては、2002年に自費出版した写真集「The Kids Were All Right」が注目を浴びたライアン・マッギンレーが知られている。それまでプロのBMXライダーとして活動していたチャドは、このライアン・マッギンレーとの出会いがきっかけで、写真家としてのキャリアをスタートさせている。チャドはライアンからどんなことを学んだのだろう。

「傍(はた)から見ればアシスタントとして師事したという形になるけれど、僕とライアンは師匠とアシスタントというより、友達になったという感じ。10年以上前になるけど、ライアンはロードトリップに僕を連れていってくれた。彼に習ったのはカメラの使い方とか具体的な技術ではなくて、写真家としてどうあるべきかとか、アドベンチャーの感覚というか、“スピリット”の部分。彼と僕のスタジオは近いから、今でもよく会うよ。ライアンがいなかったら、僕も今撮っているような沢山の友達に出会えてないだろうね。なんというか、彼はこの広い意味での”家族”を作ることが本当に得意なんだ」

チャド

チャドは、雑誌『Dazed & Confused』や『i-D』などで取り上げられて注目を集めるようになる。他の写真家たちと一緒に、「都会で生きる若者たちの肖像を撮る写真家」という括(くく)りで語られてしまいがちだが、彼自身は若者やユースカルチャー(若者文化)を撮ることに固執していないという。

「メディアがそういうタグラインを必要とすることは分かるけど、僕はユースカルチャーを撮ることにはあまり興味ないかな。写真に出てる人はティーンエージャーではなくて、長い間撮ってる友達だから、もうそんなに若くもない。それに、クラブでオールナイトするには年を取りすぎているように思うしね(笑)」

チャド

展示スペースを一周した後、着席したチャドは、落ち着いた様子でこちらに眼差しを向けた。

「写真を撮影するという行為は『人と人をつなげること』で、同時に大好きな人たちに愛を示すひとつの方法だと思う。……だから、そうだね。写真を撮るのは愛の形の一つだ。少し夢見がちなビジョンに思えるかもしれないけれど、僕の写真に出てる友達は広い意味で『家族』なんだ。だから彼らの記録を残すことに興味があるんだ。他にまだそんな試みをした人はいないからね」

彼の作品は、人間や物事の美しい側面を切り取ろうとしているように見える。その意思はどこから生まれてくるのだろう。

チャド

「僕の人生のすべてがこんな写真みたいだ、なんてことはないよ。でも少なくとも写真には物事を楽観的に思わせたり、そういう気持ちに誘う役割があると思う。写真を通した世界に触れることで、そんなにネガティブにならなくて済むというか。特に今のアメリカの政治状況なんて、トランプ大統領の就任以降、かなりダークではある。だからこそ写真を見ることで、そうした現実より美しい世界に浸ることができるんだ。見た人になにかしら感情の変化を起こさせるものを撮りたいって思っているよ」

チャド

彼は、終始チャーミングで、人を惹(ひ)き付ける魅力にあふれていた。好奇心に突き動かされながら、チャドは自分と周囲の「いま」を永遠に焼き付けようとしている。その姿勢への共感と憧れを持ちながらもう一度作品を見ていると、若者たちに自分の心が投影されてみえてくる。
(文・冨手公嘉 写真・玉村敬太)

<会期情報>
CHAD MOORE「MEMORIA」
会期:2019年2月9日(土)〜4月28日(日)
時間:13:30〜18:30 ※月曜日定休
会場:アニエスベー ギャラリー ブティック
住所:東京都港区南青山5-7-25 2F
公式サイト:http://www.agnesbgalerieboutique.jp/

 

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