偏愛人語

Mr.Children『深海』もYEN TOWN BANDも“ビンテージ”にこだわった 小林武史が偏愛する「アナログ感」

Mr.ChildrenやMy Little Loverなどをヒットに導いた1990年代。環境プロジェクトへの非営利融資機関「ap bank」や、大規模農場の運営を始めた2000年代。そして10年代には、震災後の東北を舞台にしたアートフェス「Reborn-Art Festival(リボーンアート・フェスティバル)」をプロデュース。

音楽プロデューサー小林武史さんは、活動の軸を音楽から社会全体へと広げている。一見性質の異なる活動に見えるが、そこには一つの軸が貫かれていた。

「僕はこれまで全ての活動において、テクノロジーを駆使した効率化や均一化などからは生まれない“温かさ”をずっと追いかけてきました。それを“アナログ感”と呼んでいて、今も大切にしています」

本業でもビンテージの楽器を使い続けている。今の時代、どこまでも“アナログ感”にこだわる小林武史さんの音楽談義――。

電子ピアノではなく“電気ピアノ”にしか出せない音

――「偏愛」というテーマであらかじめお聞きしたところ、小林さんのお答えは「アナログ感」でした。いったいどんなお話なのか、楽しみに伺いました。

小林武史(以下小林) 僕が実際にレコーディングなどでよく使っているこの電気ピアノの音を聴いてみてください。ヤマハの「CP-80」という製品で、これは1980年代のもの。ビンテージがたまに市場に出回るような、言うなれば希少価値のある製品なのですが、かといって欲しがる人もそんなにいない(笑)。ちょっと忘れ去られたような製品です。

小林武史さんと愛用の電気ピアノ

電気ピアノって聞き慣れないかもしれませんが、ごく簡単に言うと、“電子ピアノ”がデジタルであるのに対し、“電気ピアノ”はアナログ。電子ピアノは弦が張られておらず、鍵盤を押すとそれに対応した音源データが再生されます。電気ピアノは、アコースティックピアノと同様に弦が張られていて、ハンマーが金属の弦をたたいたときの振動をピックアップ(*)が拾って、電気信号に変換して再生します。

*楽器やその弦などの振動(=音)を、電気信号として検出する装置

この「CP-80」、ピアノのふたを開けてそこにマイクを一本向けているでしょう? 実は弦をたたく音や、たたかれた弦が共鳴して隣やその隣の弦が震える音なんかも拾っているんです。ヘッドホンから聞こえる音は、弦から鳴る音が3割くらい、このマイクで拾う音の周囲にある“音の気配”のようなものが7割くらいになるように調整しています。ちょっと聴いてみてください。

弦の振動と一緒に、その振動に伴って発生する様々な音をマイクが拾い、独特の音色を出す

弦の振動と一緒に、その振動に伴って発生する様々な音をマイクが拾い、独特の音色を出す

小林武史さんが愛用するヘッドホン

小林武史さんが愛用するヘッドホン

――(ヘッドホンを装着して小林さんの演奏を聴いてみる)……!!!! いきなり水の中か異世界に飛んだみたいですね! 弾かれているメロディーラインの周囲に、とても幻想的で、なんとも言えない豊かな響きがあります。

小林 そうなんですよ。これは、電子ピアノのようなデジタルのツールでは絶対につくれない音です。もちろん、シンセサイザーなどにはボタンひとつでものすごいエコーがかかるエフェクトはいくらでも用意されている。でも、それとはまるで質の違うものです。

たとえばデジタルで「ラ」と弾けば、そこからは「ラ」という信号が出る。さらにそこにエフェクトをかければ、「エフェクトをかけられたラ」の信号が出る。でもただそれだけ。一方、僕がこの「CP-80」でやっているように、アナログの「ラ」の周囲には、弦そのものが出す音、それがボディーに響く音、周囲の弦の音……、もっと言うならばそれを鳴らした部屋の壁や天井に跳ね返った音やペダルをたたく音、そういうさまざまな音があって、それをミックスしたすべてがその場の「ラ」になる。アナログの「ラ」は何をどこでどういう風に鳴らすかでそれぞれに違うし、極論すれば同じ「ラ」はありません。

小林武史さんインタビューカット

全てを整えてしまう デジタルへの違和感

――現在の日本の音楽業界で、こういうアナログな機材を多く用いるのは一般的なんですか?

小林 いやいや、かなり珍しいと思うし、だから“偏愛”なんです(笑)。僕のスタジオには、グランドピアノ、アップライトピアノ、電気ピアノといったアナログ楽器や、60年代のアナログな録音機材が相当数そろっていますが、ほかのどんな世界とも同じで、音楽の世界も基本的にはどんどんデジタルの方向へ向かっています。

音の再現性の高さ、編集のしやすさ、機材のコンパクトさ、制作コストの安さ……。デジタルの利点は数えあげればキリがないし、そちらに向かうのはある種当然の流れだと思います。僕ももちろん、そういったデジタルなものを否定する気は全くありません。そもそも音楽のアウトプットはストリーミングやCDなどのデジタルデータになりますからね。でも、アナログでつくった音は、デジタルなアウトプットになってもその違いが分かる。僕はそう思っています。

――「アナログ」への愛は、いわば昔ながらのスタイルへの愛ですよね。そういう傾向は以前からあったのですか?

小林 ありましたね。僕が1996年にプロデュースを手がけたYEN TOWN BANDの『MONTAGE』も、Mr. Childrenの『深海』も、当時ニューヨークにあった「ウォーターフロントスタジオ」という、ビンテージ機材のそろったスタジオで録音したものです。

 2018年11月に発売したYEN TOWN BAND『MONTAGE』のアナログ・レコード盤第二弾。2015年に発売した第一弾は瞬く間に完売し、コレクターズアイテムに。「この時代においてもレコードが求められる

2018年11月に発売したYEN TOWN BAND『MONTAGE』のアナログ・レコード盤第二弾。2015年に発売した第一弾は瞬く間に完売し、コレクターズアイテムに

80年代辺りから、音楽の世界ではデジタルなドラム音源での打ち込み音がどんどん主流になり、バンドの音づくりでも、ドラムのスネアやキックなどをデジタルドラム音源に差し替えるのが当たり前になってきていました。

そんななかで、「ウォーターフロントスタジオ」は60~70年代のビンテージ機材を使ったアナログレコーディングにこだわったスタジオでした。僕はこのスタジオにいたヘンリー・ハーシュというエンジニアにすごく影響を受けています。

デジタルレコーディングだと、音楽を完成させるときには、それぞれの楽器やボーカルの音量の上げ下げを全てプログラミングしてミックスダウン()するのが普通です。たとえばベースの音が演奏している間に少し大きくなっているとする。コンピューターでつくる場合、その音の凸凹はきれいにならされてしまうのですが、ヘンリーは「このでこぼこしている感じがいい、ここに魅力を感じるんだ」と言うんです。録音のテイクの回数もとても少なくて、音を奏でるときの初期衝動のようなものを、曲の中にも閉じ込めようとする。

この「録音した音全てを細かくきれいに直すのがいいわけじゃない」「不均一だからいい」という考え方は、そのまま生き方にも当てはまることだなと思います。僕は10年ほど前から千葉県の木更津で農業を手がけていますが、それも底辺にはアナログ感があります。

*各楽器の音のバランスを整える作業

小林武史さんインタビューカット

――農業法人を立ち上げ、30ヘクタールの土地で有機野菜を生産したり、養鶏を手がけたりしていますよね。
 
小林 ええ、農場は生産も軌道に乗り、やっと人を迎えられる段階になりました。年内にはピッツェリアや宿泊施設も備えた「kurkku fields(クルックフィールズ)」として一般公開する予定です。農業は、ここの敷地との出会いがあったからこそ始められたことなのですが、本当に面白い。

音楽制作は、基本的にはスタジオにこもっている時間が長いので、太陽とは無縁の生活です。もちろん素晴らしく楽しいのだけど、「これでいいのかな?」という思いは常にありました。太陽と共に起き出して、毎日違う美しい夕日を見て眠る、そういう普通といえば普通の、アナログ感のある暮らしを全くおくれないことへの葛藤ですね。農業を通じて、太陽の恵みをより身近に、そしてより重要なものとして捉えることができるようになりました。さらに、そうしたライフスタイルを手に入れたことで、デジタルの価値も素直に受けとめられるようになりましたね。

小林武史さんが代表を務めるサステナブルなライフスタイルを提案するプロジェクト「KURKKU」が運営する千葉・木更津の農場。これまで有機野菜の生産と養鶏を手がけてきたが、年内にはレストランやアートの展示場などを備える複合施設「kurkku fields」をオープンする予定/(c)kurkku fields

小林武史さんが代表を務めるサステナブルなライフスタイルを提案するプロジェクト「KURKKU」が運営する千葉・木更津の農場。これまで有機野菜の生産と養鶏を手がけてきたが、年内にはレストランやアートの展示場などを備える複合施設「kurkku fields」をオープンする予定/(c)kurkku fields

有機農業では、デジタルテクノロジーを駆使して農地や作物に関するデータを取得し、栽培に活用することが、とても有効です。作業者が自分の身体だけで見たり考えたりしているよりも、世界をずっと多様に捉えることができますから。もはやアナログ/デジタルのどちらかだけがいい、というような時代ではないんですよね。2軸への知識を持って、自分のなかでその2軸のバランスを取りながら生きていくのが、これからの理想のスタイルなのかなと思います。

(文・阿久根佐和子、写真・花田龍之介)

小林武史さん

小林武史(こばやし・たけし)
音楽プロデューサー、作曲家、編曲家、キーボーディスト。1980年代から数多くのアーティストプロデュースを手掛け、90年代以降は『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』など映画音楽のプロデュースも展開。2003年には環境プロジェクトへの非営利組織「ap bank」を設立。17年には復興支援の取り組みとして、宮城県石巻・牡鹿半島を中心とした「Reborn-Art Festival」を開催。19年には当イベントの二度目の開催および、千葉県木更津市に宿泊もできるサステナブルファーム&パーク「kurkku fields」のオープンを予定している。

Reborn-Art Festival

kurkku fields 

バックナンバー

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