私の一枚

「1円でも多く」 バイトで家族を養った安東弘樹アナの学生時代

 

「1円でも多く」 バイトで家族を養った安東弘樹アナの学生時代

勉学に励みながら家計を支えた大学時代。弓道部では主将を務めた

1991年、成城大学の卒業パーティーで友人たちと撮った写真です。普通、卒業パーティーといったら、楽しかった思い出を胸に「さあ社会人だ」って、誰もがそういう気持ちになるはずですよね。でも、僕の場合はちょっと違いました。

僕が7歳の時に両親が離婚し、高校~大学時代は学校に通いながらアルバイトで母と弟、妹を養いました。TBSに入社してすぐ、人事部で祖母、母、弟、妹の扶養家族の申請をした時には驚かれました。特にテレビ局は、いわゆる「いいところ」の子が多いですから。

そんな生活を終え、ようやく仕事一本で家族を養える、この地獄から脱することができるんだという安ど感に包まれている表情だと思います。

家族の生活のために1円でも多く稼ぎたかった

中学を卒業した頃から親に何かを買ってもらったという記憶がありませんし、友人から、あめ玉一個を貰うのも躊躇(ちゅうちょ)します。良く言えば人に迷惑をかけたくない性格ということなのですが、悪く言えば人に借りを作りたくなかった。お金がなかったから、借りをどう返していいかわかりませんでした。人に頼ることができなかったし、今でも甘え方や甘えられ方がわかっていないと自分で思います。

大学時代は体育会の弓道部に入っていました。講義に出て、部の練習に参加して、そのあとに夜間のアルバイトに行く生活でした。メインのバイトとして小学生の兄弟2人の家庭教師があって、それ以外の日は夜8時から朝まで食品工場の製造管理の仕事へ。学校が休みになり部活もオフになる夏休みには宅配便の配達の仕事を連日詰め込みました。時期的にお中元の缶詰のような重い荷物が多いし、坂道や細い道が多い大船から鎌倉のエリアだったので、車をある程度のところで停めて手で運ぶ必要があるし、何より暑いし、とにかく過酷でした。

宅配便の給料は完全歩合制で1個あたり70円。最初は1日100個届けるのが限界でしたけど、慣れて効率のいい届け方を覚えてからは200個以上は配れるようになりました。家族の生活に直結するので、とにかく1円でも多く稼ぎたかった。自分の働きの対価というものを、当時からかなりシビアに考えていました。

もちろん、自分に対しても学費ぐらいしかお金を使ったことがありませんでしたが、唯一の例外は車です。大学時代にホンダの「シティ ターボII」を 48万円のローンで買って、夜中のバイトを終えてから、そのまま神奈川のヤビツ峠までよく走りに行きました。今思えば、あの頃は24時間フル稼働して生きていましたね。おそらく、人生におけるトータルの睡眠時間は、日本人の平均の半分ぐらいなんじゃないかと思います。

安東さんが買った車

人生で初めて買った車、ホンダの「シティ ターボII」と

50歳にして初めて得た後輩との新しい人間関係

TBSに入ってからも仕事に対するスタンスは変わりませんでしたが、年齢を重ね「デスク」、いわゆる管理職になり、評価される立場から評価する立場になった時に、今の自分が何をどう評価されているのか、まったくわからなくなりました。一方ではやらなければいけないことばかりが増え、いろんなフラストレーションもたまってしまいました。

でも、部下は僕のことを彼らなりに見てくれていたようです。僕はお酒を飲まないので彼らを飲みに誘うということがありませんでしたし、そもそも飲まなければ本音で話せないという風潮が嫌いで、上司には仕事中でもどんどん言いづらいことを言っていました。後輩たちは、そんな僕を自然と信頼してくれるようになったそうです。退社時に聞きましたが(笑)。

昨年3月、TBSを退社しました。辞める時、後輩たちは泣きながらうれしい言葉をたくさんかけてくれました。人に頼ることができなかった自分が、50歳になってから、こんな人間関係を築けるなんて思ってもみませんでした。おそらく、デスクという職に就いていなければ彼らとの人間関係を持てずに退職していたでしょうから、TBSには本当に感謝しています。

役職や地位ではなく行動こそが人間の価値を決める

僕、いつもすごく緊張しながら仕事に行くんです。『アッコにおまかせ!』も16年やりましたけど、最後の日まで心臓バクバクでした。本番前、毎回足がすくんで、「これから戦場に行くんだ」みたいな感覚になる。それがたまらなく嫌でした。

でも現場に行くと、やっぱり刺激をもらえるんですよね。そこには感動があり、うれしさがあり、刺激があり、それによって覚醒する。特にフリーになってからは初めての経験ばかりですから、これからも慣れるということは基本的にないと思いますし、どんな仕事であっても毎日何かが違う。ルーティンの作業は、この世には存在しないと思っています。

学生時代のバイトも含め、さまざまな職場において、役職とか地位に関係なくいろいろな人を見てきた中で、人間の価値は行動でしか図れないと思うようになりました。工場で働いていた自分も、お医者さんも、政治家もみんな一緒で、地位ではなく行動がその人の魅力を形成するんだと思うんです。子供の頃の家庭環境は本当に厳しかったですが、今となってはそういうことに気づかせてくれた自分の境遇に感謝していますし、宅配便も食品工場もデスクの仕事も、すべての経験に無駄がなかったのだと思っています。

(聞き手・文 髙橋晃浩)

2018年4月にフリーアナウンサーに転身。活躍の場を広げる安東弘樹さん

2018年4月にフリーアナウンサーに転身。活躍の場を広げる安東弘樹さん

あんどう・ひろき 1967年、神奈川県生まれ。1991年TBS入社。『アッコにおまかせ!』『王様のブランチ』『ひるおび!』などの人気番組を担当する。2018年にTBS退社後はフリーアナウンサーとして活動し、現在『安東弘樹のダンディーズ・ハイ』(Act On TV)、『ふるさとの夢』(TBS)、『バラいろダンディ』(TOKYO MX)にレギュラー出演中。4月からはニッポン放送『DAYS』木曜パーソナリティ、bayfm78『MOTIVE!!』にレギュラー出演。自動車マニアとしても知られ、日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員を務める他、自動車関連雑誌などで連載コラムも複数担当している。

PROFILE

髙橋晃浩

福島県郡山市生まれ。ライター/グラフィックデザイナー。ライターとして有名無名問わず1,000人超にインタビューし雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆は200枚以上。グラフィックデザイナーとしてはCDジャケット、ロゴ、企業パンフなどを手がける。マデニヤル株式会社代表取締役。

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