働き方のコンパス

「副業、そんなにメリットがないのでは?」と嘆く会社員の悩みを、哲学者が解決

「働き方のコンパス」は、ビジネスパーソンの悩みに、哲学者や社会学者、経済学者などの研究者が答えていくシリーズです。それぞれの学問的な見地から、仕事の悩みはどう分析できるのでしょうか。回答者は、哲学者の小川仁志さんです。

働き方のコンパス

<今回の回答者 >
哲学者
山口大学国際総合科学部准教授
小川仁志さん

「大学で新しいグローバル教育を牽引する傍ら、『哲学カフェ』を主宰するなど、市民のための哲学を実践。また、テレビをはじめ各種メディアにて哲学の普及にも努めている」

今回のお悩み

Q.副業、意外としんどいです

副業をここ数年続けています。本業の会社にはないおもしろさを求めているのが、副業をしている理由です。しかし、仕事量的に休憩時間や深夜にも働かないと副業分がこなせず、時間配分が難しい。うまく配分をしようとしても、いい仕事があれば欲がでて引き受けてしまい、同じことの繰り返しです。副業は、世間で言われているほど、企業にも個人にもメリットがないように思えてきました。永遠にこの悩みは続くように感じております。どこかで区切りをつけたほうがいいのでしょうか……?(29歳、男性、編集職)

 A.欲は無限、体は一つ。体を起点に考えよう

そういう私も副業に追われています

ああ……私も同じような悩みを抱えています。本業は山口大学の仕事ですが、それ以外に年間約10冊の本を書いたり、取材を受けたり、テレビに出たり、講演をしたりと、さまざまな仕事があります。「いい仕事があると引き受けてしまう」というのも分かるなあ。こんなにおもしろそうな仕事、他の人にやられてしまうのはもったいない! という気持ちで、ついついキャパシティを超えて仕事を受けてしまうんですよね。

これまでの日本では、仕事は人生そのものでした。人生のモデルケースは、いい大学に入り、大企業に就職して定年まで働くというもの。

近年では価値観が多様化し、新卒から一つの会社で勤め上げることが当たり前ではなくなってきました。そこに、副業という概念が現れた。仕事が人生ならば、仕事が2つになったら人生も二つになる。収入も増える。やりがいも増える。いいことだらけですよね。

しかし、そううまくはいきません。人間の体は一つだからです。この場合の体は脳も含みます。欲望は無限。あれもしたい、これもしたいとやりたいことは増えるばかり。でも、それを処理する脳および作業する体は一つ。際限なくやってしまうと、当然疲れ果ててしまいます。相談者さんも今、仕事の時間が増えすぎて困っていますよね。相談者さんの身一つには余りある仕事を、受けてらっしゃるのだと思います。

身体が重要だと捉えたメルロ=ポンティ

副業は、やればやるほど収入ややりがいが増える「掛け算」のように見えますが、じつは割り算なんです。一つの体を、いくつもの仕事で「割る」ことになる。それが副業の本質だと理解しなくてはなりません。そのことに気づかず副業を増やし続けると、メンタル面で不調が出てきたり、大病を患ったりする。その時に初めて、「働きすぎだった」と気づく人もたくさんいるでしょう。

どうして大変なことになるまで気づけないのか。それは、私たち自身が体を軽視しているからです。欲望を優先すると、なんでもやりたい、なんでもできるという気になってしまう。その時、体のことは意識されていません。

現代の哲学者は、そのことに自覚的です。例えば「身体性の哲学」を提唱したフランスの哲学者、メルロ=ポンティ。彼は、人間は世界の中に「身体」をもって存在するのだから、身体を軽視してはいけない、と主張しています。「身体」は「精神」と同じくらい重要である、と説いたのです。

体が意識より先に、いろいろなものを知覚したり、コミュニケーションしたりしている。そういう部分は確かにあると思います。だから、私たちは体を起点に発想を転換したほうがいいのかもしれません。

体の声に耳を傾け、欲望のコントロールを

幅広い分野に渡って思索を深めたドイツの哲学者・ショーペンハウアーも、身体に注目していました。彼は「意志としての世界」という構想を打ち立てましたが、身体運動は直接認識できる「意志」だと考えたのです。

そして、最終的に肥大化する意志を押し止めるのは「禁欲」である、という結論に達しました。本来無限なはずの意志が、有限な世界に閉じ込められている。それだけで人生は苦しいのだから、その苦しさから逃れて「解脱」するには禁欲だ、と。

相談者さんはまだ若いので、解脱を目指さなくてもいいと思いますが(笑)、忙しさでメンタルや体調を崩してしまうことには注意してください。私自身も副業を増やしすぎた時期は、健康診断で毎回E判定を叩き出していました。E判定は「要精密検査」ですから、洒落になりません。昨年の夏に仕事を減らし、身体をしぼって徹底的に生活を改善したらA判定になりましたが、取り返しのつかない病気になっていたらと思うとぞっとします。

今後AIやクローン技術が発展して、体や脳が二つ、三つと持てる時代がやってきたら、副業がいくつも簡単にできるようになるかもしれません。でも、今のあなたの体は一つなんです。体の声に耳を傾け、「あれもこれも」という欲望をコントロールしてみてください。

悩めるあなたにこの一冊

「副業、そんなにメリットがないのでは?」と嘆く会社員の悩みを、哲学者が解決

『知覚の現象学』(みすず書房) モーリス・メルロ=ポンティ
従来、意識が身体をコントロールしていると考えられていましたが、その定説を覆し、身体には意識によってコントロールできない側面があることを指摘した画期的な本。つまり、身体には意識の道具としての側面と、意識とは別に存在しているという「両義性」があると論じています。自分も知らない「自分の身体の本質」を知りたい人必読の書。

(文・崎谷実穂)

小川仁志(おがわ・ひとし)
1970年、京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。商社勤務(伊藤忠商事)、フリーター、公務員(名古屋市役所)を経た異色の経歴。徳山工業高等専門学校准教授、NHK・Eテレ「世界の哲学者に人生相談」では指南役を務めた。専門は公共哲学。著書も多く、ベストセラーとなった『7日間で突然頭がよくなる本』や近著『AIに勝てるのは哲学だけだ』をはじめ、これまでに約100冊を出版。

「ライフワークが見つからない」 ライターの悩みに哲学者が答える

トップへ戻る

「仕事のやる気がでない」ときは、周りについて行けば大丈夫です

RECOMMENDおすすめの記事