3年間否定された日々を乗り越えて 「FC今治」岡田武史会長が描くクラブと街の未来図

2014年にJFL「FC今治」のオーナーに就任した岡田武史さん。今季から元日本代表の駒野友一選手(DF)や橋本英郎選手(MF)らをチームに迎え、J3入りを目指す日々を送っています。

就任当時、ファンの反応は冷めたもの。「東京から来た人間だし、どうせ少し活動してすぐに帰るんだろうと思われていました」。そこから地域に根ざした活動に力を入れ、ファンの心をつかんでいきました。

逆風をはねのけた岡田さんは今、サッカーを軸に街全体を盛り上げようとしています。それは一体どんな構想なのか。共に今治をフィールドに活動する佐藤可士和さんが、岡田さんが描く「FC今治」と街の未来像について聞きました。

今治の友達は一人もいなかった時代

佐藤 岡田さんとは4年前、NHKの正月特番で対談したのが初対面でした。それからよくお会いするようになって、先日も渋谷のすし屋で、今治について語り合いましたよね。もともと縁もゆかりもない二人が、何時間もこの土地の未来について話し合うという(笑)。岡田さんは今治のどこにはまったのですか?

岡田武史さんと佐藤可士和さん

岡田 はまったというか、抜けられなくなったというか(笑)。そもそも今治に来たのは、「OKADA METHOD」という独自の方式でサッカー選手を育ててみようと思ったのがきっかけです。

ところがいざ始めてみたら、サッカーとは別の問題が見えてきた。街に繰り出しても、商店街に行っても誰も歩いていない。これではたとえFC今治が強くなっても、チームの拠点がなくなってしまうんじゃないか、と。

そんな危機感から、サッカーを軸に今治の街を盛り上げようといろいろな施策を考え、4年間ひたすら走ってきました。そうしたら、だんだん人がついてきて、大変だけどやめられなくなった(笑)。

でもね、地元の人たちに認めてもらえるようになったのは、今治に来て3年くらい経ってからですよ。最初のうちは、東京からちょっと名の知れた奴が来て、ちょろっとやってすぐに帰るんだろうと思われていましたから。

岡田武史さんと佐藤可士和さん

佐藤 えっ!? そういう受け止められ方だったんですか?

岡田 そう。だからFC今治を広めようと車にポスターを貼って走ったり、駅でビラを配ったりもしたけど、全然ダメ。どうやっても客の入りが一定数以上伸びない。

それであるとき、当時のスタッフ6人で夜中に話し合ったんです。「オレら、ここに来て2年になるけど、今治の友達いるか?」って。そしたら誰もいなかった。ずっとFC今治のメンバーで仕事をして、酒を飲んで、生活しているだけ。自分たちから地域に馴染(なじ)むようなことはしてこなかったから、そりゃ、お客さんも来ないよな、と。

そこで残業を20時までにして、とにかく街に出て友達を作ることを徹底しました。最低5人、新しい友達を作ることをルールにしたりして。

そうした活動で徐々に認めてもらえるようになって、2017年8月に完成したこのスタジアム(ありがとうサービス. 夢スタジアム®︎)のオープニング試合は満杯。観客席には泣いている年配女性がいて、スタッフが心配して声をかけたら、「3年前に岡田さんが来たときは、みな否定的だった。私もそう。けれども、その3年後に今治でこんな光景が見られたことに感動している」って。

我々はそのくらい低い評価から始まって、今では「岡田さんもすっかり“今治人”だね」なんて言われるくらいになりました。

「ありがとうサービス. 夢スタジアム®︎」オープニング試合。スタンドは満席になった(写真=FC今治)

「ありがとうサービス. 夢スタジアム®︎」オープニング試合。スタンドは満席になった(写真=FC今治)

佐藤 めちゃくちゃいい話じゃないですか!

岡田 作ってないからね(笑)。

岡田武史さんと佐藤可士和さん

今治は「人間らしさ」を取り戻せる場所

佐藤 お聞きしていて、僕が今手がける今治のシティー・ブランディングとの共通性を感じました。この施策のキーワードは「共創」で、人と人とがコミュニケーションを重ねながら共に新しい価値を創っていくことを重視しています。FC今治も、地元の様々な人たちとのコミュニケーションを深めて活動したことで結果が出た。まさに共創のパワーですよ。FC今治はこの先どんな形で街を盛り上げていくのでしょうか?

岡田 当初は僕らが生き抜くことが目的だったけど、今は自分たちの周りの人が笑顔になって幸せになることを目指しています。“幸せ”とはなにかというと、よく生きて、よく死ぬこと。この先さらにITが発達して、身体の一部をサイボーグに置き換えたりしながら生きていく、あるいはAIが人間の脳より優れた判断をするような時代が来るかもしれない。けれども人間は、最終的には人間らしさを求めると思うし、今治が人間らしさを回復できる場所になってほしいと考えています。

岡田武史さんと佐藤可士和さん

佐藤 今治には岡田さんが考える“人間らしさ”を回復できる魅力がある?

岡田 やはりなんと言っても自然の美しさですよ。特に島嶼部の景観。大三島の裏側から眺める夕日は、痺れるほどの美しさがあります。潮の流れも特筆もので、川のように流れる様を見下ろすと、この世の物とは思えない美しさを感じます。

今治市大西町にある鴨池海岸の夕景(提供:今治市役所)

今治市大西町にある鴨池海岸の夕景(提供:今治市役所)

僕は野外体験企画を昔からやっていますが、例えば9泊10日の無人島体験をした後に、山を横断する形でカヌーでの川下りなども出来る。雄大な自然に触れることで人間性は回復していくと思うし、そのための全てがここには揃っています。

佐藤 世界的な建築家の伊東豊雄さんも、今治に魅せられた一人ですよね。世界中の土地を見てきた人が「ここに住みたい」と思うのだから、よほどの魅力があるということかと。

岡田 僕、今治タオルの本店がリニューアル(2017年)したとき、可士和さんが会見で話した言葉が今も忘れられなくて。「10年前に今治に来たとき、ここじゃダメだと思った。その10年後、今治が動き出しました」って。確かに今治がどんどん変わってきている実感がある。自然や街だけじゃなくて、人も面白い。海賊の末裔(まつえい)も多くて、個性的な人がたくさんいる。

佐藤 シティー・ブランディングの戦略上、「シビックプライドキャンペーン」と言って、街の人のマインド作りは非常に重要です。要は市民のみなさんが、“今治人”ということに誇りを持てるようにならないと何も始まらないわけです。今回の「アイアイ今治キャンペーン」のロゴも、今治の人たちのユニークさや個性の強さ、そしてそれらがさまざまな場所で出会って弾ける感じをイメージしました。

佐藤可士和さん

岡田 このロゴ、最初に見たときビックリしたんだよね。本当に可士和さんが作ったの?って(笑)。でも話を聞いて納得したというか、今治の個性を考えて、こういう華やかな感じにしたんだな、と。

佐藤 僕もこれまでこういう感じのロゴはあまり作ってないんですよ。企業のロゴなどはシンプルで明快なものが多い。ただ、今回のキャンペーンは街全体をみんなで盛り上げることが趣旨で、それがすべてのベースになるので、これまでとは考え方を変えて、「なんだこれ?」というインパクトがあるようなほうがいいかな、と。あんまり上品に収まって、気付いてもらえなかったら意味ないので。

アイアイ今治キャンペーンのロゴが描かれた旗

岡田 こんなワクワクする街になれ!というメッセージにも感じましたよ。

佐藤 そうやって盛り上げていくには「共創」を重ねていくことが重要だと思います。岡田さんは、ご自身が理想とする今治の街を実現するために、一緒に組んでみたい企業などはありますか?

岡田 先ほど“よく生きる”という話をしましたけど、世界には「ブルーゾーン(長寿地域)」と呼ばれる地域が5つあって、そこに共通するのは「孤独ではないこと」「良い人間関係があること」「ストレスがないこと」だと言われています。

僕は今治が世界6番目のブルーゾーンになってほしいと願っていて、その基点となるのが「スポーツ」「健康」「教育」の充実ではないかと思っています。例えばこのスタジアムの下に温浴施設ができたり、あるいは「キドキド」(ボーネルンド社が運営する子供向けの室内遊技場)のような遊び場や保育施設ができたりとか、そういう環境を作れたらいいですね。

ただ、そうなるためには、各ジャンルの企業がまとまって来られる仕組みが必要かもしれません。ボーネルンドが一社でこの土地に来ようとしても、現実的には難しいでしょう。でも、一つのコンセプトの元にいろんな企業が一斉に来れば、トータルでブランディングがしやすくなる。「今治タオル」の成功がそれを象徴しています。

一つの台の上に乗ることで全体がアップしていく。可士和さんがまさに今それをやっておられる。僕らFC今治もその台の上に乗せてもらうパーツの一つだと思っています。

(文・&編集部 下元陽 撮影・今治ブランド戦略会議)

岡田武史さんと佐藤可士和さん

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