MY KICKS

エアマックス1、「アトモス」ディレクターの人生を変えた一足

今や、スニーカーは私たちの生活に欠かすことの出来ない“生活必需品”。どんな人にも愛着ある一足があり、そこには多くのこだわり、思い出、物語が詰まっているはず。本コラムでは、様々なスニーカー好きたちが「MY KICKS(=私の一足)」をテーマに語り尽くします。

小島奉文(こじま・ひろふみ)さん
1981年生まれ 。2001年にスニーカーブティック「atmos(アトモス)」の前身となるショップでアルバイトを開始。現在はアトモスのディレクターとして、スニーカーの企画などを手掛ける。年に360日はナイキを履くナイキフリーク。

「ナイキ=エア」のイメージを決定づけたアイコニックなシューズ

「エアマックス1 アトモス」(税込み17,280円)※現在はソールドアウト

「エアマックス1 アトモス」(税込み17,280円)※現在はソールドアウト

1987年にナイキが発売した「エアマックス1」は、それまでミッドソール内部に搭載されていたショック吸収用のエアバッグを、ソールの小窓から見えるビジブルエア」形式へと変更した。この斬新なデザインは世界中のスニーカーファンに衝撃を与え、以後ナイキにとってアイコニックな一足として認知されてゆく。人気スニーカーショップ「アトモス」小島奉文さんは、そんな歴史的なモデルの中から自身が手がけたエアマックス1 アトモスをマイキックスに挙げた。

ビジブルエアの本来の目的はエアバッグにかかる圧力を逃がすことにあった

ビジブルエアの本来の目的はエアバッグにかかる圧力を逃がすことにあった

「いつかナイキのシューズをデザインしたい」という夢を胸にスニーカー業界へ

「本当はシューズのディレクションだけしていたいんですけど、そうもいかないんです」と苦笑交じりに語る小島さん。かつてのルーキーも今やベテラン。後進の育成にも力を入れているそう

「本当はシューズのディレクションだけしていたいんですけど、そうもいかないんです」と苦笑交じりに語る小島さん。かつてのルーキーも今やベテラン。後進の育成にも力を入れているそう

中学時代に「エアジョーダン1」の復刻モデルを購入したことをきっかけに、スニーカーやストリートファッションにハマったという小島さん。高校卒業後は、当時原宿から全世界のストリートファッションを盛り上げていた「UNDERCOVER(アンダーカバー)」のデザイナー・高橋盾氏や「A BATHING APE(ア・ベイシング・エイプ)」のディレクター・NIGO®氏に憧れ、彼らの母校である文化服装学院に進学する。在学中は毎日のように原宿周辺のショップ、とりわけアトモスの系列店であり、当時の若者からカリスマ的な人気を誇っていたストリート系スニーカーショップ「チャプター」に足繁く通っていたという。

「学校の授業そっちのけで、服やスニーカーに熱中していましたね。特にチャプターには毎日通っていました。そんな状態だったので卒業の時期になっても進路が決まっていなかった。随分迷ったんですが、『どうせなら自分が一番好きなスニーカーに関わる仕事に就こう。いつかスニーカーをデザインしよう』と決意したんです」(小島さん)

文化服装学院を卒業し、小島さんは憧れのスニーカー業界に足を踏み入れる。その第一歩として、「チャプター」や「アトモス」など人気スニーカーショップを運営する株式会社テクストトレーディングカンパニーに入社することとなる。

そして2003年、ある“事件”が起こる。アトモスがナイキとのコラボレーションでエアマックスを発売したのだ。今でこそ当たり前となっているナイキによるショップやブランドとのコラボレーションだが、当時の日本では快挙と言うべき出来事だった。そんなはじめてのコラボ企画から2年。小島さんは、その豊富な知識がテクストトレーディングカンパニーの本明秀文代表の目に止まり、若手ながらナイキとのコラボレーション担当に抜擢されたのだ

ひらめきのきっかけはシューズの箱

どんなスニーカーを作ればファンは喜ぶのか。そんなことを日々考えながら過ごしていたある日、目に飛び込んできたのが事務所にあった80年代に登場したキッズ用スニーカー「ナイキ ズー」のグラフィカルなシューズボックスだった。

アトモスはこれまでに二十型以上のエアマックスを手掛けてきた。「もしかすると世界で一番エアマックスを手掛けているショップかも」(小島さん)

アトモスはこれまでに20型以上のエアマックスを手掛けてきた。「もしかすると世界で一番エアマックスを手掛けているショップかも」(小島さん)

動物園の檻を模したヴィンテージシューズの箱を見て小島さんはひらめく——アニマル柄の素材を使って、ファッショナブルに履けるスニーカーを作ったら面白いのではないか。

現在ナイキとジョーダンブランドは別会社になっているため、今後発売されるエアマックスにはエレファントレザーを使用することができないのだとか

現在ナイキとジョーダンブランドは別会社になっているため、今後発売されるエアマックスにはエレファントレザーを使用することができないのだとか

こうして2005年から2006年にかけて発売されたのが、全7種のスニーカーから構成される「アニマルパック」シリーズだ。その中で小島さんが「最もシャープで美しい」と自負しているのが、今回紹介する「エアマックス1 アトモス」。学生時代からお気に入りだった「エアジョーダン3」にも使われている象の肌を模した「エレファントスキン」柄を採用したデザインもさることながら、ラスト(木型)をオリジナルと同じものに戻したことも大きな特徴だという。

「当時復刻発売されていたエアマックス1は、あまり人気がなかったんです。マニアの間では『シルエットが変わったのが原因だろう』と言われていました。オリジナルと比べてみると、形がポテッとしていて美しくないんですよ。一見すると具体的にどこが違うのかは分かりにくいのですが、実は木型が違うんです」(小島さん)

小島さんが「エアマックス1アトモス」でラストの変更を行ったことをきっかけに、以後復刻されるエアマックス1の多くがオリジナルシェイプのラストを採用するようになった

小島さんが「エアマックス1アトモス」でラストの変更を行ったことをきっかけに、以後復刻されるエアマックス1の多くがオリジナルシェイプのラストを採用するようになった

ラストを戻したことで、つま先部分の反りが小さくなった。「マニアしか気にしてないですけど、僕らにとっては重要なことなんです(笑)」(小島さん)

ラストを戻したことで、つま先部分の反りが小さくなった。「マニアしか気にしてないですけど、僕らにとっては重要なことなんです(笑)」(小島さん)

世界で再評価

小島さんは、現在も毎年ナイキと共にエアマックスを作っているという

小島さんは、現在も毎年ナイキと共にエアマックスを作っているという

長年にわたって蓄積したスニーカーへの思いを詰めこみ、満足のいく一足を完成させた小島さん。しかし意外にも国内での売れ行きは振るわなかったという派手なアニマル柄は洋服と合わせづらいと判断されてしまったのだ。

しかし「日本限定」という立ち位置も手伝って、欧米のスニーカーヘッズを皮切りに、その人気はゆっくりと全世界へと浸透していく

 そして小島さんに第二の転機がやってくる。きっかけは、2016年にナイキが開催した歴代エアマックスの人気投票企画だった。このコンテストで「エアマックス1アトモス」は、全世界のナイキファンから最も多くの票を集めたのだ

「最初は全く実感がわかなかったんですが、1位を取ったことで復刻モデルが世界発売されることになったんです。そこから随分色んなことが変わりましたね。アトモスの国際的な認知が目に見えて上がりましたし、様々なビッグプロジェクトが次々に舞い込んできた。手応えを感じましたね」(小島さん)

テニス・フェデラー選手からのオファー

ヒール部分にはプロテニス選手ロジャー・フェデラーのサイン

ヒール部分にはプロテニス選手ロジャー・フェデラーのサイン

2007年に発売されたオリジナルモデルは、その先鋭的なデザインが原因で大ヒットとまではいかなかった「エアマックス1 アトモス」。しかし2017年の復刻時には世界同時発売され、即日完売するという快挙を達成する。そして「史上最高のテニスプレーヤー」とも言われるあの人物からも、こんなラブコールが。

「男子プロテニス選手のロジャー・フェデラーさんからNIKEに『自分のテニスシューズに同じ配色を使いたい』というオファーがあったみたいで、その結果生まれたのが、『ナイキ コート ズーム ヴェイパー RF X エア ジョーダン 3』というモデル。実はフェデラー選手は新宿のアトモスにも実際にいらっしゃって、お互いの『エアマックス1 アトモス』にサインをしあったんです。それだけでも嬉しかったんですが、もっと驚くことがあった。来日直後にフェデラー選手は上海オープンで優勝されたんですが、トロフィーをもらう時に履いている靴をみたら、僕のサインが入っていたんです。あのときは本当に嬉しかったですね」(小島さん)

スポーツ ラボ バイ アトモス新宿の店頭でフェデラー選手の「エアマックス1 アトモス」にサインする小島さん(小島さん提供、2017年10月5日撮影)

スポーツ ラボ バイ アトモス新宿の店頭でフェデラー選手の「エアマックス1 アトモス」にサインする小島さん(小島さん提供、2017年10月5日撮影)

現在アトモスは、日本国内に30を超える店舗、さらにはニューヨーク、韓国、台湾、タイなど海外にもショップを抱え、その数は年を追うごとに増え続けている。小島さんは現在のスニーカーシーンを次のように語る。

スニーカーは世界共通の話題になりつつあります。世界中にエアマックスやエアジョーダンのファンがいて、どんなところが好きかを楽しく話し合っている。僕とフェデラー選手もそうですが、スニーカーが言語や国境と言った『壁』を超えるツールになっているんです」(小島さん)

先日アトモスが発売したエアマックスの歴史を振り返った書籍「VISIBLE by atmos AIR MAX MAGAZINE」 (1390円)はエアマックスの歴史を振り返る教科書的な1冊

先日アトモスが発売したエアマックスの歴史を振り返った書籍「VISIBLE by atmos AIR MAX MAGAZINE」 (1390円)はエアマックスの歴史を振り返る教科書的な1冊

文字通り「エアマックスドリーム」をつかんだ小島さんにとって「エアマックス1」とはどんな一足なのだろうか。質問を投げかけるとこんな答えが返ってきた。

「人生を変えてくれた一足ですね。そして、いまだに履いている一足でもあります。30年以上前にデザインされたモデルなんですが、時を経た今も全く色あせないのが凄い。もしかするとナイキで一番美しいモデルかもしれませんね。マニアの友達とも『ノンアルコールでも朝まで語り尽くせる一足だよね』とよく話しています(笑)」

「やっぱりサイドが美しいと思うんですよ。外側とは異なる内側のデザインも見てほしいです」(小島さん)

「やっぱりサイドが美しいと思うんですよ。外側とは異なる内側のデザインも見てほしいです」(小島さん)

アトモス公式サイト
https://www.atmos-tokyo.com
エアマックス1 アトモス
17,280円(税込)※完売

取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

PROFILE

吉田大

ライター・編集者。大学卒業後、児童書出版社勤務を経て、フリーランスに。ファッション、アート、音楽、ストリートカルチャーから、政治経済、社会問題、テクノロジー、グルメに至るまで、多岐にわたるジャンルにおいて、長年に渡り執筆活動を続けている。趣味は自転車と立ち食いそば店めぐり。お酒や煙草を嗜まないストレート・エッジな生活を送っている。

リーボックのプロが行き着いたスニーカー「クラシックレザー」

トップへ戻る

ミズノ社内がざわついた「ウエーブライダー 1」の復刻 

RECOMMENDおすすめの記事