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黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

築47年の『中銀(なかぎん)カプセルタワービル』の中には、子どもの頃に思い浮かべていた未来の風景があった。埋め込み型カラーテレビ・テープデッキ・ステレオレシーバー等の情報処理装置に、書類棚・折り込み型デスク・照明等のデスクユニット、バスタブ・シンク・トイレの水回りが、わずか10平米の空間=カプセルに詰め込まれている。

建築家の黒川紀章氏がビジネスパーソンのセカンドハウス・オフィス・都会の別荘を目的に設計したメタボリズム建築の代表作は、極限まで無駄を削ぎ落とした空間に、当時の最新設備が詰め込まれている。“円”を効果的につかったデザインは、現代に生きる私たちにも、SFの世界の建物のような印象を与える。

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

地上13階と11階建ての2棟の躯体には、140個のカプセルがはめ込まれ、20~25年ごとにカプセルを交換して、“新陳代謝”することで建物を残す「メタボリズム」の発想で建てられた。しかし、47年経ってもカプセルは一度も交換されず、給排水管の老朽化や雨漏りは深刻な課題になっている。外側には、剥がれた外壁の塗装が歩道へ落下するのを防ぐためにネットがかけられ、傷みが激しく使えないカプセルもある。

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

だが、お湯が出ない、キッチンと洗濯機置き場がない等のマイナス面をものともせずに、このビルを愛しながら暮らす住人やオフィスとして利用する人も多い。さらに近年は、音楽を聴くため、コレクションを並べるためなど趣味に没頭する空間としてカプセルを借りる人も増えているという。

かつては、ミニマルライフ・タイニーハウス・多拠点居住をテーマに暮らし方の選択肢を増やすことで豊かな暮らしを提案する団体『YADOKARI』が入居し、カプセル内を自分たちでリノベーションしながら事務所として利用していた。

個性的な“ハコ”には個性的な利用者が集まり、今では約100カプセルが月に1日以上稼働しているという。

2015年に管理組合により民泊禁止となったが、それまではAirbnbが発表する『世界の人気宿泊先トップ40』にアジアで唯一ランクインするなど、海外での人気も高い。このような背景から、中銀カプセルタワービルの保存を目的に2014年に任意団体『中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト』が立ち上げられ、2018年10月に1カ月の短期賃貸契約『マンスリーカプセル』をスタートした。「入居の順番待ちが出るほど人気です」と話すのは、プロジェクトの代表を務める前田達之さん。

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

中銀カプセルタワービルに集まる、愛すべき住人たち

2010年に初めてカプセルのオーナーになった前田さんは、現在では15カプセルを所有している。「住まいを交換しながら暮らす発想が面白くて、建築としての価値にひかれた」という前田さんが9年間で所有するカプセルを15まで増やしたのは、1カプセルにつき1議決権を持つ管理組合で発言力を高めるためだ。

「このビルは、常に取り壊しの危機にさらされています。取り壊し決議を回避するために管理組合での議決権が必要で、気がつけば15カプセルを所有することになりました。僕自身も偏愛だと感じるのですが……ここに集まる人たちも”偏愛”が強すぎる人ばかりです(笑)。建築関係はもちろんアート関係やミニマリスト、狭い空間を愛する人もいます。かつては場所柄、銀座のスナックのママさんが日本髪を結って出て行く風景も見られました。こんな個性豊かな人が自然と集まってくる建物は、なかなかないと思います」(前田さん)

“新陳代謝”で維持されるメタボリズム建築として、ここまで建築家の思想が外観に表れた建物も珍しい。完成から47年、廃虚になったカプセルから、海外アーティストの作品となったカプセルまで、一つひとつのカプセルにストーリーがあり、すでに建築を超えてアートの領域に入っているようにも感じる。

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

『中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト』代表の前田達之さん

この愉快な“カプセル民”同士の飲み会が発端で実現したアイデアがある。クラウドファンディングで支援を募って、2015年10月に書籍『中銀カプセルタワービル 銀座の白い箱舟』(青月社)を出版したのだ。日常でカプセルを使う人々を取材して建物の魅力を伝え、保存活動がどう進んでいるのかを知ってもらうための出版プロジェクトには、目標金額150万円を超え、323名から203万6000円が集まった。

「遠くから来るのは無理だけれど、クラウドファンディングであれば支援をしてくれるのではないか、というアイデアから本が生まれました。支援のリターンとしてカプセル内の見学会を実施したところ好評で、今では定期的に見学会を実施しています」(前田さん)

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

窓際にまとめられたオーディオ機器。カプセルは滋賀県の工場で製造され、銀座まで2個ずつトラックで輸送されたという

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

バスタブとシンクは、“円”を要所で使ったレトロと未来感が同居したデザイン。現在は、給湯設備の故障のためお湯が出ない

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

不動産の価値としては首都高が目の前にある立地はマイナス要因だが、カプセルでは首都高も借景に必要な要素だと感じられる

時代ごとに価値が変わってきたビル

1972年の竣工(しゅんこう)当初、中銀カプセルタワービルは、北海道や九州などから上京してカプセルに泊まり、銀座で買い物や歌舞伎見物をして帰るという“逆別荘”としても使われていた。バブル期には不動産投資の対象になり、バブルが弾けると、老朽化に伴い不動産的価値がなくなっていく。2007年には管理組合の総会で建て替え決議が採択され、ビル解体の危機が訪れる。しかし、リーマンショックで建て替えをする予定のゼネコンが倒産。取り壊しがされないまま、現在に至っている。

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

「一度建て替えが決まった当初は、1カプセル100万~200万円で“投げ売り”されたこともあったようです。しかし、低価格のタイニーハウス(小さな家)や小屋ブームが始まり、また、近代建築の価値を見直す人も増えてきました。最近では、1カプセル1000万円程度で取引されているのを見ると、少しずつ中銀カプセルタワービルの価値が見直されてきたように感じます」(前田さん)

また、先述のクラウドファンディングによる出版にも効果があった。2015年、出版時のカプセルの賃料は約6万円だったが、賃貸でカプセルに住めることが知られはじめ、近年の賃料は7万~8万円程度で推移しているという。さらに、海外ミュージシャンのライブや映画上映会の開催、カプセルをテーマにアート作品を作るといった、アート関係の企画の持ち込みも増えているそうだ。

一方で、2018年には土地のオーナーが変わり、解体・建て替えの動きも進んでいるという。建物の保存派と建て替え派は拮抗(きっこう)しており、取り壊し・建て替えがどうなるかは未知数だ。

黒川紀章の『中銀カプセルタワービル』築47年の部屋が生み出す“不動産”以外の価値

『無印良品』がコーディネートしたカプセルは、『マンスリーカプセル』を利用して宿泊できる

「カプセルは建物の“付属物”で、古くなったら交換するという思想で建てられたビルです。今の状態で残していくのではなく、カプセルを交換してようやく、黒川紀章さんが望んだ『メタボリズム』が完成します。私たちは、メタボリズムの完成が見たい。そうすれば、紀章さんも喜ぶと思いませんか?」(前田さん)

不動産を資産価値という視点で判断すれば、中銀カプセルタワービルの価値はもう無いのかもしれない。しかし、不便さえも愛して暮らす人やアート作品として建築を所有する人がいて、国内外からその姿を見たいという人が引きも切らず訪れるという事実もある。

建築物自体も住人も強烈な個性を放つ中銀カプセルタワービルは、新たな価値を見いだされて今後も維持されていくのか? このビルの動向には、多くの視線が集まっている。

(文/石川歩、写真/白松清之)

石川歩

編集者・ライター

モータースポーツ系出版社、不動産ポータルサイトの編集者を経て、フリーランスに。主にスポーツ・暮らし・不動産関係のWEB・紙媒体で執筆と編集を手がけつつ、分野外の人物インタビューも行う。

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