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「高知を旅して、最も正体不明だった観光地」砂浜美術館で見たもの

47都道府県ごとに1冊ずつ、その土地らしさとは何かを探して編集した観光ガイド「d design travel」。「d design travel」と&Mがコラボし、「d design travel」の一部を転載して紹介する企画を始めます。今回は最新号「高知」から、砂浜美術館をとりあげます。毎年5月に開かれる「Tシャツアート展」(今年は5月2~7日)のキーワードは、「ひらひら」だとか。

「d design travel 高知」 表紙:「食パンを持ったバタコさん」(C)やなせたかし

「d design travel 高知」 表紙:「食パンを持ったバタコさん」(C)やなせたかし

砂浜美術館って、何ですか?

高知県を旅している中で、最も正体不明だった観光地。それもそのはず、年に数回開催される企画展以外の日は、“何の変哲もない砂浜”が広がっているだけ。

主なイベントは、初夏の『Tシャツアート展』と、秋の『潮風のキルト展』で、共に開催期間はたったの数日間。

では、それらのイベントが開催していない時に訪れた場合は、いったい何をしたらいいのか。簡単に言うと、形のない美術館。どういうことかというと、町にある全てのものを作品と捉え、館長はなんと「ニタリクジラ」。もはや人ではないが、砂浜に打ち上げられた流木や、松林を散歩するお爺ちゃんだって、ここでは作品になる。

街をホテルにしたり、電車をステージにしたり、商店街を劇場にしたり、廃校を水族館にしたり、今でこそ本来の利用目的とは異なる場所に見立てて、地域を再生する事例は少なくない。しかし、この「砂浜美術館」の創設は、1989年。恐らく、誰もが度肝を抜いた出来事だっただろう。

(C)D&DEPARTMENT-PROJECT

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私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。

創設当初から美術館に関わるデザイナー梅原真さんが、大方町(現黒潮町)にファクスしたフレーズだ。ものの見方を変えると、いろいろと発想が湧いてくる。

過疎化が進む日本中の地域の悩みだけでなく、自然や環境といった地球規模の課題を解決するには、新しい考え方や感性が必要。都会から有名建築家を招いて、斬新な観光施設をドカンと建てるのではなく、高知県黒潮町という世界中にここにしかない「町」こそが美しいという。驚くと同時に、この考え方に共感したメンバーは、新しい黒潮町のために動き始めたのだ。それが、この「砂浜美術館(以下『砂美』)」の始まりだった。

お薦め“砂美ツアー”

砂美のある黒潮町は、高知県でも西南部。年間を通して気候は温暖。鰹(かつお)の一本釣り漁も盛んで、その日に水揚げされた新鮮な鰹は、町内の「カツオふれあいセンター 黒潮一番館」でいただける。高知名物「藁(わら)焼き鰹たたき」も自分で焼くことができるので、一度は訪れてみてはどうだろう。とっておきの食べ方は、ご飯少しと鰹のたたきを数枚残しておいて、「湯かけ」にする方法。鰹の出汁がジュワッとご飯と混ざり合って、たまらなく美味しいのだ。そう、この「鰹のたたき」だって、砂美の作品。

(C)D&DEPARTMENT-PROJECT

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黒潮町の海水と気候を利用してつくられる「天日塩」もまた、砂美の作品。“砂美の名産”のサトウキビからは黒糖がつくられ、その黒糖を使ったお菓子「BOKA NUTS」さえも、もちろん作品。館内は、海だけでなく山にも広がっていて、若山楮(こうぞ)を使った「和紙」も作品。しかも、それぞれ体験プログラム(要予約)も用意されていて、その全てが作品であり、インスタレーションにもなる。「ホエールウォッチング」や「キャンプ」まで、さまざまに砂美の館内を巡って、お気に入りの“収蔵作品”を探すのもいいだろう。

(C)D&DEPARTMENT-PROJECT

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それでもやっぱり航空券を押さえてピンポイントで行きたいのが、ゴールデンウィークの『Tシャツアート展』。全国から公募で集まる作品は、1000以上。オーガニックコットン製のTシャツにプリントされ、間伐材、ロープ、洗濯ばさみだけを使って、メイン会場・入野の浜に展示される。

(C)砂浜美術館

(C)砂浜美術館

梅原さんによるクオリティーの高いチラシも、その「伝え方」のセンスも絶妙で、「ひらひら」と添えることで、子どももお年寄りもTシャツが青空の下でひらめく様子を共有できる。「私たちの町には美術館がありません」という粋なフレーズのもと、強い創意が砂浜を立派な美術館にしているのだ。

(C)砂浜美術館

(C)砂浜美術館

期間中は、『ぶらぶら』という海岸ウォーキングツアーも企画され、『砂浜の教室 青空じゅぎょう』や『砂浜ウェディング』(!?)、そして、砂浜を走るマラソンランナーを作品に見立てた、『シーサイドはだしマラソン』が開催されるなど、一日あっても体験しつくせない内容。秋の『潮風のキルト展』や、冬の『漂流物展』など、砂美のイベントは、多岐にわたる。

(C)D&DEPARTMENT PROJECT

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(C)砂浜美術館

(C)砂浜美術館

美しい命を守ること

黒潮町だけではなく、高知県は、「地域デザイン」が得意のように思える。その土地にしかないモノのデザインだけでなく、それは、砂美のような「町」も同じようにデザインされているのだと思う。『高知遺産』や『マッチと街』なども、展覧会や書籍を通して、町の価値を再認識させるデザインであり、それを住民が面白がっているのも高知ならではだろう。

砂美が生まれて、2019年で30年を迎えた。今では日本中が、地震や台風といった自然災害への取り組みは欠かせない時代。特に黒潮町は、南海トラフ巨大地震の新想定で、高さ34メートルという日本最大級の津波が襲うと推計されている。町内の6カ所に避難タワーが建設されていたが、砂美には、東北で見るような巨大な防潮堤はなかった。

砂美の発起人の一人であり、役場の情報防災課長だった松本敏郎さんによると、防災対策ではなく、防災思想から進めていったという。一軒一軒避難のカルテをつくり、ワークショップを1500回以上、毎晩のように繰り返した。

これも砂美を続けてきたからこその「考え方」だった。住民みんなに「諦めない」という意識が備わり、巨大な防潮堤を造るという議論さえ生まない状況をつくったのだ。

世界中で“ひらひら”

(C)砂浜美術館

(C)砂浜美術館

ちょうど僕が訪れた日は、『潮風のキルト展』が終わった頃だった。跡形もない長閑な入野の浜を、目的なしに歩いたことがある。犬の散歩に来るお年寄りや、サーフィンをする若者、砂浜を駆けずり回る子どもたち。波打ち際に無数の貝殻が打ち上がる――それは、砂美の日常の風景だった。何の変哲もない美しい砂浜だが、僕には大きな町のようにも思えた。

今では、『Tシャツアート展』は、土佐湾から太平洋を渡って、相模湾やインド洋で“ひらひら”。モンゴルやハワイ、ガーナやパラグアイなどでも開催され、世界中で“ひらひら”している。

2012年に開催された、被災跡が残る宮城県気仙沼での『Tシャツアート展』。洗濯もののようにたくさんのTシャツがはためく光景が、どこか幸せな日常の象徴のようだった、と「楽芸員」の西村優美さんは語る。いつまでも変わらない風景が何よりも幸せなのだ。

砂美は、雨の日には床が硬くなり、天井はネズミ色で雨漏りもする。また晴れの日には、空調が壊れて汗だくで居ても立っても居られないかもしれない。しかし、この黒潮町に暮らす住民や、その子どもたちにとっても、この30年以上続く美術館の存在意義は大きい。世界中の人々が日常に幸せを感じられるよう、その土地本来の姿を導く「砂浜美術館」。「平和であり続けたい」という心が通った、高知県ならではの“美しい町”だ。

(C)D&DEPARTMENT-PROJECT

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文・d design travel 編集長 神藤秀人

d design travel KOCHI
https://www.d-department.com/item/D_DESIGN_TRAVEL_KOCHI.html

砂浜美術館
http://www.sunabi.com/

高知をテーマにした落語会、4月19日に高知県で開催
https://static.d-department.com/jp/d47-rakugo

D&DEPARTMENT PROJECT
https://www.d-department.com/

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PROFILE

d design travel編集部

ロングライフデザインをテーマに活動するD&DEPARTMENT PROJECTが、47都道府県それぞれにある、その土地に長く続く「個性」や「らしさ」を、デザイン的観点から選びだした観光ガイド「d design travel」をつくっている。

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