働き方のコンパス

「自分の仕事が評価されない」と思ったら、会社の価値基準に合わせてみては

「働き方のコンパス」は、ビジネスパーソンの悩みに、哲学者や社会学者、経済学者などの研究者が答えていくシリーズです。それぞれの学問的な見地から、仕事の悩みはどう分析できるのでしょうか。回答者は、社会学者の富永京子さんです。

「自分の仕事が評価されない」と思ったら、会社の価値基準に合わせてみては

 今回の回答者

社会学者
立命館大学 産業社会学部 准教授
富永京子さん
若くして立命館大学産業社会学部准教授となった社会学者。主に社会運動や政治活動について、生活領域からアプローチする研究をおこなっている。大学に就職したはいいものの、自身も優秀すぎる同僚たちについて行けず悩んでいる着任5年目。

今回のお悩み

 Q.会社の評価基準があいまいで、“ごますり”が横行しています

今の会社には、自分のやりたいこととマッチした仕事があったので入社したのですが、給与体系や評価基準が不透明で、自分の何を、どう評価されているのかが見えません。企業規模は大きいのですが、評価がどうも印象で決まっているようで、仕事ができる人よりも、仕事ができない人の給与の方が高いこともあり、上司への“ごますり”が横行しています。先にも言いましたが仕事内容には満足しています。でも上司にゴマをすって、「いい子」を演じていなければ給料があがらない、やりがい搾取にそろそろ耐えられなくなってきました。転職したほうがいいのでしょうか? それとも、会社が変わるように嘆願し、変化を待つべきでしょうか?(28歳、女性、小売業)

A.あえて会社の求める「いい子」を演じてみては

「仕事」と「仕事でないこと」の境目は?

自分は組織において、本来評価されるべき「仕事」をやっているのに、「仕事ではないこと」が評価されるなんておかしい……というご相談だと感じたのですが、あなたが「仕事」「仕事ではない」と考えているそれぞれのことについて、一緒に少し考えてみませんか。

なぜ、私がこんなことを考えたかというと、あなたが「やりがい搾取」という言葉を使っていたためです。やりがい搾取とは、「憧れの業界で働けているんだぞ」「この仕事が好きでやっているんだろう」などとやりがいを強く意識させることで、被雇用者を不当に低い報酬や悪い条件で働かせ、企業側が利益を得ることです。
 
だから、最初「この方の場合、いい子を演じさえすれば、給料や評価が上がるのだから、『やりがい搾取』とは言えないのでは……?」と思ったのですが、たぶん、あなたにとって、あなたが今やっている「仕事」以外のことは、組織にとってもあなた自身にとってもやる必要のない、そもそも、あえてするという選択肢自体が排除される行動なのでしょう。

この相談を読んで、私はあなたが敵視している同僚に思いをはせてしまいました。というのも、私はいわゆる、あなたが「ごますり」とするような要素、つまりネットワークとか対人能力とかいう要素があったために、早く大学教員になったのではと言われてきたからです。

あなたの言う「仕事」はおそらく大学教員で言うところの「論文を書く」とか「教育ができる」とか、そういったものでしょう。それ以外の要因で大学教員になったのでは、と言われることはけっこうありました。

私がどういう基準で就職できたのかは分かりません。ただ、このディスりから分かることは、彼らの中にも、研究者がすべき「仕事」と「仕事ではないこと」の区分が明確にあったということです。さらに言えば「仕事」の側において、私は不十分に見えたのでしょう。

あえて「仕事でないこと」をする人々

あなたの「いい子を演じる」という言葉を聞いて、一つ思い出した理論があります。アーヴィング・ゴッフマンという人の理論です。会社にせよ、学校にせよ、ある社会は人々に「役割」(ここでいう「仕事」)を与えます。あなたの仕事が詳しくわからないけれども、例えば大学教員の場合……あまりいい例えがないのですが、学生に教える、論文を書いて社会に貢献する、ということが「役割」なわけですね。

小売業であれ大学教員であれ、役割をまっとうしないと、社会のシステムがまわらない。つまり、あなたの会社が利益を獲得できないし、大学も教育・研究機関としての機能を果たせない。

ここであなたは、「え、じゃあいいじゃん。仕事をして、自分の役割を果たしている人がそれなりの待遇を得るべきじゃないの?」と考えるかもしれませんが、ここからがゴッフマンの理論の面白いところです。

ゴッフマンの観察した役割の中に「外科医」があります。外科医は当然、人の命を預かっているわけですから「仕事」とされる手術中は真剣でなければならないんだけど、実はそうしない。真剣に手術に専念するという「役割」をまっとうしないのです。

緊張で張り詰めた場だからこそ、研修医や看護師の前であえてくだけた態度を取る。つまり、たびたび自らの外科医としての「役割」から、あえて離れようとする。このことを、ゴッフマンは「役割距離」と呼びました。

私は大学教員ですが、いつも学生に「教える」ばかりではありません。あえて無知を表明して、学生から「教えられる」立場に立とうとすることもあります。それは学生に対して、リラックスして自分の意見を話してもらうためです。外科医や大学教員に限らず、そういった「役割距離」はどの仕事にもあるのではないでしょうか。

いい子を演じるのも、悪くない

「仕事(役割)」と「仕事ではないこと(役割距離)」の話に戻りましょう。ここまでの話で、役割距離にもそれなりの価値があることも分かっていただけたかと思います。ただ、あなたが抱えている疑問は、どうも会社において本来果たすべき「役割」ではなく、「役割距離」の側が評価されているんじゃないか、それでは本末転倒じゃないか……ということですよね。

あなたはさとい人なので、会社が求める「役割」を取得することができるなら、「役割距離」をとることもできるはずです。いったん、組織の価値基準に合わせて行動を変えてみませんか?

「それをするのが嫌だから悩んでいるんだ」と思うかもしれませんが、別に価値観や信念を曲げなくてもいいのです。人格のチャンネルを、働くときだけ少し会社に合わせる、という感覚。それこそ「演じる」という言葉がしっくり来ると思います。

もちろん、セクハラ・パワハラなど倫理的に問題のあることを受け入れろと言われるのであれば、やらなくてもいいです。すぐにその会社は辞めましょう。でも、そうでないなら会社の基準に合わせて演技するだけで評価されるのですから、やってみる価値はあります。

やってみてつらくなければ、そのまま働き続ければいい。上司との関係も良くなるし、給料も上がるし、何も問題はありません。でも「自分を偽ってまで評価されたくない」という思いが募るのであれば、転職しましょう。ただ、あなたの考える「仕事でないこと」が評価されたり、それをやらなければいけない局面はどういった組織であれついて回るでしょう。

仮に転職するということであれば、まだ設立してから時間が経っていない会社がいいと思います。評価が確立され、それに沿って各人が役割を遂行しているような組織は、歴史が長く、規模が大きいほど評価体制を変える可能性は低いのではないでしょうか。

きっとあなたは真面目な方なので、「評価」という言葉で自分を縛ってしまうかもしれませんが、社会によって「役割」と「役割距離」とされる行為が異なってくるのと同じく、評価されるべき要素も変わってきます。辞めるということをネガティブに捉えずに、あくまで、会社と相性が悪かったから、と思ったほうがいいですね。評価のせいと考えると、違う会社に勤めてもまた評価のことで葛藤が生まれるからです。

私は実のところ、あなたの会社は実はそれほど悪いところじゃないとも思っています。ゴッフマンは、役割から距離を取ることによって効果的に本来の役割を果たすことができるとも言っていますし、そうした役割距離に寛容な組織というのは、それだけ個人の自由を許容する組織とも言えるのではないでしょうか。

あなたが「ごますり」と呼んで嫌がっているそのしぐさにこそ、その人の個性とかクリエーティビティーが表れるかもしれないし、そういう仕草が本来の「役割」を効果的に見せるのかもしれませんよ、と「役割」をまっとうしきれない人間としては思うのです。

悩めるあなたにこの一冊

柚木麻子『ナイルパーチの女子会』文春文庫

「自分の仕事が評価されない」と思ったら、会社の価値基準に合わせてみては

大手総合商社の総合職として勤める主人公・志村栄利子が、同年代の主婦・丸尾翔子と知り合ったことから始まる奇妙な友情の物語。自らの「役割」に翻弄され、他者との距離感を失っていく主人公の描写が見事です。個人的な見どころは、栄利子が社内において、ある一般職の女性たちの「役割」を離れた交流を見るワンシーンだと思います。あなたの目から、栄利子と一般職の女性たちがどのように見えるか、ぜひ、感想を聞かせてほしいです。

(文・崎谷実穂)

富永京子(とみなが・きょうこ)
1986年生まれ。2009年、北海道大学経済学部経済学科卒業。2015年、東京大学大学院 人文社会系研究科 社会文化研究専攻 社会学専門分野 博士課程修了。2012年から2014年まで、日本学術振興会特別研究員。現在、立命館大学産業社会学部准教授。社会学的な視点から、人々の生活における政治的側面、社会運動・政治活動の文化的側面を捉える。著書として『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)、『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版)、近刊に『みんなの「わがまま」入門』(左右社)。

「仕事のやる気がでない」ときは、周りについて行けば大丈夫です

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