本を連れて行きたくなるお店

イスラエル料理店の「ファラフェルサンド」で中東旅行気分 石田ゆうすけ『洗面器でヤギごはん』

カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。本とお酒を愛する編集者で鰻(うなぎ)オタクの笹山美波さんは、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れて行ってくれます

「大型連休、旅行へ出掛けるならどこへ行きたい?」と聞かれたら、食い意地の張っている私は食べたい物がある土地を挙げるだろう。中国の四川料理やメキシコのタコスなど、気になる食べ物がたくさんある。

しかし、せっかくの大型連休も、仕事の都合で東京に残らざるを得なくなり、旅行は夢のまた夢。事情は違えど同じ「居残り組」の方も多いだろう。仕方ないとはいえ、周りが浮かれているのを見ると羨ましくなる。それに、旅先ならではのご飯を自分だけ味わえないと思うと、なんだか悔しい。

旅行への欲求を少しでも満たそうと、このごろ、石田ゆうすけさんの紀行エッセイ『洗面器でヤギごはん』を読んでいた。この作品には、自転車で7年半かけ世界一周した石田さんの、世界各地の食事の思い出がつづられている。

読むほどお腹が空いてくる、食と人の思い出が盛りだくさん

『洗面器でヤギごはん』は、国ごとの短編エッセイが3ページ程度で書かれているので、移動中など短い時間で気軽に読める

『洗面器でヤギごはん』は、国ごとの短編エッセイが3ページ程度で書かれているので、移動中など短い時間で気軽に読める

石田ゆうすけさんは、約3年の社会人生活で貯めた500万円を旅の資金に1995年に日本を発った。アメリカ大陸を横断したあと、アフリカ、ヨーロッパ、アジアまでを自転車で移動。合計なんと約9万5000キロメートル、87カ国を7年半かけて走り切った。

旅にトラブルはつきもの。自転車の故障はもちろん、強盗に遭ったり、食中毒にかかったりなどヒヤリとするタイミングが幾度もある。一方で、現地の方が厚意で家に宿泊させてくれ、食べ物を分けてくれる心温まるシーンもたくさんあった。

そんなドラマとともに、食べた料理が国ごとに紹介されている。例えば、中米ベリーズの中華レストランで食べた、250円の焼き飯。シーフード大国のチリの市場で贅沢(ぜいたく)食いした、一つ40円で買えるウニ。パキスタンで宿主のおじいさんが作ってくれた、日本の味に似たオムライスなど。

どんな見た目で、どんな味がするのだろう……。食べたことのない異国の料理が、魅力的なシチュエーションでどんどん紹介されるので、興味をそそられっぱなしだ。

本で読んだファラフェルを食べに、イスラエル料理店「シャマイム」へ

最も食欲をそそられたのがイスラエルの章だ。ファラフェルという、ひよこ豆を潰して丸め素揚げした料理のサンドイッチの描写に心がひかれた。

――かじると衣がカリッと音をたて、そのあと豆のふっくらとした旨味が靄(もや)のように広がる。これを野菜とともに薄いパンにくるんだり、はさんだりしてたべる。この“サンドイッチ”が1個10円から20円という安さだ。繁華街を歩けば、そこかしこでファラフェルが揚げられ、サンドイッチが手渡しで売られている。いわばアラブ人のファーストフードである。中東諸国を南下しながら、僕は毎日のようにそれを食べた――。『洗面器でヤギごはん』

読みながらよだれを垂らしてしまった。いてもたってもいられなくなり、訪れたのは練馬区・江古田の「シャマイム」。1995年から駅前の商店街で営業する、日本初と呼ばれるイスラエル料理店だ。

シャマイムは江古田駅前の商店街の2階にある。旧約聖書に記されたヘブライ語の「天」から名付けられた「シャマイム」。それにちなんで店内も空色に塗られている

シャマイムは江古田駅前の商店街の2階にある。旧約聖書に記されたヘブライ語の「天」から名付けられた「シャマイム」。それにちなんで店内も空色に塗られている

さっそく「ファラフェルセット(スモール、1300円)」を注文。セットにはファラフェル、4種のスパイスサラダ、ピタパン、タヒニと呼ばれるゴマのディップ、青唐辛子をスパイスとともに叩いたスパイシーソースがついてくる。色鮮やかでおいしそうだ。

まずはスパイスサラダをそれぞれ食べてみる。いろんな食感の野菜に、香り高いハーブ、爽やかなレモン、ガツンとくるガーリックなどバリエーション豊富な味付けがほどこされており、これだけをつまみにビールが何杯でも飲めそうだ。家やお店でいろんなお惣菜をつまんでいる時のような懐かしい充実感もあって、心が満たされる。

左上から時計回りに、トマト&ガーリック、イスラエルフレッシュサラダ、スパイシーキャロット、マッシュルーム&オニオン

左上から時計回りに、トマト&ガーリック、イスラエルフレッシュサラダ、スパイシーキャロット、マッシュルーム&オニオン

ファラフェルをひと口かじると、ふくよかな豆の香りの中に枝豆のような青さを感じる。クミンやコリアンダーなどのスパイスや、ゴマをふんだんに使っているので想像より香ばしい。カリカリ、ザクザクの食感が後を引く。

ナイフで2つに割ってみると綺麗な緑色をしているのに驚いた。ひよこ豆にレンズ豆も組み合わせて使っているため

ナイフで2つに割ってみると綺麗な緑色をしているのに驚いた。ひよこ豆にレンズ豆も組み合わせて使っているため

最後にこれらを全てピタパンに入れて、タヒニとスパイシーソースをかけてかぶりつく。どんな味が待っているのだろう……。

ファラフェルサンドは現地でおなじみのファーストフード。石田さんによると、パレスチナ問題で対立するユダヤ人もパレスチナ人も、どちらもファラフェルサンドを食べる

ファラフェルサンドは現地でおなじみのファストフード。石田さんによると、パレスチナ問題で対立するユダヤ人もパレスチナ人も、どちらもファラフェルサンドを食べる

これはおいしい! サラダやファラフェルのいろんな味わいが、コクのあるタヒニでまとまって、スパイシーソースの酸っぱ辛さがアクセントになっている。シャキシャキ、ザクザク、食感も良く食べる手が止まらない。途中で注文したイスラエルビールにもすごく合う。こんな大傑作なら、毎日食べても飽きずにいられる。すっかり魅了されてしまった。

イスラエルでシェアNo.1、最もポピュラーなラガービール「ゴールドスター(760円)」

イスラエルでシェアNo.1、最もポピュラーなラガービール「ゴールドスター(760円)」

紀行文と外国料理店が、私を旅に連れて行ってくれた

食事を終えて周りを見渡すと、客席には外国人の方も何人かいた。しかも、壁にはイスラエルの英雄とも呼ばれる、故ラビン首相の写真が飾られており、BGMもヘブライ語の音楽だ。ここが江古田というのが信じられなくなる。イスラエルへ行ったことはないが、日本にいながらお腹、目や耳でイスラエルを感じることができた。

旅に出ずとも、紀行文を読んで想像力を働かせ、少し足を伸ばして外国料理店へ行くだけで、こんなにも充実した1日になった。何かから少し解放された気分である。

なぜ今まで思いつかなかったのだろうか。もしかすると、休日の予定だけでなく自分の気持ちまで仕事で縛りつけ、視野が狭くなっていたのかもしれない。

良い本とお店が、私を旅に連れて行ってくれ、心の持ちようまで変えてくれた。

シャマイム
東京都練馬区栄町4-11TMビル2F
03-3948-5333
営業時間:月曜日17:00~24:00(L.O.23:00)、火曜日~日曜日11:30~24:00(L.O.23:00)
毎月最終金曜日はプロダンサーによるベリーダンスショー有
https://www.shamaimtokyo.com/

PROFILE

笹山美波

「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのWebプロデューサー、マーケター。ライター。鰻オタク。東京と食に関連する歴史/文化/文学/お店を調べるのがライフワーク。

勤め人の飲み会は“明るくておかしくて、でも少しかなしい” 椎名誠『新橋烏森口青春篇』

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