インタビュー

ワールドカップアメリカ戦は「山王に挑む湘北の気持ち」 栃木ブレックス・比江島慎選手

穏やかな人だ。バスケットボール男子日本代表が21年ぶりに自力でワールドカップ出場を決めた立役者で、日本代表のエース・比江島慎選手(ひえじままこと・栃木ブレックス所属)の第一印象だ。心根の優しさが伝わる目で、真っすぐな言葉を話す。ワールドカップに続き、東京五輪への出場も決まった日本代表に欠かせないトップアスリートであることを忘れてしまうほど、柔らかな雰囲気でインタビューが始まった。

世界No.1との対戦を前に

ワールドカップ本大会の組み合わせで日本はグループEに入り、アメリカ(世界ランク1位)・トルコ(17位)・チェコ(24位)と対戦する。世界ランク48位の日本から見ればどのチームも格上だが、特に3戦目で当たるのは、あのアメリカだ。

「対戦相手を聞いて、正直“マジかよ”と思いました。グループ突破を目指すならアメリカは最も当たりたくない相手だけれど、純粋にアメリカと戦ってみたい自分もいます。僕はワールドカップに出たことがないので、その舞台は未知の世界で、1勝するだけでも快挙だと思う自分と、そんな小さな目標では気持ちの面で負けていると思う自分もいて……あー! 本当に複雑な気持ちです。ワールドカップまでにまずはメンタルを整えて自分の土俵をつくる、そこから始めます。今は、『スラムダンク』でいうと湘北が山王との試合を前にしたときの気持ちです」

 比江島慎選手

4連敗中、“日の丸”の重圧のなかで

日本代表にとって、本大会出場までの道のりは厳しかった。昨年の1次予選で4連敗していきなり敗退の危機を迎えた。大学3年でトップクラスの日本代表候補に初選出されてから7年、日本のエースと呼ばれる存在になった比江島にとっても、この4連敗はタフな経験だったという。

「国を背負う重圧はとても感じていて、その重さに押しつぶされそうになるときもあります。特に、最初に4連敗したときは、もうヤバくて、気持ちがどーんと落ちて、あのプレーはこうしておけば良かったとずっと考える毎日が続いて、しばらくは何をしても楽しくなかったです」

比江島慎選手

2018年6月に千葉ポートアリーナで行われたオーストラリア(同10位)戦は、負ければ予選敗退の可能性もある崖っぷちの試合だった。1976年のモントリオール五輪までさかのぼっても公式戦で勝ったことがない格上の相手に、日本は79-78で勝利する。

この試合から、日本国籍を取得したBリーグ初年度の得点王ニック・ファジーカスと、NBA入りが期待されている米ゴンザガ大の八村塁が加わったことでチーム力がアップしていた。新たなメンバーと共にスターターで出場し、6得点・8リバウンド・6アシストをあげた比江島は、この試合を「日本バスケ界において歴史的な勝利だと思う。あの試合はすごかった」と振り返る。勢いにのった日本は、そこから8連勝してワールドカップ出場を決めた。

ワールドカップアメリカ戦は「山王に挑む湘北の気持ち」 栃木ブレックス・比江島慎選手

W杯出場を決め、おそろいのTシャツを着て撮影に応じる比江島選手ら(2019年2月24日、ドーハ)=加藤諒撮影

慎みのある日本代表は……

比江島は、どのような精神状態でワールドカップ予選に臨んでいたのだろうか。「勝利の自信はあったのか?」とたずねると、「基本的にぼくは、自信を持てない選手なんです(笑)。ただ、ワールドカップ予選は自分でもわからないくらい人格が変わって、『オレのほうが上手(うま)い』『オレが勝つ』と思えた。自分がやらなきゃいけないという気持ちになった」と答える。

ワールドカップアメリカ戦は「山王に挑む湘北の気持ち」 栃木ブレックス・比江島慎選手

イラン戦でシュートを決める比江島選手(2月21日・テヘラン)=加藤諒撮影

2019年2月25日、ワールドカップ最終予選を終えた日本男子は、帰国した空港で多くのメディアとファンに出迎えられた。自力でつかみ取った21年ぶりのワールドカップ出場で、代表選手は注目され、取材数もケタ違いに増えた。アスリートにとって日本代表としてメディアに取り上げられることは名誉で、うれしいことではないかと思うが、比江島はメディア対応がどうにも苦手だという。

「本当はひっそりやりたいです(笑)。テレビの生放送に出るときは……もうメンタルが大変です(笑)。でも、Bリーグの開幕に立ち会えて、ワールドカップ予選で戦って本戦に出場できる。日本バスケの全盛期にいるのだから、取材も楽しまなきゃ損ですよね」

自分に言い聞かせるように「楽しまないと」と話す姿には、誠実に質問に答えようとする優しい人柄がにじみ出ていた。

比江島選手

自信はつけるものでなく、培うもの

ただ、オンコートの比江島は“これが同じ人?”というくらいに変わる。放ったシュートが外れたら自ら飛び込んでリバウンドを奪い、シュートをねじこんでリカバリーする、こんな勝気なプレーができる人だ。

比江島は中学時代からエースとして活躍してきた。高校では強豪・洛南高校で1年生のときから試合に出場し、ウィンターカップ3連覇の成績を収める。青山学院大でも関東大学リーグ・インカレで優勝し、MVP・最優秀選手賞など多くの個人タイトルを得た。試合の最も必要な時間帯に得点を重ねられる集中力と自信は、どのように培われたのだろうか?

「小学校から大学まで指導者にも恵まれて、ほとんどの年齢で日本一になってきました。その過程で、技術だけでなく、大舞台のここ一番で本領を発揮できるメンタルも鍛えられてきたと思います。ただ、チームで日本一になっても自分が一番だと思ったことは一度もなくて、自分より上がいると思い続けてきました。ずっとバスケの強豪校にいたので、上手い選手はたくさんいて、そこに立ち向かっていくことで自信をつけていったと思います。代表になってからは、日本で味わえないレベルの高い選手と対戦するのが楽しかったし、自分の力を試してみたいという感情になっていました」

できないことをクリアするたびに、次に必要な技術が見えてくる。日本で一番の場所に身を置きながら、その現在地に満足することはない。比江島の目は常に自分のいる場所のずっと前に注がれていたのだろう。

比江島選手

リンク栃木ブレックス提供

 

さらに上のレベルの舞台を求めた比江島は2018年8月、栃木ブレックスからオーストラリアプロバスケットボールリーグ『NBL』のブリスベン・ブレッツへ移籍した。しかし、あまりプレータイムをもらえないまま5カ月後に帰国した。BリーグMVPの比江島が、豪州でその能力を発揮できなかったのは残念だ。

「1on1やドライブなど、オーストラリアでも通用する部分がありました。ただ、練習で他選手を押しのけてでも率先してコートに入っていくといった、僕の性格的に合わない文化の中で全く違う自分にならないといけないのはキツかった。それでも“代表のために”という思いでモチベーションを保っていましたが、代表戦が終わった後は、精神的にとてもつらかったです」

コート外の問題を克服する前に退団せざるをえなかった状況は、本人にしか理解し得ない無念として澱(おり)のように心に残っているのかもしれない。しかし、その経験が比江島の心を強くしたに違いないし、その無念を晴らす舞台も用意されている。

比江島選手

『宮城リョータ』は、風にあたりに行ったけれど

スラムダンクで湘北のポイントガード宮城リョータは、自分が日本一のポイントガードとマッチアップすると知って風にあたりに行ったけれど、比江島ならアメリカとの対戦を控えていても、風にあたりに行くより仲間たちと1on1を始めていそうだ。

「予選で4連敗して落ち込んだけれど、心のなかでは絶対に一度も諦めなかったし、練習でもBリーグの試合でも、代表で勝つために何が必要かを考えて努力し続けられた。今回の経験でつくづく、目標をしっかり持っていれば人は努力を続けられるし、諦めなければ良い結果が出るとわかりました」

比江島の目下の目標はワールドカップ出場だった。それを達成したいま、目標はどこにあるのだろう?

「目標はこれから変えなきゃいけないですね。今のところは、ワールドカップの1勝です。グループリーグ突破とかメダル獲得とか言わないといけないのだと思いますが、今の僕らが置かれている状況は絶対にそんなに甘くない。まずは1勝……今日は、これで勘弁してくれますか?(笑)」

ワールドカップと東京五輪という舞台は整った。比江島は、冷静に強豪との距離をどう縮めるのか考えながら、世界一との対戦を心待ちにしているようだ。これから本番に向けて周囲の期待が盛り上がっていっても、比江島はマイペースに、目線を前へ前へ向けていくだろう。

(文/石川歩、インタビュー写真/野呂美帆、写真協力/栃木ブレックス)

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