私の一枚

いまも経理のバイト生活 再現ドラマの女王・芳野友美が目指す恩返し

いまも経理のバイト生活 再現ドラマの女王・芳野友美が目指す恩返し

今の所属事務所に入って最初に撮影した25歳の時のプロフィール写真です。今に至るまで本当にいろんな経験をしましたが、今の事務所に入ったことで、俳優としての私の人生や考え方は変わったと思っています。

得意の「つまらない顔」でオーディションに合格

最初にこの世界でお仕事をしたのは、まだ福岡にいた高校1年生の時。新聞広告のモデルでした。地元の事務所に所属していた同級生の子から「オーディションがあるけど一緒に受けてみない?」と誘われて。もともと興味はあったけれど、なんだか恥ずかしくて「やってみたい」とは言えずにいました。でも、友達が誘ってくれたことで、応募する理由ができました。

そのオーディションは、「つまらなそうな顔をする」ことがお題でした。私は昔から笑顔がすごく苦手で、逆につまらない顔とか生意気な顔は大得意。だから、オーディションで普通にそういう顔をしたら、受かっちゃった(笑)。まさかの出来事でした。だって、他に参加していたのはみんな事務所に所属しているようなかわいい子たちばかりでしたから。

実際の撮影では、初めてプロの方にメイクしてもらい、写真を撮ってもらって、本当に楽しかったですね。ギャラは確か5000円ぐらいだったと思いますけど、こんなに楽しいのにお金をもらっていいのかなって、ちょっと罪悪感があるぐらい楽しくて、これをお仕事にできたら最高だろうなって思うようになりました。

俳優志望のはずがアイドルとしてデビュー

その1年後、今度は雑誌『JUNON』の「スイート&スイートガールコンテスト」というオーディションに応募して、最終選考の13人に残ったことで芸能界入りすることになるのですが、私、その一次審査でものすごい大恥をかいたんです。

一次審査では、何か一つ特技を披露することになっていました。でも私は特技なんて何もなくて、面接の直前まで何をやっていいのかわからなくて。そしたら、付き添いで来てくれていた姉が「篠原ともえさんのモノマネをやればいいじゃん」って言ったんです。当時は篠原さんが大ブームの頃でしたから。

モノマネなんてやったことないのにと思って頭がさらにパニックして、そうしているうちに自分の番になってしまった。「もうやるしかない」と思って、ぶっつけ本番で篠原さんのモノマネをしたんです。そしたら一気に場が「シーン」となって……。終わったなと思いました。面接後、「お姉ちゃんのせいだ」って言って泣きじゃくっていたんですけど、そしたらなぜか二次審査に呼ばれました(笑)。

そこから先も審査を勝ち抜いて、最終審査で10社以上の事務所からオファーをいただいた中、ご縁があったのか、篠原ともえさんと同じ事務所でデビューすることになりました。大きくて有名な事務所だったので安心だろうと思って入ったら、待っていたのは、自分がやりたかった俳優としてではなく、アイドル歌手としてのお仕事。篠原ともえさんのプロデュースで、「芳野わかめ」という芸名でCDデビューすることになりました。

2年で休業するも後悔にさいなまれた大学時代

私、同級生から「オッサンぽい」って言われていたぐらい男っぽい性格で、アイドルの素質みたいなものはまったくありませんでした。それなのにアイドルになってしまったことで、自分の中にすごい違和感と葛藤がありました。地元のみんなに「頑張って来いよ!」「有名になって来いよ!」って期待をされて送り出されたのに、いざふたを開けて見たら芳野わかめだった。それが恥ずかしくて。

当時の私はお仕事への反発心があっても言えなかったし、「売れてから自分の好きなことをやりなさい」という事務所の方針もあったので、3年ぐらい我慢すれば演技のお仕事もできるようになるかなって、甘い考えでいました。でも現実はすごく厳しかった。やってみてわかりましたけど、アイドルはすごく大変なお仕事です。かわいく見せるしぐさとか、歌っている時の動きとか、パフォーマンス力とか。私にはそれらは全くありませんでした。何をやっても怒られて、毎晩のように泣いていました。

やがて完全に自信をなくしてしまって、デビューから2年で休業しました。大学にも通っていたので表向きは「学業専念のため」ということにしましたが、自分としては引退のつもりで。サークルに入って、髪を染めて、アルバイトして、旅行に行く。事務所から禁止されていた普通の大学生の日々を送って、それなりの満足感はありました。

でも、最初は気持ちがすっきりしていたはずなのに、だんだん未練を感じるようになりました。目指していた夢がなくなったことをすごく悲しく感じました。役者になりたくて東京に来たのに、結局お芝居はまったくできなかったのですから。

中途半端に終わった後悔で、当時はテレビを見るのも辛かったですし、原点に戻ってお芝居をやりたいと思うものの、自分からもう一度その世界に飛びこむ勇気を出せずにいました。

大学卒業後、小さな事務所での再スタート

ちょうどそんな時、アイドル時代から仲の良かった役者さんが、「弟が芸能事務所を立ち上げるから、もう一回やってみない?」と誘ってくれました。そう言われたことで、「私はまだこの業界に縁があるんだ」と思えました。

ちょうど大学を卒業する時期でもあったので、もうこのチャンスを逃すわけにはいかない。父に伝えたら、最初は「もう懲りただろう」と言っていましたけど、親のすねをかじりながらではなく、アルバイトなりで自立してやるなら、ということで納得してくれました。母も「帰ろうと思えばいつでも帰れるから」と言ってくれて。2人とも心から賛成ではなかったと思いますが、ありがたかったですね。

最初の事務所と違って、今度は本当に小さな事務所でのスタート。もちろん仕事はなかったので、マネージャーとふたりでテレビの制作会社に飛び込みで営業して、それ以外はアルバイトと演技のワークショップの日々でした。でも辛くはありませんでしたね。「わかめ時代」の辛さに比べれば、むしろ楽しさを感じるぐらいでした。

その事務所に約3年お世話になって、25歳で入ったのが今の事務所です。正直、所属タレントの中に私が知っている人は一人もいなかったので「大丈夫かな」とも思いましたけど、社長が「うちは『来る者拒まず去る者追わず』だから、やめたくなったらいつでもやめていいよ」って私に言ったんです。だったら次の事務所が決まるまでここにいようと思って入りました。

社長も最初は私にまったく興味がなかったらしいです。「うちにいるならどうぞ」みたいな。そんなふうにお互い適当な気持ちで始めたのに、少しずつ再現ドラマのお仕事をいただくようになって、もう10年以上が経つのですから、人生どこでどうなるかわからないですよね。

25歳当時のプロフィール写真の別カット。この2年後から再現ドラマの仕事が入るように

25歳当時のプロフィール写真の別カット。この2年後から再現ドラマの仕事が入るように

続ける力と忍耐力。これだけは人に負けない

私、若い頃は「いつまで続けるか」とか「そろそろやめたほうがいいか」とか「このままで大丈夫か」とか、そんなことばかり考えていました。でも30歳を過ぎてからは「やるべきことをやって、それでも無理だと限界を感じた時か、やり尽くした満足感を得られた時にやめればいい」と考え方が変わりました。

そう思えたのは、やっぱり最初の失敗があったからだと思います。中途半端な気持ちでやめたら辛いということを経験していたし、出戻ってきた以上やめられないという意地もある。これでまたやめたら、まわりから「だから言ったじゃないか」って言われちゃうじゃないですか。それが嫌だから続けられたのかもしれないですね。生半可なことではやめられないなという気持ちが、ずっと心のどこかにあるんです。

今では、すべての経験は無駄ではなかったと思っています。ずいぶん遠回りしてきたけれど、早い段階で失敗できて良かった。この経験は財産だなって思います。今やっと自信が持てるようになったのは、“続ける力”と“忍耐力”、この二つは人に負けないと思えるようになったからです。

売れる人は小さい事務所からでも出て行けるはず

最近では「再現ドラマの女王」という冠をつけていただいて、ちょっとだけ進化したかなって思えます。でも、再現ドラマのギャラは安いので、今もアルバイトで経理のお仕事をしています。だから、連ドラのレギュラーとか映画に出るとか、そういう夢や目標はいっぱいあるんですけど、ずっと掲げている目標は、バイトをやめること(笑)。お金持ちにならなくてもいいから、最低限の収入はお芝居の仕事で稼ぐことが、今の私の一番の目標です。

これからも、頂けるお仕事には何でも挑戦するつもり。もう39歳ですけど、今度グラビアの撮影があります。この年齢でグラビアを続けている人ってほとんどいないと思うので、レア感を狙って(笑)。親は嫌がりますけどね。

知っていたつもりでしたけど、改めて思うのは芸能界って甘くないということ。ここまで来て何もなかったら、自分自身に欠陥があるとしか思えないですよね。よっぽどオーラがないとか、運がないとか。

まわりからは「もっと大きい事務所に移ったら?」と言われることも多いんですけど、「どうしても今の事務所でやりたい」って答えています。チャンスの多い少ないはあるかもしれないけれど、大手にいるから売れるというわけでもないし、売れる人は小さい事務所からでも絶対に出ていけると思う。やっぱり最後は自分次第だと思うんです。

今の事務所にはたくさんお世話にもなってきましたし、社長が一生懸命営業をしてくれているのも知ってるので、必ずここで恩返しをしたいと思っています。

連ドラへの出演も増え、今後の活躍が期待される芳野友美さん

連ドラへの出演も増え、今後の活躍が期待される芳野友美さん

 

よしの・ゆみ 1980年、福岡県生まれ。1997年、『JUNON』「S・Sガールズコンテスト」審査員特別賞受賞。同年、EYE’X「瞳の奇麗な女の子」グランプリ受賞。2000年、篠原ともえのプロデュースにより「芳野わかめ」としてアイドルデビュー。休業を挟み本名で活動を再開し、2007年から『わかってちょーだい!』(フジテレビ)、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ)など数々の番組の再現ドラマに出演。2017年、『マツコの知らない世界』(TBS)にて「再現ドラマの女王」として紹介され話題に。現在、ハナマルキ・液体塩こうじCM「早く教えてよね編」に出演中。

■芳野友美オフィシャルブログ~一日一捨~
https://ameblo.jp/yumi-yoshino/

 

PROFILE

髙橋晃浩

福島県郡山市生まれ。ライター/グラフィックデザイナー。ライターとして有名無名問わず1,000人超にインタビューし雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆は200枚以上。グラフィックデザイナーとしてはCDジャケット、ロゴ、企業パンフなどを手がける。マデニヤル株式会社代表取締役。

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