働き方のコンパス

長時間働けば、仕事の質は上がるもの?

「働き方のコンパス」は、ビジネスパーソンの悩みに哲学者や社会学者、経済学者などの研究者が答えていくシリーズです。それぞれの学問的な見地から、仕事の悩みはどう分析できるのでしょうか。今回の回答者は、マンガ研究者のトミヤマユキコさんです。

長時間働けば、仕事の質は上がるもの? 今回の回答者

マンガ研究者
東北芸術工科大学 芸術学部文芸学科講師
トミヤマユキコさん

「早稲田大学法学部から、同大大学院文学研究科へ。ライターとしてマンガやファッション、パンケーキなどについて書く傍ら、同大学で少女マンガ研究をメインとしたサブカルチャー関連講義を担当。この春から東北芸術工科大学の専任講師に。東京と山形を行き来する生活を送っている」

 今回のお悩み

 Q.長時間働いて実力をつけたいのに、「働き方改革」が邪魔をします

ある程度制作に時間をかけるほどクオリティーは比例します。 特に若いうちは質を求めるなら量が必須。ですが、世の中では「働き方改革」が唱えられ、仕事に打ち込みたい人もそうでない人も一律に労働時間を制限されてしまいます。もうがむしゃらに働いてぶっ倒れたくはないけれど、実力を伸ばしたい若手が育つチャンスまで失われている気もしてしまいます。そんなモヤモヤを抱えた同世代は、意外と多いのではないでしょうか。早く帰ることだけを是とする働き方改革から、それぞれが自由に働ける環境づくりへの働き方改革が浸透するのにはまだまだ時間がかかりそうで、ジレンマです。(26歳、女性、デザイナー)

A.自分の鍛え方を考え、スキルアップできる「修行」の場をつくりましょう

『サプリ』や『働きマン』は遠くなりにけり

ご相談を読んで、「時代が変わってしまったのだなあ」としみじみ思いました。あなたが求める働き方は、マンガで言えば猛烈に働く女性を描いた『サプリ』(おかざき真里)や『働きマン』(安野モヨコ)といった感じなのでしょう。どちらももう、10年以上前のマンガです。

『サプリ』は広告代理店のプランナー、『働きマン』は週刊誌の編集者が主人公。彼女たちは、会社に泊まりこんだり徹夜したりしながら激務をこなし(ときにはプライベートを破綻させながら)、仕事人として成長していきます。広告のクリエーティブ職や編集者は、相談者さんのお仕事と少し近いところがあるのではないでしょうか。

相談者さんの「もうがむしゃらに働いてぶっ倒れたくはないけれど」という部分から察するに、仕事で徹夜をした経験などもあるのでしょう。そのような働き方で、満たされていた人もいたのは確かです。でも、長時間労働こそが成果につながる、という考え方も少しこわい気がします。なぜなら、ストレス耐性や体力がない人を追い込んでしまう可能性があるからです。

 長時間労働は違法に

相談者さんは26歳。四大卒で働き始めたとすると社会人4年目あたりでしょうか。この4年の間に、被雇用者の働き方は激変してしまいました。そう、「働き方改革」です。2018年6月に「働き方改革関連法」が成立し、2019年4月からは各改正事項が順次施行されます。

「働き方改革」は、ただ「働き方変えようぜ!」と号令をかけているわけではないんですよね。70年ぶりに「労働基準法」を変えて、残業時間の上限が定められるんです。つまり、長時間残業が「違法」になる。これはすごいですよ。

あなたの会社は、ただ世の中の風潮に流されるまま「早く帰りなさい」と言っているわけではないんです。残業をさせるのが違法になるので、帰さざるを得ない。だから会社に「働きたい人にはもっと働かせてほしい」と柔軟な対応を求めるのは無理筋です。組織に所属しながら、働く自由と権利を訴えるのは限界があります。

「それぞれが自由に働ける環境づくりへの働き方改革が浸透するのはまだまだ時間がかかりそう」とありますが、自由に働くのは実は簡単なことです。フリーランスになればよいのですから。デザイナーであれば、その道もあり得ると思います。ようこそ、定時と残業という概念のない我々の世界へ(笑)。

でもたぶん、求めていらっしゃるのはそういうことではないですよね。

無理はしないで、工夫をしよう

おそらく相談者さんは、「まだまだ自分は修行の身である」という意識をお持ちなのだと思います。組織に所属しながら鍛えられて成長したい、もっと下積みがしたい。独立してしまうと、上司から教えてもらえる機会はなくなってしまいますし、仕事をどんどん与えてもらえる環境でもなくなります。それは、望んでいない変化でしょう。

かつては会社で働くことが、イコール修行になっていました。先輩にビシビシ鍛えてもらい、長時間残業して「量」をこなすことで、おのずとレベルアップできたわけです。

でも今は「修行」が、会社という一つの場所では完成しなくなってきた。かといって、会社以外のところで実力をつけるモデルケースもまだあまりない。やる気のある若者が、戸惑ってしまうのはよくわかります。自分でどう成長していくかを考えなければいけないって、大変ですよね。

教え子のケースから考えられるヒント

私の教え子に、餅井アンナさんという人がいます。彼女は現在、ライターとしていろいろな媒体で活躍していますが、組織に属してがむしゃらに働くなどの下積み経験はありません。大学時代、「編集実践」という私の授業を履修し、独学でInDesign(DTPソフト)の使い方を覚え(インデザなんて使えなくても大丈夫な授業だったのに)、1冊のミニコミ誌を制作しました。

授業としてはそこで終わりでいいのですが、彼女はそれをさらにブラッシュアップし、文学フリマ(文学限定の同人誌即売会)で売ったのです。そして、それが結構売れたんですよね。そこから少しずつ実績を積み重ね、あっという間にプロのライターになってしまいました。彼女はあまり体が丈夫じゃなくて、ぶっ倒れるまで働くことはできないのですが、それでも、とても個性的かつ丁寧な仕事ぶりで愛されています。

このケースからわかるのは、自分で自分を鍛えることは可能だ、ということです。おっしゃる通り、「若いうちは質を求めるなら量は必須」という考え方もあると思います。でも、量をこなすのは強度を上げるためですよね。つまり、強度が上がればどんな方法でもいいのだと思います。会社の仕事をたくさんこなす以外の方法でも。

私はよく学生に、「無理はしなくていいから工夫をしてほしい」という話をします。いいリポートを書き上げるために必要なのは、寝ずにがんばることではなく、内容を充実させるための工夫、モチベーションを維持するための工夫、そしてスケジュール通りに進めるための工夫です。

一つの仕事を丁寧にやることで強度が上がる人もいれば、何度もやる、つまり量をこなすことで上がる人もいるでしょう。それはタイプによります。前述の餅井さんは、案件ごとの完成度をじっくり高めることで強度を上げていったタイプです。

相談者さんは、どういうタイプなのでしょう。もしかしたら現在の仕事時間と量でも、取り組み方によってぐんとスキルアップすることが可能かもしれません。

自分を鍛える場所を、自分で作る

そして、会社はもう無条件に修行させてくれる場ではなくなったので、諦めて外に目を向けてみませんか。オススメは、会社以外の所属先を作ること。できればすでにある別の組織に入るのではなく、自分で組織を立ち上げて欲しいと思います。主体的に動くことが、仕事の強度を上げることにつながるので。

デザイナー同士で集まって勉強会をするのもいいし、他業種の感度の高い人たちを集めてあなたのデザインにフィードバックをもらうのもいい。私も、友人の出版関係者と立ち上げた集まりに参加しています。みんなで読書会をしたり、ゲストを呼んで話を聴いたり、はたまた仕事の融通をし合うときもあります。あなたが将来的に独立を考えているのであれば、自分で立ち上げた組織のメンバーが力になってくれるかもしれませんよ。

悩めるあなたにこの一冊

池辺葵『プリンセスメゾン』

長時間働けば、仕事の質は上がるもの?

「仕事の実力を伸ばしたい」と相談してくれているあなたに薦めるのもどうかと思ったんですが、私このマンガが大好きなんです。主人公の「沼ちゃん」は年収300万円以下。職業は居酒屋店員。独身で恋人なし。そんな彼女が、マンションを買うために淡々と行動するストーリーです。彼女はマンション購入という仕事とは違うところに目的があり、そこに人との付き合いが生まれていきます。また目的のためにしっかり働くので、居酒屋でもだんだんメニュー開発などを任されるようになっていく。仕事一筋であることだけが自分を成長させる道ではない、ということがじんわり伝わってくる名作です。

(文・崎谷実穂)

トミヤマユキコ(とみやま・ゆきこ)
ライター、東北芸術工科大学講師。1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部、同大学院文学研究科を経て、2019年春から東北芸術工科大学芸術学部講師に。ライターとしては日本の文学、マンガ、フードカルチャーなどをメインとし、大学では少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講義を担当。著書に『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、共著に『大学1年生の歩き方』(左右社)など。バンドマンの妻でもある。

正社員を辞めて家族を優先するべき?

トップへ戻る

将来の「キャリアビジョン」はいつも考えなきゃダメ?

RECOMMENDおすすめの記事