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創業130年の老舗テキスタイルメーカーが自社ブランド「mocT」にかける思い

大阪に本社を置く1887年創業のテキスタイルメーカー、新内外綿が昨年、初の自社ブランド「mocT(モクティ)」を始動した。トップス、パーカー、スウェットパンツ、Tシャツ、ポロシャツ、タンクトップ、そして帽子から靴下まで、グレー1色という徹底ぶり。あわせて、触り心地のいい生地は部屋着にも普段着にでも合いそうで、実際に触れてみると質感もなめらか。そんな、高品質の生地を作り続ける老舗のテキスタイルメーカーはなぜ「グレー」という色にこだわった自社ブランドを始めたのか。モクティを立ち上げ、ブランドの展開を図る新内外綿の長谷川進さんと、開発に携わったディレクター/デザイナーの馬場賢吾さんにお話を伺った。

創業130年の老舗テキスタイルメーカーが自社ブランド「mocT」にかける思い

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「どうしてグレーなのか」。そして、「なぜグレーのみの展開なのか」。疑問が消えぬまま、馬場さんに率直な質問をぶつけてみる。その理由には、たくさんの人々が作り上げてきた歴史があった。

「商品に使われているグレーの生地は、すべて『GR7』という糸によって編み上げられたもので、約50年前に新内外綿が開発したものです。GR7は、一般的に『杢(もく)グレー』、もしくは『霜降りグレー』と呼ばれるもので、濃淡のある色が混じり合った色のことを指します。そして、このGR7による杢グレーこそが、日本のあらゆるグレーのアイテムの中で最も流通している糸であり、グレーのカラーコードとなっている色なんです。だから僕たちはまず、このグレーをブランドの象徴にしようと思いました」(馬場さん)

創業130年の老舗テキスタイルメーカーが自社ブランド「mocT」にかける思い

GR7は、約50年前、当時アメリカの製品で使われていた杢調の糸を目指して作られた。ブランドの立ち上げに際して、自社が作り上げたカラーであるグレーのみで展開したのは、そのブランドのストーリーを理解してもらう上で最善の判断だろう。「日本で最も流通しているグレーを作った」、ブランドとしてはこれ以上ない大きな武器を、最初から持っていたのだから。

「もちろん、オートミールの杢調であるGR3やチャコール杢のGR1など、グレーの糸自体にはもっとグラデーションがあります。ただ、国内で最も流通しているGR7を開発し、『日本のグレーの基準色を作った』会社のブランドとして、まずはこの杢グレー1色でブランドを作り上げていこう、となりました」(馬場さん)

そもそもモクティは、新内外綿の社員である長谷川さんの発案により始まったものだ。長谷川さんは、10年前からずっと自社ブランドの立ち上げについて企画書を出し続けていたという。しかし、老舗の大企業で新たなチャレンジをするには、どうしても時間がかかってしまう。それでも長年諦めずに説得を続けられたのはなぜか。そこには、長谷川さんが抱いてきたもどかしさがあった。

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「私は普段、OEMとして他社ブランドの製造に携わっています。毎年新しいテキスタイルを開発し、デザイナーにプレゼンをする。そこで面白がってもらえれば、ピックアップされて商売になる。でも、来年も再来年もそのテキスタイルを継続して使ってもらえるか、というと違う。また次の年には、新しい糸や生地を見せてくれ、と言われる。

『あれ、名作なのになあ・・・・・・』と思いながら、その繰り返しの中で、だんだんと『だったらもう、自分たちの会社で長く売っていけるものを作ればいいんじゃないか』という思いが膨らんでいったんですよね。

これからも永遠に新しいものを開発できるとも限らない。自分たちの技術を生かし、企業が生き残っていくためにも、自社ブランドを作るべきだと思って企画書を出したんです」(長谷川さん)

馬場さんは、10年前、企画書ができあがった時点から相談を受けていたという。当時フランスでデザイナーとして働いていた馬場さんに、商品開発の関係でもともと知り合いだった長谷川さんがメールを送り、2人は意気投合。10年間、何度も話し合いながら、ブランドのコンセプトやアイテムについて構想を練り続けていた。その姿は、ともすれば、端からは滑稽に見えていたのかもしれない。「そんなことは無理だ」と言われていたのかもしれない。けれど、2人の意思は固かった。長谷川さんは、新内外綿という企業が自社ブランドを展開する強みについてこう語る。

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左から、黒染綿、白綿に黒綿を混ぜ合わせた綿、カード・スライバー(繊維の長さを平行に並べたロープ状の繊維の束)など、繊維作りの工程がならぶ。

「昨今、他のテキスタイルメーカーでも自社ブランドを作っている会社は多くありますが、その多くは原料からではなく、糸を仕入れてから生地を編む『ニッター』という編みの企業です。それに対して、私たちは原料の綿から糸を作る会社。つまり、オリジナル生地を開発したとき、それをそのまま商品として採用することもできるし、逆に新製品のために新たに糸を開発することだってできる。1%から綿を混ぜていくことができるので、綿が21%、カシミヤ2%、シルクが4%、ナイロンが8%……といった形で、唯一無二のテキスタイルを作ることだってできます」(長谷川さん)

その強みを生かした商品が、たとえば、このロング Tシャツの素材だ。

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よく見るとグレーの生地に、細かな蛍光の緑色が混ざっている。これは、糸の時点でポリエステルを3〜5%混ぜたことによってできた、繊細なビジュアルだ。横に流れるような蛍光色や、不規則に並んでいるように見える小さな玉も、すべて計算して作られている。さらに気になるのは、ラインアップのデザイン。杢グレーで統一されたアイテムは、どれもオーソドックスな型で、特に新規性は感じられない。馬場さんはどのようなコンセプトでデザインを考えたのか。

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「ブランドが目指すのは、究極のベーシックを追求することです。そのために古今東西の古着を一通り分析しながら、限りなく普遍的に、長く愛されるようなデザインを考えました。もちろん、流行を無視してはいません。ただ、過度に適応させることで、翌年に着ていたらおかしく見えるようなアイテムは作りたくない。あくまで、このテキスタイルを一番よく表現できるデザインを考えた結果、ベーシックなものにたどり着いたんです」(馬場さん)

杢グレーの素材が最も生かされるのはベーシックなアイテムだ、と言えるのはなぜか。長年GR7の流通を見てきた長谷川さんはこう答えた。

「杢グレーの素材を使ったアイテムって、部屋着やスウェットのようなファッションが多いと思いませんか。それはなぜか。着心地がいいからなんだと思うんですよ。GR7の糸ができていく過程について説明すると、まず元となる綿である『原綿』を仕入れます。そして、黒く綿染めしたものを、白い綿と混ぜていく。黒と白が混ざることで、最終的にグレーの綿になるんです。

綿の中には繊維長の短いものが混ざっているので、それを落とすために何度もすいていく。これを繰り返していくうちに繊維長が均一になり、最終的にコーン(円錐状に巻いたもの)やチーズ(円筒状に巻いたもの)に巻き取った糸になっていきます。たとえば、色のついた生地というのは、できあがった糸で編んだ反物に、さらに染料に何度も浸しながら色をつけていくんですね。反物にそれだけの染料が固着するということは、それだけ生地が硬くなってしまうということです。

もともとのコットンの風合いはそこで失われます。しかし、杢グレーの場合は、細かい数字は言えませんが、80%ほどの白綿に、20%弱の黒い糸しか入っておらず、ふわふわな状態でできあがります。編み上がったあとに、油分や汚れを落とすために軽く洗う程度です。だから消費者の方は『部屋着にも使える』といったときに、自然と手が伸びるのではないでしょうか」(長谷川さん)

反物染めが発生しない杢グレーだからこそ実現できる着心地のよさ。ベーシックなアイテムだからこそ肌触りがいいものを選びたい、という消費者にとってはぴったりのブランドだろう。馬場さんは、奇抜なデザインをしない理由について、こうも語る。

創業130年の老舗テキスタイルメーカーが自社ブランド「mocT」にかける思い

「テキスタイルのトレンドは、スポーツウェアや機能的に身体を守るアウトドア系の合成繊維が主流だと思うんです。その中で、僕たちコットンを扱うテキスタイルメーカーは戦っていかないといけない。現代においてコットンを作る紡績企業が生き残る道ってなんだろうと、何度も考えました。

結局、コットンって、嗜好(しこう)品だったり、ぜいたく品の立ち位置なんですよね。機能性ではなく、身体に触れて心地の良いもの。だから、今でいえばシルクやカシミヤと同じ立ち位置にいかないといけないんです。最近は合繊がはやっていますが、『身につけることで心が豊かになるような体験』に限っていえば、天然繊維に勝るものは、今はまだないと思っています。

日常のシーンで少しでもリラックスできるような、着心地のいい素材のインナーウェアを身につけているだけで、気分はずいぶん違うかもしれない。オフィスや家でもそう。窮屈な時間から解放されるようなアイテムでありたい。

僕たちは現在、自宅でも、外でもリラックスして着られる服を目指して、着心地と、それをファッションに昇華できるようなデザインに取り組みたいんです」(馬場さん)

現在、ヨーロッパやアメリカ、中国など、国外でも展開をしているモクティ。加えて、実店舗も少しびっくりするような場所にオープンした。

「岐阜羽島の駅から、車で30分ほどのところにあります。そこには、綿から糸を作る企業で最も歴史のある、新内外綿の紡績工場(ナイガイテキスタイル)があって、そこにファクトリーストアをオープンしました。ストアでは、ライアップを一通り、購入することができます。

都市部から見ると、かなり辺境の地ですし(笑)、ストアはアポイント制になっているので、常に人がいるというわけでもありません。ただ、モクティは新内外綿の歴史と技術を背負ったブランドですので、この工場でお店を開くことこそに意味があると思い作りました。」(馬場さん)

創業130年の老舗テキスタイルメーカーが自社ブランド「mocT」にかける思い

ファッションを語る上でスタンダードなカラーとなった杢グレー。新たに発売された靴下や帽子に加えて、下着なども開発中だという。今後のラインアップではアウトドア用のウェアも出てくるかもしれないし、女性向けのものも出てくるだろう。品質を極限まで高めた「着る人のための服」のこれからに、わくわくせずにはいられない。

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(文・園田もなか 写真・長田果純)

mocT : https://moct-gr7.stores.jp/

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