働き方のコンパス

将来の「キャリアビジョン」はいつも考えなきゃダメ?

「働き方のコンパス」は、ビジネスパーソンの悩みに哲学者や社会学者、経済学者などの研究者が答えていくシリーズです。それぞれの学問的な見地から、仕事の悩みはどう分析できるのでしょうか。今回の回答者は、マンガ研究者のトミヤマユキコさんです。

将来の「キャリアビジョン」はいつも考えなきゃダメ?今回の回答者

マンガ研究者
東北芸術工科大学 芸術学部文芸学科講師
トミヤマユキコさん
「早稲田大学法学部から、同大大学院文学研究科へ。ライターとしてマンガやファッション、パンケーキなどについて書く傍ら、同大学で少女マンガ研究をメインとしたサブカルチャー関連講義を担当。この春から東北芸術工科大学の専任講師に。東京と山形を行き来する生活を送っている」

今回のお悩み

Q.「今後は何がしたい?」という質問、困ってしまいます

新卒で入社したウェブ広告会社が自分に合っており、転職を考えたこともなく12年が経ちました。日々の仕事は十分にこなしていると思っていますが、最近上司に「これからこの会社で何がしたい?」と聞かれて、言葉に詰まってしまいました。人の上に立ちたくないのでマネジャーにはなりたくないし、今担当している業務以外にやりたいことも特に見つかりません。キャリアの次のステップは常に考えるべきことなのでしょうか? いっそ転職するなどして環境を変えた方がいいのかと悩んでいます。
(34歳、男性、マーケティング)

A.自分は今の仕事でこそ輝く人間である、とアピールしましょう

同じ職場で仕事を続けるなら、出世は必須。それって本当?

あなたは「これからこの会社で何がしたい?」という質問に対し、「キャリアアップ」か「キャリアチェンジ」の二択だと考えているのですね。「現状維持」は、なしだと思っている。まじめな方なのだと思います。でもその思考が、あなたを悩ませている。

これはけっこう、男性によくある考え方ではないでしょうか。働く上で、ずっと同じ職位であったり年収であったりすることは、恥ずかしいこと、許されないこと、という感覚を持っている男性の割合は、女性よりも高いと感じます。

女性はもう少し、働き方や仕事に対する考え方が多様です。たとえば「ゆるキャリ」(長くゆったり継続できるキャリア志向)と「バリキャリ」(バリバリと働くことを指すキャリア志向)という言葉。これはどちらも「キャリア」だとみなされていて、「バリキャリ」が「ゆるキャリ」より偉い、ということではありません。AさんとBさんは違う働き方を選んだ、ただそれだけのことです。

この状況が生まれたのは、出世競争に最初から参加できない女性が多くいる、ということも一因だと思います。ですから、一概に良いこととは言えないかもしれません。でも、目指すべきは「女性も全員、男性のように上を目指して働き続けよう」ではなく、「性別に関係なく多様な働き方も認められる社会にしよう」だと思います。

 “あの二人”だって、ゆるキャリ志向

私は、男の「ゆるキャリ」もすごくいいと思います。ドラマ化もされた人気マンガ『きのう何食べた?』の主人公カップル・筧史朗(シロさん)と矢吹賢二(ケンジ)も、ゆるキャリ志向の人間として描かれています。

美容師のケンジは、勤め先の美容院の店長に「いい加減、独立してウチから出ていってよ〜」と泣きつかれ、「だって、お店持つのってめんどくさいじゃん? 俺髪切るしか取り柄ないもん」と返します。ある程度、年齢を重ねた美容師は自分の店を持つという風潮など、どこ吹く風です。弁護士であるシロさんも同様で、50歳を過ぎても自分の名前を冠した事務所を開く気はありません。

美容師と弁護士は、年齢を重ねても現場での仕事を続けやすい専門職です。それでもやはり40代、50代になると、一国一城の主になることを周りから期待されてしまいます。その期待を軽やかにかわしながら、二人は現状維持を貫く。きっと、あなたもそれでいいのだと思います。

現場だからこそ力を発揮できる人は必ずいるんですよね。私は配偶者が音楽関係の仕事をしていて、仲良くしているレコード会社勤務の友人が何人かいます。彼らの多くはライブやレコーディングの現場が好き。だけど、出世して本社に戻ることを求められるという葛藤を抱えています。

「マネジメントをやらせないほうが、役に立つ」と実感してもらう

こういう人が現場に居続けるにはどうすればよいか。私は、会社にメリットを実感してもらうことが一番だと思います。出世して偉くなることだけが、会社に貢献する方法ではありません。

会社は原則的には利益をあげるために運営されているので、「この社員を現場に置いておくほうが利益が出る」と人事権を持つ人に思わせることが何より大事です。レコード会社であれば、「この社員が現場にいると、新人を発掘してきて、その新人がけっこう売れる」など。あなたも、まずこうした自分がいまの仕事をすることで生じているメリットを上司にアピールすることから始めてみてはいかがですか?

あなたは「これからこの会社で何がしたい?」という質問に対し、まだ自分の意向を上司に伝えられていないのではないでしょうか。そんなことを言ってはいけないと、自粛してしまっている。でも口に出してみたら、案外あなたの希望が受け入れられるかもしれません。

そのためには、言い方を工夫する必要があると思います。たとえば「ずっと同じ仕事がしたい」ではなく「今の仕事をもっと深めていきたい。まだスキルアップできる余地がある」と説明する。そして、自分が今の仕事を続けていくことで会社にどんなメリットがあるか、具体例を出してアピールするんです。過去の実績やこれから発展しそうな案件の種など、12年間働いてきたあなたにはきっと見つけられるはずです。

やりたいことができていて、日々の仕事を十分にこなせているなんて最高ですよ。この環境を手放すなんてもったいない。あなたの仕事の能力を、現状を維持することに少し振り分けて、自分を上司にプレゼンしてみてください。

 

悩めるあなたにこの一冊

サレンダー橋本『働かざる者たち』
将来の「キャリアビジョン」はいつも考えなきゃダメ?

会社員と作家を兼業しているサレンダー橋本さんの怪作。主人公は新聞社のシステム部で働きながら、「サクリファイス橋田」というペンネームでギャグマンガを描いています。まわりには、学歴を言い訳に働かない人、仕事を右から左に流すだけで働かない人、ソリティアばかりやって働かない人、など多種多様な働かない人たちが。一見ただのダメな会社員ですが、その人たちにはそれぞれの背景や美学が存在しているのです。そしていざというときには力を発揮する……ときもある。働き方や成功の捉え方は一つではない、ということを教えてくれる作品です。

(文・崎谷実穂)

トミヤマユキコ(とみやま・ゆきこ)
ライター、東北芸術工科大学講師。1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部、同大学院文学研究科を経て、2019年春から東北芸術工科大学芸術学部講師に。ライターとしては日本の文学、マンガ、フードカルチャーなどをメインとし、大学では少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講義を担当。著書に『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、共著に『大学1年生の歩き方』(左右社)など。バンドマンの妻でもある。

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