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100年前に、現代でも通用する練習法を編み出した“日本のマラソンの父”金栗四三 

日本のマラソンの父、金栗四三がいま“マイブーム”になっている。なので、前回に引き続き四三をテーマに書かせてもらう。NHKの大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺」の主人公になったことで、四三の伝記など、関連本がにぎわいを見せている。マンガや電子書籍で読めるものもある。私はすでに6冊も買ってしまった(笑)。今回は、その中から四三の神髄に触れるため、ぜひ読んでほしい2冊の復刻本を紹介しよう。

<1冊目>

谷川孝道『走れ二十五万キロ マラソンの父 金栗四三伝 復刻版(第2版)』(熊本日日新聞社)

金栗四三の「正史」もしくは「公式ブック」といえる評伝で、入門者には絶対に読んでほしい一冊だ。著者の長谷川孝道さんは1931(昭和6)年生まれ。元熊本日日新聞の記者で早稲田大学時代は陸上の短距離と走り幅跳びの選手だった。記者時代の60(昭和35)年、熊本で国体が開かれたことをきっかけに金栗四三の足跡をたどる連載企画を担当することになる。

玉名市にあった四三の自宅に通いつめて書いた131回分の記事をもとに、翌61(昭和36)年に講談社から『走れ25万キロ マラソンの父金栗四三伝』が出版される。四三本人が自身の日記を確認しながら直接語った詳細な事実を元に書かれ、表紙に「金栗四三 閲」とまで印刷された唯一の“お墨付き本”だったが、やがて絶版となる。

以後、四三について調べるジャーナリストやマスコミ関係者らは長谷川さんの元を訪ねるようになる。講演活動もこなしていた。

だが、長谷川さんが80歳を過ぎたころから、自分が死んだら四三のことを伝える術がなくなると思い始める。記録を残すとしたら、それができるのは自分しかいないと一念発起し、再出版を決意する。『走れ25万キロ マラソンの父金栗四三伝』出版後の四三の後半生を新たに書き起こし、新聞連載から書籍化のときに省かれた部分を復活させるなど、全面的に手を加えた。娘でピアニストの樹原涼子さんに編集を手伝ってもらい、2013年8月に自費出版としての復刻にこぎつけた。

その後、なんとNHKから金栗四三を主人公に大河ドラマをつくりたい、復刻本を基礎資料として使わせてほしいとの連絡が入る。これをきっかけに2018年5月、熊本日日新聞社から一般向けの商業出版として発行されることになった。「復刻版『第2版』」というのはそういう意味だ。大河ドラマのクレジットにも、資料提供の最初に長谷川さんの名前が登場する。

四三の幼いころからのエピソードがこれでもかと思うほど詳しくつづられている。ドラマでは描ききれなかったシーンも満載だ。これを読んで仕入れた「史実」を頭に入れて創作のドラマ「いだてん」を見ると、面白さ倍増なのは請け合いだ。ぜひ、おすすめしたい。

本は、アマゾンか熊日出版のHPから購入できる。ここに書いた出版に至るドラマの詳細は樹原涼子さんのブログで読めるので参照してほしい。

なお、著者の長谷川さんは今年4月17日に「いだてん」の放送開始を見届け、亡くなった。87歳だった。ご冥福をお祈りしたい。

<2冊目>

金栗四三『復刻新装版 ランニング』(時事通信社)

さて、次なる復刻本は金栗四三自身が書いたランニング教本だ。原書は1916(大正5)年、四三が25歳のときに刊行された『ランニング』(菊屋出版部)という本だ。同書は短距離ランナーの明石和衛との共著になっているが、復刊したのは四三が執筆した長距離の部分である。

これに、元オリンピック・女子マラソン選手でスポーツジャーナリストの増田明美さんが解説を書いている。

一言でいうと、とにかくすごい本である。増田さんも指摘しているように、指導者もいない、学ぶべき本も、もちろんインターネットもない、100年以上前によくこんな本が書けたと思う。まさに日本のマラソン黎明(れいめい)期に自身の体験と判断だけが上達の道しるべだったといえる。

例えば、四三は当時から電柱と電柱の間をダッシュして、しばらくジョグで流して、またダッシュする「電柱走り」という練習を取り入れていた。いまでは標準的練習法となっているインターバル走である。スポーツ医科学などという言葉もなく、誰に教わったわけでもないのに、よくこんなことを思いついたと驚くばかりだ。本にはそんな話があまた掲載されている。

・視線は平行か、むしろ視線を下げる方がよい
・拳は鶏卵を握った心持ちで握ればよい
・呼吸を四つに分けるのが最もよい
・初めは半里くらいから始めて延長していく
・週に一、二度は全速力で一定の距離を走るのもよい
・距離を定めたならば途中で決してやめない
・競走の前に急に練習するのは悪い
・競走の二、三日前から疲れないように精力を蓄積する
・食後二、三時間程度経て競走をするのが最もよい
・自信がある人は、人と競走せず時間と競走する
・あと二里くらいになって、初めて練習の効能いかんが現れる

これだけのことを100年も前に指摘していたのだ。四三は原書の「はじめに」にあたる「緒言」で、こう書いているという。

〈あてどなくやっている人が熱心努力の結果、上達進歩しても、その方法なり、注意なりについて自己の意見を発表し、書き残すことをしないので、その人が亡くなればその後は、もとのもくあみ。また新たに工夫せねばならないという傾向であった。誠に遺憾千万ではないか。(中略)ここに吾人(ごじん)は大いに感じるところあり、不肖を顧みず、これら各種の競技に関して要略だけを書くことにした〉

復刻本の冒頭、時事通信出版局による「復刻にあたって」には、〈自身の上達だけではなく、後進への期待と日本陸上界の発展への強い思いが伝わってきます。読者の皆様にその思いを伝えることも、復刊の狙いです〉と書かれている。まさに、その狙いは的中したといえるだろう。

PROFILE

山口一臣

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

もし金栗四三がいなかったら……? 「いだてん」主役が残した偉業

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