ラッパー田我流の流れに身を任せる生き方「俺らは本当はどこでもいける」

田我流は地元・山梨を拠点に日本全国で活動するラッパーだ。今年で37歳になる。2011年に公開された映画『サウダーヂ』で主演を務め、その翌年にリリースした2ndアルバム『B級映画のように 2』で、ラップのスキルに加え、シリアスなテーマをユーモラスにつづる作詞のうまさも絶賛された。

約7年ぶりとなる3rdアルバム『Ride On Time』は、現代社会とそこに生きる個人をテーマにした作品だ。コメディー仕立てのイントロから続く2曲目「Hustle」では、「こないだ払ったのにまたかよ支払い / Moneyから抜け出すためまずMoney」と生活感満載の歌詞を聴かせてくれる。

現代社会の根底にあるのはお金だ。必要の度合いは個人差があるが、お金がないことには生きていけない。戦後最長の景気拡大などと言われながら、その実感に乏しく、みな生きるために必死にお金を稼ぐ。そして、いろんなストレスをため込んでいく。そんな現代社会について田我流はこう話す。

「日本の格差は本当に広がってると思うし、社会に押し潰されないためには、お金を稼いで少しでも暮らしやすい環境を自分で作るしかない。ゲームにたとえるなら、ここ最近は次の面に行くための難易度が異常に高くなってる気がする。だからと言って人生はゲームみたいに途中で止めるわけにはいかない。俺らはどうにかこうにかして次の面に進むしかない」

田我流さん

誰が聴いても楽しいアルバムにしたかった

『Ride On Time』は田我流自身が社会とのあつれきに悩み、自分なりの答えを見つけていく過程を描いている。前作から約7年、彼は結婚して子供が生まれた。それまで一緒に制作をしていた仲間も多忙になり、制作のために会う時間が減ってしまった。これは大人の“あるある”かもしれない。

「結婚して子供ができて。そうするとお金を稼がなきゃいけないから、俺は今もほぼ毎週末どこかでライブをやってます。俺はいろんなことを同時にできない人間だから、先の予定と重ならないように制作も短期間でやらざるを得なかった。ところが、それまでトラックを制作してくれていたプロデューサーも多忙になってしまって……。

短い時間で環境が激変してしまって、正直、音楽を続けようか悩んだ時期もありました。けど人生は一回きりだし、俺は好きなように生きたい。だから自分が変わるべきではないか、と。その気持ちが今回のアルバムに反映されている。今作は1曲目から16曲目までしっかりとしたストーリーがあります。CDのジャケットやブックレット、CDの盤面、その下のアートワークにいたるまで、全部連動してる。俺自身が変わっていく心の旅を描きました。そこに込めたメッセージは聴いた人それぞれに感じてもらいたい」

田我流さん

こうやって書くと『Ride On Time』はものすごくヘビーな作品に思えるが、むしろ「ププッ」と笑ってしまう場面のほうが多い。例えば、先に紹介した「Hustle」は「ギリギリの状況」について歌った曲。目的地に車で移動する際、猛烈な腹痛と便意に襲われて「穴から顔出しそう」になりながら必死でトイレを探す状況と、日本社会の現状を重ね合わせている。

「俺、ジャッキー・チェンとかクリス・タッカーのようなコメディー俳優が大好きなんですよ。日本だったら石橋貴明さんとか。今の日本を赤裸々に歌詞にするとかなりヘビーになっちゃう。もちろんそういう表現方法もいいと思うけど、特に今回は誰が聴いても楽しいアルバムにしたかった。だから収録曲の歌詞はすべて二重構造(ダブルミーニング)になっています。この『Hustle』という曲は、もともとタイトルだけ決まっていました。『Hustle』ってヒップホップでは“稼ぐこと”を表現する言葉。それでお金について真剣に考えていたら、自然と日本の現状に目が向きました。俺は正直いまの日本はギリギリだと思っていて、それを面白く言うにはどうしたらいいかなって考えたら『穴から顔出しそう』になった(笑)」

田我流さん

アニメや映画のノリで生きられたらいい

アルバムのタイトルトラック『Ride On Time』の歌詞に「暗いのは現実だけで結構」「アニメや映画のノリで『みんな生きれたらいいね』」というフレーズがある。確かに作り話のように楽しく生きられたらいいなと思うけど、それができないからみんな苦悩してしまう。

「うん、俺もそう思います。実際、俺自身だって楽しい瞬間のほうが人生の中で圧倒的に少ないですし。人間は自分には絶対にうそがつけないから、苦しい状況で楽しむのは難しい。作詞なんて苦痛以外の何物でもない(笑)。本当に大変なんですよ。

本田技研工業の創始者の本田宗一郎が『忙しい時こそ遊べ』という趣旨のことを言っていて、これにはすごく共感しました。忙しくて、猫の手も借りたいような状況で、あえて遊んでしまう。俺の場合は、まだ暗い朝に起きて山の奥地に入って釣りをします。大自然の中でふと空を見上げた時に感じる開放感とか最高ですよ。終わったら帰りに温泉に寄って、その日は寝ちゃう。

それで次の日に仕事に向かうとなぜかすごくはかどるんですよ。きっと休んだことによって、頭の中で自然と思考が整理されるんでしょうね。なんでもそうなんだけど、向き合いすぎるとダレてくる。俺も毎週末にライブをしていたら、ある日、淡々と仕事をこなしている自分がいた。そこで学んだのは、やっぱりリフレッシュが大事なんだなってことです」

田我流さん

遊んで心機一転することは、自分だけでなく周りにも良い影響を与える。ポジティブな感情が相手にも伝わるからだ。

「『釣りバカ日誌』のハマちゃんなんて、会社サボって釣りに行っちゃうけど、その釣りをきっかけに新しい仕事を取ってきたりするじゃないですか。彼は楽しいことやってるからいつも笑顔だし、笑ってる人の周りには自然と人が集まる。あの人、敵を作らないから無敵なんです。それが最強でしょ」

「敵は作らずに無敵 / 陽気に振り切る仕組み」――。「Ride On Time」にあるこの一節は、常に思い通りになるわけではない人間関係と、そこから生まれる不都合を切り抜けるための処世術のようにも響く。

田我流さん

「たとえば、会社に意味不明な部下や上司がいたとする。もう別の惑星から来たんじゃねえかってくらいのやつ(笑)。けどそいつに固執してイライラするより、『次に行こう』って思考をリフレッシュする努力をするほうが良い。家族や友達と会う時はそんなやつのことは忘れて楽しみたいし。そういうのを乗り越えることで、人は強くなっていくような気がしています。

『Ride On Time』の中で“アニメや映画みたいに生きたい”と歌っていますが、それは単に面白おかしく生きようってことではなくて。たとえばマンガであれば雑誌はページ数が限られてるから、いろんな表現を簡略化せざるを得ませんが、本当はコマには入りきらないいろんな感情の動きがある。それを全部描くとキリがないから、象徴的な部分をコマにしてる。生きてく上で、誰もが当然、良いことも悪いことも経験する。だったら俺は暗い部分でコマを埋めるんじゃなく、楽しい部分を読んでもらいたい。それは人生にも言えることなんじゃないかと思う」

田我流さん

自分を信じて流れに身を任せる生き方

今回のアルバムはあるルールのもとで制作された。それは「心の声に従うこと」「期間を決めてその時期に会った人が自分に必要だと考える」「その二つを踏まえた上で流れに身を任せる」という三つ。中でも強烈なのは2番目の「出会った人を自分に必要だと考える」ということ。

一般的には作品のコンセプトに沿って必要な人をアサインする。田我流は逆で、人との出会いをベースにアルバムを制作した。なんでこんな形で制作することにしたのだろうか?

「それはアルバムのタイトルである『Ride On Time』とつながっています。直訳すると“時流に乗る”といったニュアンスですが、俺自身は“自分を信じて流れに身を任せる”という意味を込めています。流れに身を任せて作品を作ろうと思いました」

田我流さん

田我流がこのアルバムで最終的に伝えたいことは、おそらくアルバムの後半「Changes」と「Anywhere (feat. NTsKi)」に込められている。

「Changes」では、「本気で生きよう」「希望と思い出を詰め込むスーツケース / 覚悟を決めて締め直すシューレース / 痛みと引き換えGetするFreshness  / 振り返らずLet’s Go」。

「Anywhere」では「俺らは本当はどこでもいける」「タラレバじゃなくてWe Go」「執着は捨ててMove On」と歌った。

日々の仕事と生活に追われ、目の前にある様々な可能性に気づかないことは誰にもある。そうした状況にあった田我流は、“流れに身を任せる”ことで状況を変える糸口を見いだした。時には趣味や娯楽にどっぷりハマって曇った気持ちを晴らしたのも、自分のペースを取り戻すために必要だったのだろう。「本気で生きよう」と心の声に従った先に、「本当はどこでもいける」という気づきが待っていた。

ちなみに田我流はこのアルバムを作るにあたって、トラック制作をほぼゼロの段階から学んだそうだ。でもコツコツと頑張れば、こんな素晴らしいアルバムができたりもする。何かに挑戦してへこたれそうになったら、その事実を思い出したい。

(文・宮崎敬太 撮影・南阿沙美)

 

田我流 “Changes” (Music Video)

 

■プロフィール

田我流さん

田我流(でんがりゅう)
2004年、ラップグループ「stillichimiya」を結成。08年にファースト・ソロ「作品集~JUST~」、12年にセカンド・アルバム「B級映画のように2」を発表し、評価を高める。15~16年はバンド・プロジェクト「田我流とカイザーソゼ」として数々のライブを実施。19年、新しいプロデューサー陣と制作したサード・アルバム「Ride On Time」を発表。繊細で叙情的な楽曲からアッパーな楽曲まで広く歌い上げる本格派のラッパーで、エモーショナルなライブパフォーマンスには定評がある。

 

■リリース情報
田我流
『Ride On Time』(CD)
価格:2,484円(税込)

■ツアー情報
『田我流 Ride On Time Tour』
2019年6月15日(土)
会場:山梨県 甲府 Conviction

2019年6月21日(金)
会場:福岡県 Early Believers

2019年6月22日(土)
会場:大阪府 心斎橋 Sunhall

2019年7月7日(日)
会場:東京都 渋谷WWW X

PROFILE

宮崎敬太

1977年神奈川県生まれ。音楽ライター。ウェブサイト「音楽ナタリー」「BARKS」「MySpace Japan」で編集と執筆を担当。2013年に巻紗葉名義でインタビュー集『街のものがたり 新世代ラッパーたちの証言 (ele-king books) 』を発表した。2015年12月よりフリーランスに。柴犬を愛している。

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