世界的アニメーション作家・山村浩二 500本の印鑑で描いた密猟の残酷な現実

サバンナを悠々と歩く象を銃で撃ち、生きたまま顔面にオノを振り下ろして牙を奪い取る――。極めてショッキングな現実を、印鑑で表現したアニメーション作品「Hankograph(ハンコグラフ)」。

作者はアカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされた「頭山」をはじめ、数々の話題作で90以上の映画賞を受賞したアニメーション作家の山村浩二さん。

企画は、日本における象牙販売・取引への問題提起として象牙問題の真実を伝えるプロジェクト「ハンコグラフ」に取り組む「WILDAID(ワイルドエイド)」と、認定NPO法人「アフリカゾウの涙」によるものだ。 

500本の木製ハンコ(印鑑)を使用し、2400枚の紙に押印してつくられたこのムービー。制作の過程や山村さんの創作の信念を聞くため、東京・自由が丘にあるスタジオを訪ねた。

「Hankograph」は象牙ではなく木製の印鑑のみを使って、象牙問題の真実をアニメーションで描いた

「Hankograph」は象牙ではなく木製の印鑑のみを使って、象牙問題の真実をアニメーションで描いた

――「Hankograph」は非常にメッセージ性の強い作品です。内容はどのようにして決めたのでしょうか。

山村 代理店、企画元と打ち合わせを進める中で、象牙を取り巻く問題や、野生動物に対して抱いているスタッフの方々の思いに触れながら徐々にイメージを膨らませていきました。

――アニメーションは印鑑のみでつくられていますね。

山村 原画をもとに500本の木製ハンコをつくり、実際にハンコを押した用紙を1コマずつ撮影しています。アニメーションの依頼を受ける際には、ラフ(絵の下書き)から仕上げの絵まで一人で描くことが多いです。今回は、500個のハンコの製造については業者にお願いして、紙に押す作業と撮影は数人のスタッフが行っています。

初期段階のラフ画、思いついたアイデアを描き起こしていく(撮影=山田敦士)

初期段階のラフ画、思いついたアイデアを描き起こしていく(撮影=山田敦士)

打ち合わせで使用したコンテには番号が振ってあり、全体の流れが分かる(撮影=山田敦士)

打ち合わせで使用したコンテには番号が振ってあり、全体の流れが分かる(撮影=山田敦士)

――全体の制作期間はどれくらいだったのでしょうか?

山村 ラフ制作から含めると、3カ月くらいです。打ち合わせをしていく中でひらめいたことをメモ程度のラフ画にどんどん起こしていき、それを見せながら映像全体の流れを説明しました。最初からしっかりとした絵を描き込んでいくより、まずは全員でイメージを共有していきました。

原画は紙の上にペンで描いたものをパソコンに取り込んでデジタルデータ化し、仕上がったものからハンコ業者に納品します。音声編集の立ち合い、作品全体の演出も担当しています。特に、アニメーション作品において「音」は重要な役割を担うため、いつも組んでいるチーム(音楽:冷水ひとみ、SE*:笠松広司)に協力してもらっています。

*編注 SE……サウンド・エフェクト(音響効果)

――500本のハンコをつくるというのは、気が遠くなりそうな作業ですね。

印鑑制作の現場。山村さんが描いた原画をもとに彫っていく

印鑑制作の現場。山村さんが描いた原画をもとに彫っていく

山村 そうですね。絵のタッチが決まったところでハンコを十数本、試作しました。その後、数十種類の紙を試して、にじみ具合や絵柄の鮮明さを確認し、最終的な線の太さを決めていきました。

一番大きなハンコのサイズでも21ミリ程度と小さかったので、原画は実寸の倍である42ミリで描き、2分の1に縮小しています。小さくすることによって細部はつぶれてしまう恐れもあったので、原画には細いペンを使用しました。朱肉も2種類を試し、一つひとつの結果を確認しながら丁寧に進めました。

作画については、「山村浩二らしさを出してほしい」とのオーダーがあり、できる限りオリジナリティーを発揮しやすい環境を整えてもらいました。

――アフリカ象だけではなく、他の動物や密猟者が出てくる場面も印象的です。

山村 当初、象以外の生き物を描く予定はありませんでしたが、「密猟で1頭の象が死ぬことによって、アフリカ全体の生態系に影響が出る」という話が心に残り、冒頭部分に様々な動物が暮らすアフリカの情景を長めに入れることにしました。

密猟者については、最初のラフではあまり密猟者っぽくない雰囲気だったのですが、それが意外とスタッフに好評で。その後に描いた、いかにも密猟者風の絵との中間的なタッチの、正確なようで正確ではない、謎めいた人物描写に落ち着きました。

細部まで描きこまれた動物たちと、密猟者のスケッチ(撮影=山田敦士)

細部まで描きこまれた動物たちと、密猟者のスケッチ(撮影=山田敦士)

完成した作品では密猟者はこのような姿に。生きたまま象牙を奪い取る残虐なシーンだ

完成した作品では密猟者はこのような姿に。生きたまま象牙を奪い取る残虐なシーンだ

アフリカ象が徐々に漢字の「象」のハンコに変わっていく案は、ハンコであることをより分かりやすく出すためには漢字を用いた方が効果的と考え、提案しました。

――商業作品としてではなく、アートとしてアニメーションを追求していくには、利潤を度外視することもあるのではないでしょうか。そこには大変な労力と信念が必要だと感じます。

山村 それをなぜやるかと問われれば、うまく説明ができないのですが、「自分の作品をつくっていないと、生きていられないから」でしょうか。

大学の時にアニメーション監督を志してから、お金にならなくても好きな創作活動を続けていこう、お金は別のところで稼げばいい、という感覚でやってきたので、僕の中ではずっと当たり前のことです。

一般的な商業作品はストーリーやキャラクターが中心です。他方、アニメーションは本来、映像だけでいろいろなことを表現できる豊かな芸術にもかかわらず、残念ながらマイノリティーと言えるほど、アートの世界では小さな存在になってしまっています。もっと多くの人にアニメーションが持つ大きな可能性を追求してほしいし、見る側にもアニメーションの映像表現としての魅力を面白がってくれる人が増えるといいですね。

山村浩二さん(撮影=山田敦士)

山村浩二さん(撮影=山田敦士)

――山村さんが創作活動を始めた頃から、一貫して大事にしている軸のようなものはありますか?

山村 あえて挙げるとすれば、「不条理」という言葉です。我々が生きている中で、不条理なことは常に起こります。世の中では往々にして弱者が犠牲になりますが、強者には強者なりの悩みや、苦しみもあるかもしれない。

今回の「ハンコグラフ」では、アフリカという環境の中で殺されていく象と、象牙がハンコとして使われていくという事実だけを描いていますが、ひょっとすると密猟者の中には貧困にあえぎ、生きていく上ではそれしか道がないという人々がいて、密猟という行為が存在することで罪を犯し、苦しみを抱えてしまう人生も存在するのかもしれません。

僕が今までつくってきた作品で、落語の演目である「頭山」や「カフカ 田舎医者」という題材を選んできているのは、自分自身の中に不条理を描きたいという人生観があるからです。善や悪という単純な構図ではなく、誰もが抱える心の矛盾や複雑な感情といったものを、アニメーションにしかできない手法で、形にしていきたいと考えています。

(文・山田敦士)

プロフィール

山村浩二さんポートレート写真

山村浩二(やまむら・こうじ)

アニメーション作家・絵本作家。1964年生まれ。「頭山」がアヌシー、ザグレブをはじめ世界の主要なアニメーション映画祭で6つのグランプリを受賞、第75回アカデミー賞®短編アニメーション部門にノミネート。「カフカ 田舎医者」「マイブリッジの糸」など、他の短編と合わせ90以上の映画賞を受賞。絵本作家としても活躍。これまでの業績に対し、川喜多賞、芸術選奨、紫綬褒章受章。映画芸術科学アカデミー会員、東京芸術大学教授。

Yamamura Animation http://www.yamamura-animation.jp

Au Praxinoscope(オープラクシノスコープ) http://www.praxinoscope.jp

特設サイト https://noivory.jp

▼ハンコグラフのメイキング映像▼

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