女優としてのキャリアがAKB48の年月を超えた。前田敦子の仕事の流儀

「私、前田敦子はAKB48を卒業します」

国民的アイドルの不動のセンターから、女優へ。

2012年にAKB48を卒業し、6年9カ月。ついに女優としてのキャリアがアイドル時代を上回った。

 

女優としてのキャリアがAKB48の年月を超えた。前田敦子の仕事の流儀

くしゃっと笑う笑顔に、吸い込まれるような大きな瞳。

取材現場に現れた彼女はいい意味で「普通」の女性だった。

しかし、ひとたびカメラの前にたてば圧倒的なオーラを放つ。当時から彼女がセンターに立てば空気が変わった。

「周りからくっきりと切り取られて特別に存在しているようにみえる。それが強烈な個性だ」。そう語るのは、黒沢清監督。

6月14日には、黒沢氏が脚本・監督、前田さんが主演の映画『旅のおわり世界のはじまり』が公開される。

本作は、ウズベキスタンという、色々な文化や風俗が混然一体となった場所が舞台だ。

彼女がそこにいると、風景が彼女を引き立て、また彼女が風景を引き立てる。それは決して溶け合うこともなく、場所と人間の関係が際立つ。

黒沢監督は、脚本のプロトタイプの時点で「いよいよ前田敦子だな」と主演での起用を意識していたという。

©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

前田さんの演じる主人公「葉子」は、いつか舞台で歌うことを夢見ているTVリポーター。“伝説の怪魚”を探しウズベキスタンにやってきた。

カメラの前では、元気な笑顔を振りまき、過酷なロケを淡々とこなしていくが、ひとたびカメラが止まると途端にどこか満ち足りない表情を浮かべる。

「本当にやりたいことと、どんどんずれていっている気がするんです」

今のリポーターという仕事に満足していないわけではない。やりがいだってある。しかし自分には、舞台で歌うという夢がある。

しかし考えれば考えるほど、だんだんそれがやりたいことなのか、なにが正解なのかもわからなくなってしまう。

葉子の葛藤に、自分の生き方を重ねてしまう人も多いのではないだろうか。

女優としてのキャリアがAKB48の年月を超えた。前田敦子の仕事の流儀

 

「私も、AKB48を卒業するときは発表のギリギリまで迷っていました」。彼女もそのひとりだ。

14歳でAKB48の一期生としてデビュー、21歳でグループを卒業し女優の道へキャリアチェンジした。

デビューから目標にしていた東京ドームでのコンサート開催を達成し、ファン投票で次のシングルのセンターを決める総選挙では1位。アイドルとして人気絶頂のタイミングでの卒業は、並大抵の決断ではなかったはずだ。

当時のことを思い出したのか、少し遠くを見つめた後にほほ笑みながらこう話す。

「今でも卒業発表をした日のことを覚えています。というか、一生忘れないと思う。いつ言おう、本当に言っていいのかなって。コンサート中もずっと迷ってましたね」

卒業後、女優としてキャリアを積むなか、ときには体当たりな役をこなし話題を呼んだ。そしてその間、プライベートでも結婚・出産と彼女は20代でたくさんの決断を重ねてきた。

「決断するとき、マイナスなことは考えないようにしているんです。悪いことばかり考えていても何も生まれないなって」

自分は潔いほうだと笑いながらも、なかなか一歩が踏み出せない葉子の気持ちもわかるという。

©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

振り返れば、AKB48のオーディションから13年、彼女はずっと女優を夢見てきた。

なぜこんなにも長い間、諦めずに夢を追い続けられるのか。

「とりあえずやってみるという気持ちはあるけど、“自分はできる”という自信があるわけではないんです」と、少し目を伏せる。

もともと歌やダンスが得意だったわけではなく、一人目立つことが苦手。アイドルとしてデビューした後、初めてセンターに選ばれたときはやりたくなくて大泣きしたという。

それでも彼女は果敢に進み続けた。

 

女優としてのキャリアがAKB48の年月を超えた。前田敦子の仕事の流儀

「できるか不安でも、やれないと言ったらそこで終わってしまうので……。とりあえず自分にできる全力でやってみてから皆さんに判断してもらおうと決めています」

役は選ばない、基本NGもなし。その代わり、なぜこの役が自分に与えられたのかをひたすら考え、自分なりのアンサーを全力で演じる。

自分がどこまで出来るかの自己評価なんて、良くも悪くもただの自己満足。自分で自分の限界を作ってしまうほどもったいないことはない。ほほ笑む彼女の瞳からは凛(りん)とした強さがうかがえた。

 

女優としてのキャリアがAKB48の年月を超えた。前田敦子の仕事の流儀

最近は、今後のことを考える時間が増えたという。

出産を経て、生活や働き方、彼女を取り巻く環境はガラリと変わった。

彼女は「んー……」と少し考えた後、「どうしても立ち止まっているように感じてしまうときもあるけど、ちゃんと進んでいる。そんな不思議な感覚があるんですよね」と話す。

「すごい幸せなのにどっぷり浸れない自分もいて。『幸せ脳』に慣れてないんですよね(笑) 。ないものねだりですよね」。そういって笑う表情はとても穏やかだ。

今までも、もちろん幸せな出来事はたくさんあっただろう。それでも、常に第一線を全速力で走り続けてきた彼女にとって、ゆっくり時間をかけてじっくりと幸せに浸るという日々は初めての経験だった。

「もともと先が見えないのがあまり得意じゃないんですよね。せっかちなんです(笑)」

そう話す彼女に黒沢監督から力強いエールがとぶ。

「今は幸せにどっぷり浸ってもらって、幸せもそのうち飽きますからね。つらい現場もそろそろと思ったころまた考えればいい。そんなに焦る必要はない。

でも、数年後……いや、来年かもわからないですけど、また女優としてすごいことになっていくんだろうなと思っています。

そうなるときにまた僕が参加できていればうれしい、他の監督にやられるとちょっとしゃくだなと思いますね。こればっかりは」

彼女もそれに、満面の笑みでこたえる。

「黒沢監督からのオファーは断らない。絶対です! 今そう言っていただいて安心しました。それだけでも少し幸せ脳に浸れそう(笑)」

女優としてのキャリアがAKB48の年月を超えた。前田敦子の仕事の流儀

 

自分の限界は、自分で決めない。

前田敦子、27歳。あの日センターで輝いていた彼女は、女優として夢の河を渡り続ける。

(取材・文=山城さくら、写真=大滝洋之 / Bright Logg,inc)

『旅のおわり世界のはじまり』作品情報

キャスト:前田敦子・加瀬亮・染谷将太・柄本時生・アディズ ラジャボフ
監督・脚本:黒沢清
撮影:芦澤明子
音楽:林祐介
配給:東京テアトル
6月14日(金)全国ロードショー
ウェブサイト:https://tabisekamovie.com/
(C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

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