私の一枚

石橋静河が反発した両親と同じ道を目指すまで

ちゃんの頃の私です。1歳になるかならないかぐらいの頃でしょうか。3人きょうだいの末っ子だったので、もう親も子育てに慣れてきていたらしくて、ちょっと泣いたぐらいではあやしに来てくれない。ものすごく泣き叫んでようやく「どうしたの?」って来てくれるような、そんな記憶がぼんやりと自分の中に残っています。

舞台のお仕事をする上では、肺が強くなって良かったかもしれませんね(笑)。性格はすごく極端で、笑っているか怒っているか、そのどちらかだねって、子供の頃はよく親に言われていました。

石橋静河さん

欠かさず作ってくれたお弁当。時には父が作ることも

両親が俳優という家庭環境に反発したのか、子供の頃は「私は絶対に役者さんにはならない!」って思っていました。家族のかたちなんてそれぞれ違うものだって、今ではもちろんわかります。でも小さい頃は、友だちのお家は週末はお父さんとお母さんが家にいるのに、なぜうちはそうじゃないんだろうと思っていました。土日なのにお父さんが家にいないとか、お母さんがロケで長く家を離れるとか、そういうことがない家がいいなって思っていました。

「静河ちゃんのお父さんとお母さんって有名人なんでしょ?」とか「すごいね」って言われることにも、すごく抵抗がありました。自分がいる家族が普通じゃないように思われることが嫌で、「そんなことない! うちは普通だから!」と言い張っていた記憶があります。

でも両親は、いわゆる「普通」の時間をちゃんと作ってくれていて、今思えばそれはむしろ特別なことだったと思います。誕生日とか卒業とか、節目の時は毎回祝ってくれましたし、少し時間が遅くなっても夜ご飯をきちんと作ってくれました。特にすごいと思うのは、幼稚園から中学校まで、お昼のお弁当を欠かさず作ってくれたこと。母が作れない時には父が作ってくれたこともあります。実は普通以上に普通を大切にしてくれていたんじゃないかなって、今になって思います。

石橋静河が反発した両親と同じ道を目指すまで

新進俳優として注目を集める石橋静河さん。舞台や映画、ドラマへの出演が続いている

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バレエダンサーへの夢の途中で経験した挫折

役者という仕事に対する意識に変化が出たのは、4歳から習っていたクラシックバレエで挫折を経験してからです。唯一長く続けられた事がバレエでした。でも、自覚を持って真剣にやり始めたのは13歳ぐらいになってから。バレエダンサーは、プロになるにはだいたい18歳ぐらいまでにテクニックを完成させていなくてはいけなくて、それを考えると、13歳から真剣に始めるのでは少し遅いくらいです。

でもそこから、アメリカのバレエ学校のサマースクールに通ったり、カナダのバレエ学校に留学して、懸命に練習しました。バレエの技術は本当に難しいけれど、毎日努力することで、昨日までできなかったことが今日はできるようになっている、その感覚がうれしくて、本当に充実していました。

ただ、優秀なダンサーとの実力の差は歴然としていて、私はプロのバレエダンサーにはなれないということに気づき始めました。バレエは体型や骨格レベルで向き不向きが決まってしまうところもあるので、努力だけではどうしようもない限界もありました。身も心も捧げる思いがあるのに、叶(かな)わないこともある。その現実を受け入れるまでには、かなりの時間がかかりました。

 

バレエを諦めたからこそ気づけた演技の魅力

その挫折の中で出会ったのがコンテンポラリーダンスです。コンテンポラリーダンスはバレエと違い、高度な技術ももちろんですが、それ以上に感情の表現や振付家の世界観に合わせていくセンスを求められます。その違いを知った時、私の性格に合っているように感じましたし、今まで自分がしてこなかった表現にバレエのエッセンスを加えることで、自分も思っていなかったような表現が生まれて、どんどん楽しくなっていきました。

そして、留学中にニューヨークでお芝居を観たことも大きなきっかけになりました。歩き方やちょっとした仕草、表情の作り方まで、そのすべてが身体表現なんだということに気がついたんです。バレエのような「型」ではなく、役を演じるということでも身体表現はできる。自分にとって大きな発見でした。

バレエもコンテンポラリーダンスもお芝居も、それぞれがまったく違うものではなく、どこかつながる部分があるんですよね。そのことが分かってからは、お芝居に対してわくわくする気持ちがどんどん湧いてきました。バレエは諦めるしかなかったけれど、だからこそ他の表現にも目を向けられたと思いますし、自分や自分の両親がいた環境とは違う場所で、自分の中の“偏見”を取り払った状態でそれを知ることができたことは、とても大きかったと思います。

舞台ビビを見た!ポスター

『ビビを見た!』は7月4日(木)よりKAAT神奈川芸術劇場にて上演

 

『ビビを見た!』のビビは子供の頃の私のよう

7月には『ビビを見た!』という舞台に出演します。私が演じるビビは5歳ぐらいの人間ではない女の子で、全身が緑色で、触覚と破れた羽を持っている、ちょっと不思議な存在です。映像で自分とかけ離れた年齢の役を演じるのは難しいですけど、それができるのは舞台ならでは。子供の体の動きと大人の動きの違いなどを意識しながら演じてみようと思っています。

ビビは怒ったり笑ったり泣いたり、感情の変化が激しいです。そういう部分は「あなたは本当に怒っているか笑っているかだね」って言われていた子供時代の自分に通じるかもしれません。台本を読んでいて、「私ってこんなに無邪気で残酷だったのかしら」って、ちょっとハッとしたり(笑)。昔の自分を演じているような気持ちになりながら、お稽古をしています。

石橋静河さん

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(聞き手・髙橋晃浩 写真・小山昭人)

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いしばし・しずか 1994年、東京生まれ。15歳からアメリカとカナダにバレエ留学し、帰国後はコンテンポラリーダンサーとして活動。2015年から俳優としての活動を始める。2017年の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』でブルーリボン賞新人賞をはじめ多数の新人賞を受賞。2018年にはNHK朝の連続テレビ小説『半分、青い。』に出演。舞台『ビビを見た!』は7月4日(木)~15日(月・祝)、KAAT神奈川芸術劇場にて上演。

■『ビビを見た!』詳細はこちら https://www.kaat.jp/d/vivi

PROFILE

髙橋晃浩

福島県郡山市生まれ。ライター/グラフィックデザイナー。ライターとして有名無名問わず1,000人超にインタビューし雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆は200枚以上。グラフィックデザイナーとしてはCDジャケット、ロゴ、企業パンフなどを手がける。マデニヤル株式会社代表取締役。

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