本を連れて行きたくなるお店

おいしいうなぎにパワーをもらえるのは感謝できる人 加藤元『うなぎ女子』

カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。本とお酒を愛する編集者で鰻(うなぎ)オタクの笹山美波さんの連載コラムは、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れて行ってくれます

土用の丑の日(今年は7月27日)が近づくと、メディアで盛んにうなぎが取り上げられるようになる。何度もうなぎを見せられたら、もうたまらない。今すぐにでもうなぎ屋へ駆け込みたくなる。

日本のうなぎの消費は夏に集中するが、新しい門出やお祝いごとなど、ハレの日にもよく食べられている。このほか、誰かに感謝を伝えたい時やお客様との会食にも、自分への労(ねぎら)いにもふさわしい。少し特別な時間がうなぎ屋には流れていると思う。

おいしくてほろ苦いエピソード満載な、うなぎ屋が舞台の短編集

うなぎの写真がたまらない表紙。物語で取り上げられる料理がたまらなくおいしそうな点もこの本の魅力だ。また、各章の見出しは「う巻き」や「うざく」などうなぎ料理の名が付けられており、そのおいしいエピソードが物語のキーになっている

うなぎの写真がたまらない表紙。物語で取り上げられる料理がたまらなくおいしそうな点もこの本の魅力だ。また、各章の見出しは「う巻き」や「うざく」などうなぎ料理の名が付けられており、そのおいしいエピソードが物語のキーになっている

今回紹介したい加藤元の短編小説集『うなぎ女子』は、万年脇役俳優の権藤佑市に関わりがある5人の女性が、うなぎ屋「まつむら」で過ごす切ないひとときが描かれている。

権藤は中年になっても20代で通用しそうなほど若見えする容貌で、お金はないが、学生時代からずっと俳優をしてきた夢追い人。良くも悪くも、自分の気持ちに正直に生きている。無邪気な性格は魅力的ではあるが、周りは振り回されてしまうこともしばしば。そして、うなぎが大好物。

権藤と5人の女性の関係性はそれぞれ異なり、長年連れ添った彼女や学生時代に振られた後輩、元ルームメートなどさまざまだ。けれども全員、権藤とのうなぎにちなむおいしい思い出が、物語の舞台となるうなぎ屋「まつむら」にある。

5人の女性が「まつむら」へやってくるのは、生い立ちや仕事などの辛(つら)いめぐり合わせや境遇、そして、権藤との関係や忘れられない思い出に悩んでいる時だ。だが、うなぎを食べると不思議と気持ちが整理され、決断できる。

勝手な推論だが、うなぎ屋では数ある魅力的なメニューの中からスパッと選び、手持ちのお金を思い切り良く使う気概を試される。その後、しばらく待たされ焦(じ)らされ、我慢したその先においしい幸せが訪れる。そんな小さな成功体験が、すでに心は決まっている彼女たちの後押しをしてくれるのかもしれない。

うなぎを食べる喜び、ごちそうする喜び

ここからはうなぎ屋「新宿うな鐡」で、おいしい料理をいただきながら、物語を少し詳しく紹介しよう。新宿うな鐡は、歌舞伎町のど真ん中にある創業60年余の老舗。場所柄、客層は実にさまざまで、二人連れのお客さんが、権藤のような俳優とその彼女に見えてくることも。『うなぎ女子』を読んだ時、すぐにここを思い浮かべた。

うな鐵の入り口

にぎやかな歓楽街の中にあるとは思えないたたずまいだが、不思議と街に馴染(なじ)んでいる

新宿うな鐡のメニューは、部位ごとに串に挿して焼いた「串焼き」、酢の物の「うざく」、ごぼうを巻いた「八幡巻」、薬味をたっぷり載せた「たたき」などとても充実している。私は「うなぎは好きだがうな重以外は食べたことがない」という人をこの店に何度か招待しているが、例外なく楽しんでもらえる。実は、私自身もずいぶん昔に先輩に連れてきてもらい、初めて口にするうなぎ料理を楽しんだ。

うな鐵のカウンター席

カウンターに座ると、目の前でうなぎを焼く職人の姿を拝むことができる。このライブ感もたまらない

『うなぎ女子』にも似た場面がある。第1章の「肝焼き」で、20年余権藤と事実婚の関係にある笑子が、付き合い始めて初めての権藤の誕生日を祝うため、うなぎをごちそうするシーンだ。貧乏だったので、子供のころから一度もうなぎ屋へ行ったことのない権藤は、うなぎ屋に憧れを持っており、笑子に「おごってくれ」と頼んだのだ。

訪れたのは笑子が幼少期から家族と通った「まつむら」。権藤は初めて見るメニューに興味が湧き、うな重に加え、肝焼き、う巻き、白焼きと調子に乗って色々頼み、獣のように貪りついて、「うまい」と連呼した。奢る側の笑子もまんざらでもない。

デパートの売り子として働いていた20代そこそこの笑子が、懐事情を省みずうなぎをごちそうしたくなる気持ちになったのも、とても共感できる。この日だけは背伸びして、馴染みのお店のおいしいうなぎを食べる幸せを思う存分味わってみてほしかったのだろう。相手が心の底から喜んでくれたことは、すごくうれしい経験となったはずだ。

この時権藤は「うなぎを食べる喜び」を、ごちそうした笑子は「好きな相手を喜ばせるという、最高の喜び」を初めて知ったのだった。

うなぎの肝焼き

「肝焼き」が肝臓以外の色々な内臓をまとめた串ということはあまり知られていない。新宿うな鐡では、肝臓だけを集めた「レバー」も提供しており、食べ比べができる(各320円)

おいしいうなぎにパワーをもらえるのは感謝できる人 加藤元『うなぎ女子』

冷たくてすっぱいうざく(1000円)。暑い季節の前菜にぴったり

それから20年、権藤と笑子は2人の大事なお祝いの日には、うなぎ屋「まつむら」へ通うようになる。その後の2人の紆余(うよ)曲折については、ぜひ物語を読んでみてほしい。まるでその短編のタイトルに付けられた「肝焼き」みたいに、甘くてしょっぱくて、ほろ苦く感じるはずだ。

うな重

たくさんの一品料理をたいらげお腹いっぱいでも、食べたくなるのがうな重。「ご飯は厚み1センチくらいの少なめで」とお願いすれば、お腹の隙間にすっかり収まる(うな重上・2900円、肝吸い・お新香付き)

お店のうなぎがパワーをくれるワケ

ご褒美や労いの日には、できればお店でちゃんと調理されたうなぎを食べてほしい。高価ではあるが、その分安心しておいしいうなぎが食べられる。

これは全くの持論だが、絶滅危惧種でもあるニホンウナギの尊い命を、ご褒美やお祝いなどの“個人の事情”でいただいたことへの対価をきちんと支払うことで、「神の使い」とも言われるうなぎの力を分けて貰えるのだ、と考えている。

今回紹介した物語の中だけではなく、お店でうなぎを食べる喜びを知っている人は、うなぎに口福のみならずパワーまで得られるように思う。大切なのは、そういった背景を理解して資源を大事にできる、心の豊かさにあるのかもしれない。

新宿うな鐡

東京都新宿区歌舞伎町1-11-2

03-3200-5381

http://www.shinjyukuunatetsu.com/

営業時間:月曜~日曜・祝日 11:00 ~ 23:30(ラストオーダー:23:00 )

PROFILE

笹山美波

「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのWebプロデューサー、マーケター。ライター。鰻オタク。東京と食に関連する歴史/文化/文学/お店を調べるのがライフワーク。

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