大御所シェフのいつものごはん

大御所シェフが「天才的」とうなった十割そば「蕎麦 流石」(銀座)

越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす当連載。前回に引き続き、「ギンザトトキ」のオーナーシェフ十時亨さんが通う店をご紹介。今回は銀座のそば店「蕎麦 流石」です

今回の大御所シェフ

十時亨シェフ

十時 亨さん

1956年、福島県出身。都内の名店で修業後、82年に渡仏してフランスの北から南までくまなくまわり、6年間腕を磨く。東京屈指の老舗フレンチレストラン「銀座レカン」総料理長を経て、2003年に「レディタン ザ・トトキ」を銀座5丁目に独立開店。10周年の13年、インテリアを一新して「ギンザトトキ」としてリニューアルオープンした。平成27年度の厚生労働省「現代の名工」と農林水産省「料理マスターズ」をダブル受賞。

【大御所シェフが通う店】蕎麦 流石(銀座)

大御所シェフが「天才的」とうなった十割そば「蕎麦 流石」(銀座)

前回に続き、十時さんに教えてもらった行きつけの2軒目は、東銀座の「蕎麦 流石」。

歌舞伎座裏の路地、ミシュラン1つ星を連続獲得した店である。

ふだんは街の普通のおそば屋さんを愛好し、食べるのは大もり一本と決めている十時さんが、おいしい手打ちを食べたいとき、向かうのが流石。生産者から玄そば(殻のついたままのソバの実)の状態で仕入れ、毎日石臼でひきたての粉で打つ十割そばに対し、「つなぎなしで、ここまで細く打てるのは天才的」と、賛辞を惜しまない。

「斬新な創作そばがあると思えば、いまではめったにお目にかかれない古典そばも出す。つまみもうまい。そばにはこんな楽しみ方があったんだと、気付かせてくれる提案型のそば屋です。女主人も傑物ですよ」(十時さん)

様々な酒が進む酒肴3点盛り

すべて自家製の「酒肴盛り合わせ」1200円

すべて自家製の「酒肴盛り合わせ」1200円

“傑物”と十時さんが評する藤田千秋さんが、店をはじめて今年で15年になる。店の理想型とするのが、居酒屋の機能も備えていた、江戸時代のそば屋だ。

「そばはさっと食べ、さっと出ていくのが粋だといわれますが、うちはお酒を飲みながら、ダラダラ長居してほしい。だから、江戸時代から続くそば屋のつまみを充実させています」

ちょっとなめては、ちびちび飲むのに最適なのが、酒肴(しゅこう)3点の盛り合わせだ。わさび漬け、そばみそ、わさびのりすべてが手作り。

わさび漬けの材料には大吟醸の酒粕、わさび海苔には有明海産の生のりを使い、両方とも甘みを抑え、お酒がおいしく飲める味に仕上がっている。炒(い)ったそばの実を出す直前に練り込んだそばみそは、香ばしくてカリカリ。4種のみそを合わせた味は深い。

「クリスピーな食感が、シャンパンともよく合うんですよ」と藤田さん。日本酒はいかにもそばに合いそうな銘柄が並び、シャンパンとワインはグラスでも頼め、変わったところでは、仏ブルターニュ産の有機そばビールも。酒類の品ぞろえも、玄人好みがして魅力的だ。

流石の名物「ひやかけそば」

梅肉入りの大根おろしが添えられた「ひやかけそば」1000円

梅肉入りの大根おろしが添えられた「ひやかけそば」1000円

そばの食感は繊細でなめらか。十割そばの概念がくつがえされる

そばの食感は繊細でなめらか。十割そばの概念がくつがえされる

1年のうち、そばの旬は、秋に収穫した新そばが熟成し、風味が最高潮になる1月から3月。ところが流石が開店したのは、ピークを過ぎた初夏だった。そこで、そばの品質以上のものをアピールできる新しい食べ方をと、創案したのが「ひやかけそば」。冷たいそばに、冷たいかけつゆをかける。いまでは流石の名物そばになった。

古来、こだわりのそば屋といえども、だし、かえし(そばつゆのもと。しょうゆ、みりん、酒で作る)は、各1種類だけ用意するのが常だった。ところが、流石ではメニューに合わせ、だしとかえしをかえている。かつおぶしは4種を、しょうゆは約10種を使い分け、かえしは5〜6種を常時用意しているというから驚きだ。

また、だしに昆布は使わない。そばはうまみがしっかりある食べ物なので、昆布を入れるとだし自体がおいしくなりすぎて、うまみが相殺されてしまうからだ。

十時さんが「水のごとく淡泊」と表現するつゆは、花がつおだけでとっただしに、薄口しょうゆのかえしで作る。途中で梅おろしを溶かして食べると、かつおのとがった風味がやわらかくなり、やさしく爽やかな味わいにつゆが一変する。

現代によみがえる古典そば

「花巻そば」1400円。のりは「すきやばし次郎」と同じものを使用している

「花巻そば」1400円。のりは「すきやばし次郎」と同じものを使用している

江戸後期に生まれ、江戸っ子に人気を博したのが「花巻そば」だ。温かいかけそばに、焼きのりをのせ、薬味はわさびだけ。のりを花に見立てた華やかなネーミングだが、あまりに素朴すぎるために、いまでは大半のそば屋で見られなくなってしまった。

古典そばには、最小限の足し算で、そばの味を最大限に引き立てた先人の知恵がある。そのおいしさを現代によみがえらせたのが、流石の花巻そばだ。

江戸のそば屋は揉みのりをトッピングしたようだが、切らずに大きいのを1枚。最高級ののりのなかでも、溶けやすいものを使っているので、そばをすくうと一緒にのりもついてきて、口中で融合する。そばとのりのマリアージュを楽しむには、冷たいもりののりがけより、断然こっちのほうが上だ。

つゆは、どのメニューでも最後の一滴まで飲み干せる端麗さだ

つゆは、どのメニューでも最後の一滴まで飲み干せる端麗さだ

つまみにもなる、にしんの甘露煮&ムース状の絶品そばがき

温かいかけそばに、にしんの旨煮を別に添えた「にしんそば」1900円

温かいかけそばに、にしんの旨煮を別に添えた「にしんそば」1900円

一方、にしんそばは、京都の郷土料理。海のない京都では、乾物を使った料理が発達した。京都のおばんざいの定番材料、身欠きにしんの甘露煮をのせたのが、にしんそばだ。江戸っ子には考えつかない足し算そばである。

にしんは1日かけて炊き、味を芯まで含ませてある

にしんは1日かけて炊き、味を芯まで含ませてある

京都では、砂糖をたっぷり入れて、こってり濃厚な甘みに炊きあげるが、流石のにしんは甘さ控えめで繊細な味つけだ。トッピングせず、かけそばとは別々に供されるので、最初はにしんだけをつまみにして、途中からそばにのせると、にしんの脂気と風味が溶け出して、つゆ自体の味もあざやかに変わる。ひやかけと同様、ひと皿で二度おいしい。

「そばがきの揚げ出し」1500円

「そばがきの揚げ出し」1500円

流石のそばがきは、一般的な作り方にくらべ、水の量とかきまわす回数が多い。通常はそば粉1に対して2倍の量の水で作るところを3倍加え、すりこぎで力いっぱい300回かきまわし、空気をたくさん含ませながら強火で練る。すると、信じられないくらい軽い、ムース状のそばがきができあがる。

それを揚げて、濃いめのつゆを合わせたのが「そばがきの揚げ出し」だ。表面はカリッ、中身はふわっふわ。食感の対比がすばらしく、油で揚げてあっても空気量が多いため重さがみじんもない。するりとおなかにおさまる。

各界の料理人の交流の場に

いかにも大人の隠れ家風の看板

いかにも大人の隠れ家風の看板

藤田さんとそばの関わりは、彼女が編集者として働いていたころ、神田・淡路町にあった「いし井」で十割そばを食べ、天地がひっくり返るほどの衝撃を受けたことにはじまる。あまりのおいしさに、そのままいし井に押しかけ修行に入り、そば職人に転身してしまった。

店主の石井仁さんは、知る人ぞ知るカリスマ職人で、当時いし井には勉強熱心なフレンチのシェフがしょっちゅう来ていた。藤田さんは彼らとの会話や仕事ぶりから、大きな刺激を受けたそうだ。十時さんは、そのうちの一人である。

実は、藤田さんがメニューによってだしとかえしをかえているのは、フレンチでは料理ごとに異なるフォン(だし汁)で作ったソースを添えるのに対し、そばつゆが単調なことに疑問を持ったからだった。それ以外にも、料理作りの基本には、フランス料理の影響がさまざまなかたちで反映しているという。

そんな藤田さんが率いる流石には、いまも各界の料理人が集まり、交流の場になっている。

(撮影・森カズシゲ)

店舗情報

蕎麦 流石
東京都中央区銀座2-13-6 東二ビル2F
地下鉄「銀座」駅、「銀座一丁目」駅、「新富町」駅、「東銀座」駅より徒歩5分
03-3543-0404
営業時間:11:30~14:00/17:30~22:00(L.O.21:00)
*入店時間は平日は19時、土曜は18時30分まで
*土曜の営業は21:00(L.O.20:30)まで
定休日:日・祝
公式サイト:http://ginza-sasuga.jp/honten/

大御所シェフのお店

ギンザトトキ
東京都中央区銀座5-5-13 坂口ビル7F
東京メトロ各線「銀座」駅より徒歩3分
03-5568-3511
営業時間:11:30~14:00 (L.O 13:30)/18:00~22:00 (L.O 21:00)
定休日:月曜(祝日の場合営業、翌日休業)
公式サイト:https://www.totoki.jp/

PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル 1970-2010』(紀伊國屋書店)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。

担々麺の一つの頂点 クルミとゴマが織りなす上品な味(銀座芳園)

トップへ戻る

RECOMMENDおすすめの記事