インタビュー

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

ングラン上映が続き、上半期のヒット作となった『愛がなんだ』。今泉力哉監督が本作で描いたテーマは、多くの人々から支持を得た。一方で、解釈が難しかったという感想を抱いた人もいる。今泉監督が伝えたかったメッセージは何か。愛すること、誰かに寄り添うことの意味とは。今泉作品に数多く出演し、その制作過程をよく知る女優の新井郁さんを聞き手に、今泉監督が考える「愛のかたち」を語ってもらった。

正解を明示しない『愛がなんだ』は、どう受け止められた?

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

新井郁(以下、新井):『愛がなんだ』はもともと原作を読んでいたので、映画化されて、今泉さんの世界観ではどうなるんだろうってワクワクしていたんです。実際に見てみると、すべてがハマっているなと。原作の凹凸がすべて映画としてきれいに昇華されていて、今泉作品で一番、スッと入ってきました。同時に、これまでの作品で描かれていた恋愛とは、少し違うなという印象も受けたんです。登場人物に熱量があったというか。

今泉力哉(以下、今泉):こういう場で新井さんとしゃべったことがないので、恥ずかしいですね(笑)。『愛がなんだ』については、とにかくキャスティングが本当に素晴らしかったと思います。主演2人の演技に助けられましたね。あとでしゃべりますけど、確かに今までとは違うと捉えられた部分もあると思います。

新井:印象に残ったのは、登場人物が「誰に寄り添うか」でした。さまざまなキャラクターに寄り添えるポイントがあって、誰の視点で見るかに面白さがありますよね。二度、三度と作品を見るときに「次はこのキャラクターで」と視点を変えると、全然違うものになるだろうなと。

今泉:基本的には、岸井ゆきのさん演じる主人公・テルコの視点で描かれていて、作中ではさまざまな場面で答えを明示しなかったので、見終わった後に「これはどういうことなの?」というクエスチョンが必ず出てくるんです。先日、名古屋でトークをしたのですが、二十歳前後の女の子二人組から、質疑応答のときに、「葉子と仲原は結局どうなるんですか!?」と聞かれてしまって(笑)。

新井:映画では描かれなかったお話ですね。

今泉:そう。だから「お客さんに委(ゆだ)ねているので、じっくり考えてください。僕としては、彼らの関係についてこう思います」と持論を言ったら、「なるほど……」と。なぜか恋愛相談をしているような感じになってしまったんですね(笑)。余談ですが、僕は大学が名古屋だったので同級生が来てくれていたんですけど、「力哉くん、そんなに恋愛をしていなかったのに、よくあんな質問に答えられるね」と冷静に言われて、すごく恥ずかしかった……(笑)。

監督本人の実体験を投影することで完成していく今泉作品

新井:今泉さんは作品に実体験を入れますよね。それはなぜですか?

今泉:『愛がなんだ』にもいくつかあります。実際に体験した出来事を入れないと、映画は強度を生まないと思っているんですね。ただ、「こうしてください」という演出はしません。作品について、自分がすべてをコントロールしようとは思わないです。だからこそ、役者さんのお芝居が弾けて、良いシーンを生む。

僕が指示をすると照れてしまうようなシーンも、ある程度お任せしていたら、(テルコが思いを寄せる)マモル役の成田凌さんがとても上手に演じてくれました。「追いケチャップ」という、マモちゃんがテルコにケチャップを食べさせるシーンがあるのですが、それも成田さんのアイデア。役者さんに委ねることで、自分では作り出せないものが出てくるんですね。

それは岸井さんやほかのキャストさんも同じです。役者さんの力量があればあるほど、作品は豊かになっていく。新井さんは何度も仕事を一緒にしているから分かると思うんですけど、僕は本番直前、テストまで終えたタイミングで、片方の人にだけこっそりセリフを足したりしちゃうじゃないですか。当然、もう一人は本当に驚くのですが、そのとき、役柄のまま驚いてもらえると深みが出る。一方、素で驚いてしまうと成立しないので、そこが難しいところです。

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

新井:過去に出演させていただいた作品でも、今泉さんは実体験の話をされましたよね。すごいなと思ったのは、ご自身の体験をそのまま演出するのではなく、フィクションの要素を入れてリアリティーを出すことです。脚本には書かれていない演技が、そのときに初めて生まれて、それが今泉さんの体験と混ざったかたちで再現される。

今泉:自分の話をそのまま使っても映画にはならないので、分かりにくかったら分かりやすくしますし、時には過剰にすることもあります。新井さんに出てもらった『サッドティー』という作品、洋服を作っている浮気相手の家に行ったとき、布を二種類見せられて、どっちがいいと聞かれるシーンがあるじゃないですか。

あれは僕が妻に、子供服を作るための無地の布を見せられて「すごくいい布なんだけど、どう?」と言われたことがもとになっているんですね。無地の布とか分からんわと思ったんだけど(笑)、そのやりとりを映画でそのまま表現しても伝わらないので、二種類の布にして演出しました。別の映画で、新井さんに一番最後に言ってもらったセリフ、僕が大学生のときに彼女に言われた別れの言葉ですからね(笑)。

新井:そうだったんですね!(笑)

今泉:やっぱり女性から発せられる言葉は、自分の想像力では書けないんですよ。印象的な言葉は覚えているので、ストックとして持っていて、それを実際に用いたりする。以前、「女性の気持ちが分かるから、作品で女性の気持ちがうまく書けるんですね」と言われたことがあるんですけど、そういえば言われた言葉を書いただけだなと、今思いました(笑)。

尽きない議論の果てに浮かび上がる、愛のままならなさ

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

新井:この作品に大きな反響があったのはどうしてだと思いますか? 

今泉:ひとつは、あまりこのタイプの映画がなかったからだと思うんですよね。もっとこういう映画があれば、反応は違ったと思います。もちろん、『南瓜とマヨネーズ』や『人のセックスを笑うな』はあったし、同じタイプの作品では『ジョゼと虎と魚たち』が一番影響が大きかったんじゃないか、という話はしていましたけど。

“うまくいかない恋愛ものでリアリティーがある”、そういった作品が増えればいいなとはずっと思っていて、その数が少ないから自分には今のポジションがあるのかなと。とはいえ、特に戦略的にやったわけじゃなくて、自分はそういった話に興味があったからやっているんですけどね。あと、作品を作る過程で、時代性や「今」というものをあまり意識していません。

新井:それはなぜですか?

今泉:「今」というのは、「いつか廃れる」という裏返しですよね。その時代の流行に合わせて作ると、5年後、10年後に見たとき、色あせてしまうと思うんです。『愛がなんだ』で初めて知ってくれた人が、もし自分の過去作品を見てくださったとしても、「今泉はずっと同じことをしていたんだな」と感じてもらえると思う。

もうひとつ。短編映画を撮っていたときから、付き合っていても結婚していても、思いの比重がまったく同じ人はいないと思っているんです。「思いの差」というのは必ずある。最初はそれをどう表現していいか分からなかったので、たとえば「浮気相手がいて三角関係になる」みたいにベタに作っていました。

『サッドティー』あたりから、「浮気されていることが分かっているのにとがめない関係性」を描くようになって、どんどん二人の温度を下げることに興味が出てきたんですね。『愛がなんだ』も今まで通りの作り方だったら、岸井さんや成田さんの熱量を抑えた演出にしたと思うんです。今回は原作がありましたし、珍しく温度が高い話になりましたけど、「誰かを好きになることの美しさ」にブレはなかったので、メッセージの強度が上がって、お客さんに響いたのではないでしょうか。

新井:「人を好きになることの美しさ」や、「恋愛の多様なかたち」はどの作品でも共通して描かれていると思っていました。『愛がなんだ』では、私は登場人物と同じくらいの年代で、一緒に見に行った子たちも近い年齢。

最初はテルコに自分の過去を投影していたのですが、あまりにも感情移入して悲しくなったからやめて(笑)、岸井さんとか成田さん、若葉竜也くん(ナカハラ役)、江口のりこさん(すみれ役)の細かなしぐさをずっと見ていました。登場人物それぞれに何ともいえない個性があって、それが昔の自分や今の自分に投影できるところに、この映画の面白さがあるのかなと思います。

今泉:役者さんが持っている魅力や、アドリブの良さを潰さないようにすることをいつも考えていますね。オリジナルで脚本を書くときも他人のアイデアがあったほうが良いと思っています。そもそも僕は「脚本家」と名乗っていないんですよ。脚本はあくまで設計図なので、現場で都度、変えていくし変わっていくもの。編集でもどんどん手を入れるので、そうしてできあがった映画が誰かに届いてくれるのは、やっぱりうれしいです。

尽くす人が救われて、尽くされている相手が救われないこともある

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

今泉:最近は恋愛がめんどくさいという人もいて、それは損得勘定であるとか、無駄な時間だから必要ない、という話につながると思うんですね。僕は「恋愛ってコスパが悪い」という発想が一番やばいと思っていて。だって、めんどくさくない恋愛なんて絶対にしたくない、全然面白くないじゃないですか。片思いをして、「メールに返事が来ない」と言って待っていた時間はきついし、地獄でしたけど、本当に大切なのはあの時間ですよね。

苦しかったりめんどくさかったりするんだけど、それを無駄やコスパという言葉で否定してしまうと、どんどん人間として面白みがなくなってしまうと思うんです。それと、恋愛をしてみて、何が良い、何が悪い、どういう関係性なのかに関しては、他人じゃなくて当事者同士が決めること。だってそれは、当事者じゃないと絶対に分からないことだから。ほかの人は外からアドバイスをすることはできるけど、二人の関係に介入する余地はないんですよね。

新井:『愛がなんだ』を幅広い年代の人が見て面白いと思ったり、特に女性から共感を集めたりするのは、あれだけ気持ちのぶつかり合いができる関係を、みんな理想だと思っているからじゃないかなとも思うんです。たしかに本音を言うのは面倒かもしれないし、コスパは悪いかもしれないけれど、感情にふたをしないテルコを少しうらやましく思ってしまいます。

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

今泉:作中では、さすがに自分を大切にしなさすぎる人たちが出てくるので、自分を大事にしたらいいのにという感想というか、お説教がありますけど(笑)。

新井:今泉さんの映画は全部見ているんですけど、登場人物の感情の揺れみたいなものが、静かに存在するシーンがいとおしくて好きなんですね。私、日常でそういうシーンは普通にスルーして生きられちゃうから、もっと大事にしたいなと思って、いつも劇場を出るんですけど。

今泉:例えば、どんなところですか?

新井:『愛がなんだ』でいうと、ナカハラくんの悲しげな表情もそうですし、ベッドで二人がお互いの足をつんつんするシーンがあるじゃないですか。あそこで、「このカットを撮るか」と(笑)。

今回の作品は献身性や、尽くすキャラクターたちの話でもあると思いますが、監督は何を考えながら撮影していましたか?

今泉:尽くすこと、というのが無償の愛という捉え方もある一方で、尽くしている人が救われていて、尽くされている相手が救われていないこともある。この映画では「なんで尽くされているほうがつらそうなんだ……」と思っていました。献身性、難しいなあ。献身性がちゃんと相手のためになることってあるんですかね。ない? あるか(笑)。

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

新井:洗濯物をきれいに畳んで収納するシーンがあるんですけど、たぶん私はやってしまうんですよね(笑)。

今泉:あれは本当に、男性はマモちゃんの気持ちが分かるシーンかもしれないです。

新井:映画を見たときに初めて「あ、これはダメなんだ」と思って。

今泉:女性に話を聞いたときも、(洗濯物の整理を)やってもらえたらうれしいって言っていました。男性にとってあれがつらいことが共有できないんですよね。もちろん、すべての男性がそうではないのですが。

新井:答え合わせみたいな面はありましたよね。あれはやっぱりだめなんだ、気を付けようとか。洗濯物をたたんで収納しておくシーンでは、マモちゃんには自分のテリトリーがあって、テルコはそれを壊しちゃったことが分かる。さまざまな地雷の存在を知りました。

そばにいること、寄り添って過ごすこと

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

新井:テルコは最初、結婚願望がかなりあるように見えたんですけど、関係が終わった後もずっとマモちゃんと一緒にいますよね。あれはどうしてですか?

今泉:テルコは結婚をしたかったというよりも、横にいて一番相手にされる人になりたかったんだと思います。そばにいることを拒否されるのが一番つらいので、現状維持が目的になったんですね。「どんな関係性でもいいから、横にいさせて」という状態。

僕自身、昔は現状維持を目的としている人たちの作品をずっと作っていたんですよ。普通、恋愛ものって発展する話が多いけど、僕の興味は別れそうになったり、倦怠(けんたい)期だったり、浮気がばれないようにして、今の関係性をなんとか維持している人たち。『愛がなんだ』は今までやってきたこととつながっていて、テルコはマモちゃんに受け入れてはもらえないけれど、関係が切れたわけではない。そして今の関係を壊さないことが目的化してしまい、それにおびえながら過ごしている。つまり、現状維持をしたくて、縁を切られることが一番きついんです。

新井:作品を見ていて、あの関係性がもしも依存であるならば、それはテルコではなくて、呼べばいつでも来てくれるテルコに、マモちゃんが依存しているんだと思っていたんですよね。

今泉:テルコの恋人がマモちゃんじゃないといけなかったのか問題というのも議論で出てきました。誰でもよくて、たまたま出会ったマモちゃんを選んだんじゃないかと。原作では大学時代の恋愛のエピソードがあって、テルコは結局、今と同じことをしているんですよ。うちは嫁が同業なので脚本を読んでもらったんですけど、「マモちゃんの顔を出さない方がいいんじゃない?」と言っていたんです。それはテルコにとって、「マモちゃん」が誰でもいいからですよね。理想を投影しているマモちゃんに、依存していただけなのかもしれないとも読めました。

でもたいていの恋愛って、自分の理想とする像に相手を当てはめますよね。他人から見て魅力的じゃない人に惹(ひ)かれる理由って、決して理解されないですけど、本人はとても大切なものを見つけちゃってるわけです。それが愛なのかもしれません。

映画『愛がなんだ』監督 今泉力哉 「めんどくさくない恋愛なんて、存在しない」

(文・冨手公嘉 写真・長田果純 ヘアメイク・古庄美里(tetenico) 取材協力・テアトル新宿)

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