MY KICKS

結婚式で履きたい「スーパースター」 アディダス ジャパン副社長の一足

今や、スニーカーは私たちの生活に欠かすことのできない“生活必需品”。どんな人にも愛着ある一足があり、そこには多くのこだわり、思い出、物語が詰まっているはず。本コラムでは、様々なスニーカー好きたちが「MY KICKS(=私の一足)」をテーマに語り尽くします。

トーマス・サイラー(Thomas Sailer)さん
1970年ドイツ生まれ。アディダス ジャパン株式会社副社長。1998年にアディダスに入社。サッカー部門を経て、ストリートファッション部門である「アディダス オリジナルス」に関わるようになる。以後16年にわたるドイツ・ヘルツォーゲンアウラハにあるアディダス本社勤務を経て、2015年から日本支社であるアディダス ジャパン株式会社で副社長を務める。

ブランドを象徴する一足

コントラストカラーを使わず、白で統一したコレクション“HOME OF CLASSICS”から登場した「スーパースター 80S リコン」(税込み17,280円)

コントラストカラーを使わず、白で統一したコレクション“HOME OF CLASSICS”から登場した「スーパースター 80S リコン」(税込み17,280円)

「スタンスミス」「キャンパス」「ガゼル」など、数多くの名作シューズを生み出してきアディダスだが、ブランドを象徴する一足となれば「スーパースター」をおいて他にない。1969年にバスケットボール用のシューズとして発売された「スーパースター」は、「NBA史上最も偉大な選手」とも言われているカリーム・アブドゥル・ジャバーはじめ、多くの一流プロバスケットボールプレイヤーが愛用した。同時にスーパースターを語る上で欠かすことができないのが、ヒップホップアーティストの存在。彼らの“バックアップ”により、スーパースターは単なるスニーカーを超えた、ストリートファッションの世界における象徴的なアイテムにまで昇華した。

今回は、アディダス ジャパン株式会社の副社長トーマス・サイラーさんに、自らの半生を振り返りつつ、人生の相棒と言えるスーパースターの魅力を語り尽くしてもらった。

「80年代の西ドイツの高校生にとって、ごく日常的な一足だった」

「アディダスの社員はみんなスニーカーが大好き。もちろん私もそのひとりです」 とトーマスさん

「アディダスの社員はみんなスニーカーが大好き。もちろん私もそのひとりです」 とトーマスさん

アディダス ジャパン株式会社でマーケティング部門のトップであり、また副社長でもあるトーマス・サイラーさんは1970年ドイツ生まれ。生粋のスニーカー愛好家が最も印象深いスニーカーとして紹介してくれたのが「スーパースター」だ。

「ここまで長い間愛され、同時にカルチャーを象徴してきた“アイコニック”なスニーカーはそれほど多くありません。私自身、少年時代からずっと愛用してきました。初めて履いた時? 

う〜ん、たしか中学生か高校生の時だったかな……正直あまり覚えていません。というのも1980年代の(当時の)西ドイツの高校生は、本当に全員アディダスを履いていたんです。その中で最も人気が高かったのがスーパースター。特別なものではなくて、本当に日常的で当たり前にあるシューズだったので、初めての出会いまで記憶にないですよ(笑)」(トーマスさん)

スーパースターのルーツはバスケットボールのために作られた『プロモデル』と呼ばれるハイカットのシューズ。しかしローカットのモデルを求めるプロバスケットボール選手たちの要望を受けて、1969年に誕生したのが『スーパースター』だった。つま先部分の「シェルトゥ」と呼ばれる樹脂製のパーツも、バスケットボール選手の足の指を保護するためのものだったという。

貝殻のように見えることから「シェルトゥ」と呼ばれている樹脂製の補強パーツ。つま先部分が丈夫であるため、スニーカーをハードに扱うスケートボーダーたちからも人気を集めた

貝殻のように見えることから「シェルトゥ」と呼ばれている樹脂製の補強パーツ。つま先部分が丈夫であるため、スニーカーをハードに扱うスケートボーダーたちからも人気を集めた

人気ラッパーに愛され、ストリートカルチャーを体現するスニーカーに

アディダスの資料によれば、発売の数年後には NBA選手の実に75%がスーパースターを使用していたという。また、その人気はバスケットコートだけにとどまらず、カルチャー方面にも伝播(でんぱ)。70年代後半のニューヨークのファッションスナップを見れば、フレッシュなB-BOY(ブレイクダンサー)たちがスーパースターを履きこなす姿を確認できるはずだ。

「ストリート発のブームを世界規模の大ブレークに導いたのは、ラップグループのRun-D.M.C.でした。彼らは本当にアディダスを愛している人たちで『My Adidas』という曲までリリースしているんですが、この曲をライブでパフォーマンスしている最中にスーパースターを天に掲げたんです。その時のオーディエンスの盛り上がりを見て『これはお金を取れるのではないか』と考えたらしいんですね。そしてアディダスに連絡を取って、両者のパートナーシップ関係が始まったんです。インフルエンサー・マーケティングの始まりだと言えるかもしれませんね」(トーマスさん)

スーパースターはRun-D.M.C.やビースティ・ボーイズといったラップグループはもちろん、様々なクリエーターたちに愛される中で、アートやカルチャーの世界に影響を与え、また彼らとのコラボレーションモデルも数多く発売されてきた。

スーパースターといえばRun-D.M.C.を思い浮かべる人も多いはず。コラボレーションモデルも数多く発売されている

スーパースターといえばRun-D.M.C.を思い浮かべる人も多いはず。コラボレーションモデルも数多く発売されている

世界規模で展開されたスーパースターの35周年キャンペーンを成功に導く

35周年キャンペーンで発売されたアイテムの一部。「ちょっと着用感があるのは、僕があまり“良いコレクター”ではないからです。ついつい履いてしまうんですよね」とトーマスさん

35周年キャンペーンで発売されたアイテムの一部。「ちょっと着用感があるのは、僕があまり“良いコレクター”ではないからです。ついつい履いてしまうんですよね」とトーマスさん

1998年にアディダスに入社したトーマスさんは、やがてドイツ本社のマーケティング部長となり、2005年にスーパースターの35周年を記念するキャンペーンに携わる。この企画は35種類の限定スーパースターを全世界で発売するという一大プロジェクトで、ファッションブランド、アーティスト、ミュージシャン、変わったところではコミック『キャプテン翼』とのコラボレーションを行うカルチャー色の強い企画だった。一つのキャンペーンの中で、これほど大々的なコラボレーションを行うのは、スニーカーブランドとしては初の試みであり、世界中のスニーカーヘッズから大いに注目を集めた。

「日本を含む世界各地に足を運んで打ち合わせを繰り返す日々が続きました。一番覚えているのはラッパーのミッシー・エリオットさんとのコラボレーションです。実際にお会いしてデザインについての意見やアイデアをいただく中で、このキャンペーンが本当にリアルなものになっていくことを実感したのを覚えています。今思えば、なぜあれだけ大勢の方々がプロジェクトに関わってくれたのか。きっと皆さん、スーパースターに対して非常に強い愛情を持ってくださっていたからこそでしょう。スーパースターが持つパワーがキャンペーンを成功に導いてくれたんだと思います」(トーマスさん)

シューズボックスの裏側には35種類のコラボレーションモデルが一堂に並んでいる

シューズボックスの裏側には35種類のコラボレーションモデルが一堂に並んでいる

着用シーンを選ばないユニバーサルなスニーカーをオールレザーで制作

今回、トーマスさんは、この時に発売された35種類のスーパースターから、特にお気に入りのモデルを持ってきてくれた。キャンペーンの最後に180足のみが発売されたオールレザーで作られた超限定アイテムだ。それがこちら。

ソールなど通常は樹脂素材で作られるパーツにもレザーが使われている

ソールなど通常は樹脂素材で作られるパーツにもレザーが使われている

一見シンプルなオールホワイトのスーパースターだが、実はソールに至るまで高級レザーを使用したスニーカー風ドレスシューズと言うべきラグジュアリーな逸品だ。

「お気に入りのスニーカーをついつい履いてしまう私ですが、このモデルだけは別。将来結婚する時に式で履こうと思って、専用のケースに保管しています(笑)。スーパースターは着用するシーンを選ばないユニバーサルなスニーカーですからね。スケートボードの時に使ってもいいし、カジュアルでもレストランでも使えます。実はビジネススーツに合わせても違和感がないんですよ。だったら、結婚式に履いたって良いはずでしょ?」(トーマスさん)

シューツリーで型くずれしないように大事に保管されている。レザー素材のトランクの金具はスイスの職人に発注したもの

シューツリーで型くずれしないように大事に保管されている。レザー素材のトランクの金具はスイスの職人に発注したもの

もちろんシェルトゥもレザー。通常モデルにはない光沢を放っている

もちろんシェルトゥもレザー。通常モデルにはない光沢を放っている

内部まで丁寧な縫製が施され、インソールには35周年を記念するロゴがあしらわれている

内部まで丁寧な縫製が施され、インソールには35周年を記念するロゴがあしらわれている

トーマスさんにとって、かつてのスーパースターは、自分や地元の友人が当たり前に履いている定番スニーカーでしかなかった。だからこそ、その魅力について深く考えたことがなかったという。認識を大きく変えることになったのが、この35周年キャンペーンだった。

「自分たちにとって、ごく当たり前の存在だったスーパースターとは、こんなにも特別なものだったのかと衝撃を受けました。たしかに靴以外で考えても、これだけ息が長く、そして愛され続けている商品というのはやはり特別だと言えますよね。比較するのであればフォルクスワーゲンのビートルでしょうか。あの車もスーパースターも何度か大きなモデルチェンジをしながらも、いまだに多くの人々に愛されています。それは揺るぎない核のようなもの、いわばDNAが継承されているからなのだと思います。皆さんも人生の中で自分を大きく変える機会があると思います。しかし変わらない部分もまた常に持ち続けているはずです。そういったことも象徴するシューズであると思っています」(トーマスさん)

トーマスさんが好きな角度は「やっぱりシェルトゥが見える正面」とのこと

トーマスさんが好きな角度は「やっぱりシェルトゥが見える正面」とのこと

トーマスさんがアディダス ジャパンに勤務するようになったのは、ほんの4年ほど前のこと。ドイツ本社で、幹部として巨大なキャンペーンを成功させたことに満足せず、さらなる活躍の場を求めて東京オリンピックを控えた日本支社への異動を志願し、チャレンジするために来日したのだという。

来年スーパースターは50周年を迎える。過去から未来へと愛され続けるアイコニックなモデルのスーパースターは、まだまだ立ち止まることはなさそうだ。

「スニーカーとフットボールの話であれば、いくらでもお話ししますよ」と心底楽しそうに語るトーマスさん。国際的企業の幹部であると同時に、ひとりのスニーカーファンであることを実感する

「スニーカーとフットボールの話であれば、いくらでもお話ししますよ」と心底楽しそうに語るトーマスさん。国際的企業の幹部であると同時に、ひとりのスニーカーファンであることを実感する

スーパースター 80S リコン
17,280円(税込み)
https://shop.adidas.jp/products/EE7392/

取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

PROFILE

吉田大

ライター・編集者。大学卒業後、児童書出版社勤務を経て、フリーランスに。ファッション、アート、音楽、ストリートカルチャーから、政治経済、社会問題、テクノロジー、グルメに至るまで、多岐にわたるジャンルにおいて、長年に渡り執筆活動を続けている。趣味は自転車と立ち食いそば店めぐり。お酒や煙草を嗜まないストレート・エッジな生活を送っている。

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