働き方のコンパス

日本企業にはあなたのような鈍感さが必要です!

「働き方のコンパス」は、ビジネスパーソンの悩みに哲学者や社会学者、経済学者などの研究者が答えていくシリーズです。それぞれの学問的な見地から、仕事の悩みはどう分析できるのでしょうか。今回の回答者は、経済学者の安田洋祐さんです。

今回の回答者

経済学者
大阪大学大学院経済学研究科准教授
安田洋祐さん

「東京大学経済学部から、プリンストン大学へ留学。同大学で博士号を取り、2007年に帰国。政策研究大学院大学助教授を経て、現在大阪大学大学院経済学研究科准教授。専門はゲーム理論とマーケットデザイン。サッカーとマンガとパンケーキが好き」

今回のお悩み

 Q.無神経で鈍感だと言われる。知らないうちに人を傷つけているのではと心配

私はよく「無神経」「鈍感」と言われます。上司が不機嫌でみんながピリピリしていても、私一人だけ気づいていなかったり、嫌みを言われたことに気づかなかったりします。ストレスを感じることがほとんどないのですが、一方で、知らないうちに誰かを傷つける言動をしているのではないかと心配です。全方位に好かれる必要はないと思いますが、自分では認知できない、「人の傷つく/気にする」ポイントを知る方法はありますか?(35歳、女性、広報)

 A.むしろ、あなたの鈍感さが日本企業には必要だ

「鈍感」な人が「敏感」になる方法は、残念ながらない

あなたは人から言われる通り、ちょっと人の気持ちや周りの空気を感じ取るセンサーが弱いのかもしれません。それは悪いことではなく、そういう感覚の持ち主だということです。35年間それで生きてきたのですから、今からセンサーを鋭敏にするのは難しいと思います。つまり、「認知できない、人の傷つく/気にするポイントを知る方法はありますか?」の答えは、「ない」です。

ある日突然何かが起こって、センサーが鋭敏になることも、なくはないかもしれません。でもそうしたらあなたは、自分に対する嫌みやノイズみたいなものも、どんどん感知するようになる。せっかくストレスなく働けているのに、今の安寧は奪われてしまうのです。それは本当に良い変化なのでしょうか。僕はあまりそう思いません。

対策をとるならば、人の気持ちを感知しようとするのではなく、自分の言動に気を使うことに注力してみましょう。例えば、職場で同僚に注意しなければいけない場面があったとします。そういうときに、相手を傷つけないよう「どんなときに注意するか」「どういうふうに言うか」というルールを自分の中で決めておくのです。

「本人の努力でどうしようもない件については、気になっても言わない」「言う前に相手を受け入れる一言を言ってから、自分の意見を言う」とか。「こうしておけば、そんなに人を傷つけないだろう」というルールを決めて守る、という機械的な対応をする。そのほうが、場にあわせて相手の気持ちを読み取ろうとするよりも、相手を傷つけてしまうリスクを減らせるのではないでしょうか。

あなたは、相談文から察するに、論理的で仕事ができる人なのではないかと思います。こういう相談では、実は相談になっていない、何を解決してほしいかわからない、という文章がけっこうあります。あなたの文はそうではない。僕が何を答えたらいいか、わかりやすく書かれています。あなたの能力をもってすれば、適切なルールを決めて、それをきちんと守ることができるはずです。

「鈍感」なあなたが、日本企業を救う

もっと言えば、あなたは「鈍感」なままでよいのではないでしょうか。それはあなたの個性であり、組織の多様性を高める一助になります。特に、空気を読みすぎて人と同じ行動を取りがちな、日本人の組織の中では。

最近はよくダイバーシティー(多様性)が大事だと言われています。企業でダイバーシティーというと、さまざまな専門分野やアイデア、バックグラウンドを持った人たちが集まることのメリットに目が行きがちです。でも僕は、コミュニケーション面のダイバーシティーも同じように大事だと考えています。

例えば、ある職場で部下たちが空気を読んで、なんとなく上司が帰るまで残業していたとする。でもきっとあなたは、帰る必要がある場合には「お先に失礼しまーす!」と帰ることができるでしょう。こういう振る舞いに対して、「無神経だ」「和を乱す」などと批判する人もいますが、この行動が大事なんです。

釣り合いが取れて安定した状況のことを経済学では「均衡」や「均衡状態」と言い、それが複数存在しうる場合を「複数均衡」と呼びます。この「空気を読んで残業する」という場面においても、複数均衡が存在するのです。

みんなが定時に帰るのは、均衡が保たれた状態です。早く帰れて、誰も損をしていない理想の状態。でも、Aさんだけが定時で帰ると、「あいつ、やる気ないんじゃないのか」などと言われて、皆のAさんへの心証が悪くなるとします。ひょっとすると人事評価にも影響するかもしれません。つまり、定時で帰った人が損をする。これは均衡が崩れている状態です。

 ブラック均衡を崩すファーストペンギンになれ

そして、もうひとつの均衡状態があります。それは、全員が空気を読んで残業をしている状態です。早く帰れないので誰も得はしていませんが、けれど誰も陰口をたたかれるような損もしない。みんな現状に不満はあるものの、まわりの目を気にして一人だけ帰ることができない。これを僕は「ブラック均衡」と呼んでいます。日本の組織はこの「ブラック均衡」の状態に陥っていることが多い。

ブラック均衡状態を崩せるのが、あなたのような人なんです。あなたが先に帰ることで、状況を打破するファーストペンギンになる。

しかも、空気が読めて気遣い抜群の完璧人間が先陣を切るよりも、ちょっと隙があるあなたのような人が、ひょこっと飛び出すのがいいんです。まわりが「私もできるかもしれない」と思いやすいですからね。

さらにいうと、あなたは先に帰らなくても、いるだけでブラック均衡を崩す役割を果たします。あなたのように空気を読まずに行動している人は、他人が空気を読まない行動をしたときも責めたりはしないだろう。そうみんなが信頼しているからです。

非難されないという安心感があるだけで、人は「これはおかしい」と声をあげやすくなる。むしろこちらの役割の方が大きいかもしれません。味方までいかなくても、敵にならない人がいるとわかっているだけで、人は行動を起こしやすくなるものですから。

膠着(こうちゃく)した均衡状態を変えるには、声をあげる人よりも、大多数の傍観者の行動を良い方に促すことが重要になってきます。あなたが先に帰った人に続いて「じゃあ私も帰ろうかな」と動く、もしくは「お疲れさま!」と気持ちよく送り出すだけで、「私も帰ろうかな」「AさんとBさんが帰ったんだから帰ってもいいかな」……と連鎖的にフォロワーが増えていくのです。

そうして、いつの間にかみんな早く帰るようになる。こんなふうにしてブラック均衡は崩れていきます。あなたのような、空気を読まない人の重要性は、これからどんどん高まっていくと思います。あなたの良さを生かし、存分に「鈍感」なままでいてください。

悩めるあなたにこの一冊
山岸俊男『「しがらみ」を科学する』(ちくまプリマー新書)

日本企業にはあなたのような鈍感さが必要です!

著名な社会心理学者である、山岸俊男先生が書いた社会心理学の入門書です。この本では組織の中でまず一人が声を上げ、それに続く人が1人、2人と出てきて悪習が取り除かれるという現象が、いじめを例にして詳しく説明されています。いじめの当事者以外の同級生が「何人の仲間がいたらいじめを阻止するグループに入るか」という視点から、いじめがなくならない場合、なくなる場合を複数均衡として解説しています。まえがきには「直感的に人の気持ちや空気を読むのが苦手なら、筋道立てて社会を理解すればいい」とあります。きっと、あなたが読んでおもしろい本だと思います。

(文・崎谷実穂)

安田洋祐
1980年、東京都生まれ。2002年に東京大学経済学部を卒業。最優秀卒業論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し、卒業生総代を務める。2002年から2007年までプリンストン大学経済学部に留学。同大学で博士号取得。2007年から政策研究大学院大学助教授、現在は大阪大学大学院経済学研究科准教授。編著に『学校選択制のデザイン』(NTT出版)、共著に『経済学で出る数学 高校数学からきちんと攻める』(日本評論社)など。関西テレビ「報道ランナー」、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などにコメンテーターとして出演中。

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