インタビュー

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

人は皆、自ら選んだ山のゴールを目指すクライマー。一生のうちにそこへ辿り着けるだろうか。だが、頂点に到達後、次のゴールを目指し登り始める者がいる。さまざまなジャンルで頂点を極めたクライマーが挑む“未踏の頂”について聞く新企画「The Next Goal(ザ・ネクストゴール)~頂の先へ~」。

第1回は登山家、野口健さん(前編)です。

最強クライマーが娘と挑む、新たな頂(いただき)

16歳でヨーロッパ大陸最高峰モンブラン(4810メートル)を踏破後、25歳で“地球の頂上”、アジア大陸最高峰のエベレスト(8848メートル)登頂に成功。当時、七大陸最高峰登頂の世界最年少記録を樹立した日本人大学生、野口健の快挙に世界の登山家たちは驚いた。

「記録を達成した後に立てた次の目標?もう記録のために山に登ろうとは思いませんでした。これからも記録を目指すことはないでしょうね」

あの日から20年。現在、山梨県の富士河口湖町に本拠を構えるNPO「ピーク・エイド」代表として、登山を通じた社会活動を世界で展開している。

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

高校1年、16歳のときに抱いた七大陸最高峰登頂という途方もない夢を25歳で達成した野口さんは、その後もずっと登山を続けているが、来月に46歳を迎える今、“新たに目指す頂”は、いったいどこにあるのだろうか?

この問いかけに、少し考えながら、野口さんはこんな夢を語り始めた。「実は昨年、長女とヒマラヤに登ったんですよ」。一緒に登ったパートナーは15歳の絵子さんだ。19歳で“ヒマラヤデビュー”した野口さんより4年早いデビューを、絵子さんは中学3年で飾った。

ヒマラヤに登った後、「もっと世界を見たい」と言い始めた絵子さんを連れて、野口さんは今月17日にアフリカ大陸へ出発、キリマンジャロなど5000メートル級の3峰を一気に登る予定だという。

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

ゴーキョピーク登頂 写真提供:野口健

「親子登山が七大陸世界最高峰の次に、私が目指す“新たな頂”になるのかもしれない……」。野口さんは雪焼けした顔をほころばせながら、こんな構想を打ち明けた。

しかし、なぜ15歳の娘と45歳の父は、命懸けで臨む前代未聞のチャレンジを決意したのか。この新たな頂に親子が挑む理由を知るためには、野口さんが10代の頃に心に決めた最初の頂に到達するため、一歩一歩踏みしめてきた、これまでの厳しい道程をたどる必要があるだろう。

「登山家、野口健誕生秘話」について、野口さん本人が今、改めて半生を振り返りながら語り始めた。

最年少記録に懸ける

七大陸最高峰登頂という目標が心の中で芽生えたのは16歳のときだ。

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世界七大陸登頂まで モンブラン 写真提供:野口健

1973年、米ボストンで生まれた。

「外交官だった父は世界各国の赴任地へ幼い私も一緒に連れて行きました。赴任先で父は自分の職場や、その土地の現地の人でも行かないような場所へよく私を連れて行きました。観光地などではなかった。ゴラン高原の地雷原だったり、イエメンに当時、一つしかなかった救急病院など……。父は私に世界を見せようとしていたのだと思います」

父の赴任地は世界各国にわたり、エジプト公使、イタリア公使、イエメン大使、シドニー総領事、チュニジア大使などを歴任した。野口さんは小学生の頃から何度も転校を繰り返した。

「勉学に集中できず、すさんだ時期もありました」と打ち明ける。英国にいた高校1年生のときに上級生と大げんかし、1カ月間の停学処分を受けた。

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

「父に、もう高校を辞めると言ったら、あっさりと『辞めていい。お前の人生だ。好きにしろ』と言われました。でもその後に、『辞めてもいいが、それならこの家を出て自分で生活しろ』と言われたんです」。さらに、父からこう助言された。

「停学期間中、この家を出て一人旅へ出ろ。そして、その土地で毎日一日中歩きながら、これからの人生について考えてこい」。父の助言に従い、英国から日本に帰国した。

「まず叔父がいた大阪へ行き、そこから京都など関西一帯を毎日毎日、朝から暗くなるまで歩き続けました」。ひたすら歩く途中、偶然、立ち寄った書店で手にした一冊の本が運命を変えることになる。冒険家、植村直己(1941~84年)の著書『青春を山に賭けて』だ。

孤独な旅の道中、夢中になって読みふけった。これまで感じたことのない、大きな衝撃を受けた。読み終えたときには、本格的に登山を始めようと決意していた。

「父に一日中歩けと言われた意味が、ようやく分かった気がしました」

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

世界七大陸登頂まで キリマンジャロ 写真提供:野口健

停学期間が過ぎた後、高校へ戻り、2年生の夏休みにモンブランに登頂。次にアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ(5895メートル)の登頂に成功。このとき七大陸最高峰登頂を明確に意識したという。

高校卒業後、日本に帰国し、亜細亜大学に入学。登山活動を本格化させる。

エベレストの先へ

92年、亜細亜大1年のときにコジアスコ、次いで南米大陸最高峰のアコンカグア(6960メートル)、マッキンリー(デナリ)の登頂に成功。94年、21歳のときにヴィンソン・マシフに登頂し、6大陸まで登りつめた。

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世界七大陸登頂まで コジアスコ 写真提供:野口健

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世界七大陸登頂まで アコンカグア 写真提供:野口健

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世界七大陸登頂まで マッキンリー(デナリ) 写真提供:野口健

ついにあと一つ。エベレストのみが残った。だが、ここでつまずいた。

一回目のアタックでは意識を失って遭難し、救助されて失敗。二度目は残り300メートルの地点まで登ったところで悪天候のため断念、下山した。そして三度目の挑戦中。ベースキャンプにいる野口さんの元に、母(父の再婚相手)から送られた、こんな内容の手紙が届いた。

「いつまでも登れないようではだめ。だらだらと挑戦していたら、あなたはエベレストのストーカーです。決着をつけてきなさい」

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

「母はとても厳格な人でした。この言葉は身にしみましたね」と野口さんは苦笑するが、この手紙で覚悟を固めた。当時、大学生だった野口さんはエベレストに挑戦するための膨大な資金を集めるため、自ら企業を回ってスポンサー探しをしていた。

三度目までに協力者の数は増えていたが、「すでにかなりの金額を出資してもらっていたので、これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない、という思いがプレッシャーとしてのしかかっていました」と打ち明ける。そこへ母からの手紙。

野口さんは、もう自分一人だけの登山ではないことを強く自覚させられた。決死の覚悟が野口さんの足を突き動かしたのだ。

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

エベレスト 写真提供:野口健

99年5月、頂上への最終アタックを決め、エベレスト登頂に成功する。16歳から挑み続けた夢を、25歳にして達成。七大陸最高峰の世界最年少記録を樹立したのだ。人生で最初に打ち立てた頂のゴールに、約10年を費やしてたどり着いた瞬間だった。

「そのとき頂上で見た景色ですか? 実は正直、よく覚えていないんです」と野口さんは意外な答えを口にした。

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

「頂上に立った後、喜びをかみしめている余裕などはなかったですね。すぐに下山のことを考えなければなりませんから。山は登るよりも下りる方が、はるかに危険で難しい。ベースキャンプにたどり着いて、ようやく“今、自分は生きている”という実感がよみがえる。そのときになって初めて、頂上から見た美しい風景や星空の素晴らしさなどを思い出すことはできるのですが……」

野口さんは25歳という若さで、人生の目標だった一つの頂上にたどり着いた。

「“燃え尽き症候群”に? そうはならなかったですよ。やるべきことがありましたからね」。次に目指すべき頂点はすぐに見つかったという。そのゴールとは? どこへ向かおうと決めたのか。

来週出発!“地球の頂上”に立った日本人クライマー野口健が娘と挑む、次の頂(いただき)(前編)

>>後編はこちら

(取材・文/溝上康基、撮影/竹田武史、編集/幸積彩)

野口健(のぐち・けん)

1973年8月21日、米国生まれ。父は日本人で元外交官、母はエジプト人。登山家。亜細亜大学国際関係学部卒業。大学生だった99年当時、25歳のときに七大陸最高峰登頂の最年少記録を更新した。現在、NPO「ピーク・エイド」代表を務める。

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