働き方のコンパス

教員の長時間労働、減らすにはチームで“残業時間の上限“を設定してみよう

「働き方のコンパス」は、ビジネスパーソンの悩みに哲学者や社会学者、経済学者などの研究者が答えていくシリーズです。それぞれの学問的な見地から、仕事の悩みはどう分析できるのでしょうか。今回の回答者は、経済学者の安田洋祐さんです。

 

 今回の回答者

経済学者
大阪大学大学院経済学研究科准教授
安田洋祐さん

「東京大学経済学部から、プリンストン大学へ留学。同大学で博士号を取り、2007年に帰国。政策研究大学院大学助教授を経て、現在大阪大学大学院経済学研究科准教授。専門はゲーム理論とマーケットデザイン。サッカーとマンガとパンケーキが好き」

 今回のお悩み

 Q.定額働かされ放題の教員生活。改善を訴えても変化なしです

昨今、教員のブラック労働が問題化していますが、私もまさにそれに悩んでいます。教員は事実上、定額働かされ放題。就業時間は8時10分から16時40分と定められていますが、私は普段、7時30分から18時頃まで働き、自宅に仕事を持ち帰ることも。それでも私などは短いほうで、20時、21時まで残っている人もざらです。休憩時間も一応定められてはいますが、実際はとれていません。労働環境の改善を組合で訴えていますが、なかなか現状は変わらず、そこにいら立ちがあります。
(37歳、男性、小学校教諭)

 A. 長時間労働から脱するには「仕組み」が必要

制度を変えるだけでは、労働環境は改善されない

日本の教員は働きすぎ。これは、世界的な統計を見ても明らかな事実です。授業だけでなく、学校行事、部活動など幅広いタスクに追われている教員の皆さん。1人に対して求められる業務量が多すぎるのです。ならば、人を増やさなければいけない。でも、人を増やしたところで労働時間はあまり変わらないのではないか、とも思います。

先日、ニュース番組で部活動指導員を導入した学校に取材をしていました。外部から指導員が来てくれることで、部活動顧問の先生が早く帰れるようになったのかと思いきや、その先生は「あいた時間で、ほかの仕事をします」と言っていました。これはもう、長時間労働が体質として染み付いているということ。人員が増えたら増えた分、「あれもしなければ、これもしなければ」と自らの業務を増やしてしまうのでしょう。

気持ちはわかります。部活動指導員だって、すべての学校のすべての部活で見つかるわけではありません。ある教員は負担が減って毎日早く帰るけれど、見つからない部活の顧問は遅くまで残っている。それはなんとなく不公平だから、部活動指導員を導入してもらえた部活の顧問は、別の仕事で残業しようとする。公平感を保つ、和を乱さない、という方向に頑張りの方向性が向いてしまうのだと思います。こうしたマインドを変え、労働環境を改善するには、制度の変更だけでなく「仕掛け」が必要です。

教員の残業が多いのは「ダメな学校」とする

民間企業でうまくいった取り組みが、学校現場で使えるケースもあるかもしれません。例えば、評価基準を変えること。現状、教員が評価される、ひいてはその学校自体が評価されるのは、部活の大会やコンクールで優勝した時、高偏差値の学校にたくさんの生徒が進学した時などでしょう。

これらの成果は、基本的に教員の労働時間を増やすことで得られます。「なんらかの実績を出した場合しか評価されない」という状況では、どんなに待遇や制度を変えてもマインドは変わりません。

そこで「短時間で」「成果を出す」ことを評価するよう、基準を変えるのです。一番簡単なのは、校長を査定する方法を変えることでしょう。どんなにコンクールや部活動で勝ち進んでも、どんなに受験実績がよくても、教員の労働時間が一定の基準を超えた場合は校長の評価を下げる。

校長も、収入が下がる、ポストを失うといった明らかなマイナスに直面すれば、真剣に改革に取り組むはずです。安直なやり方ではありますが、それくらい強引なことをしなければ、学校に根付いている長時間労働のマインドは変わらないと思います。

もう一つ、民間企業で効果があった、労働時間を減らす方法を紹介します。一人ひとりの社員の労働時間に上限を設けるのではなく、部署やグループ内でのトータルの残業時間に上限をつける、という施策です。学校現場に応用すると、例えば小学校の1年1組、2年1組、3年1組……6年1組の6クラスを1チームにして、そのチーム全体で決められた残業時間の上限を守る、といったものです。

チームを組んで、残業時間を減らす

この施策の優れた点は、先生同士がお互いの状況を把握できるようになることです。一口に担任といっても、「うちのクラスは生徒同士がもめている」「授業中座っていられない子が複数人いる」など、生徒のケアにかかる時間が多くなるクラスとそうでないクラスが考えられます。そこで、時間が必要な先生は多めに残業する、その分ほかの先生が業務の効率化をはかるなど調整することが、目標達成の鍵となります。こうして業務の“見える化”が進み、協力も進むのです。

この方法は、評価基準の変更にもつながっています。「チームで残業時間の上限を守る」ことを目的とすると、早く帰る人はほめられるようになります。チームの目的達成に貢献しているからです。これまで公平感を保つ、和を乱さない、という努力をしていた教員たちの目線が変わる。これが、マインドチェンジです。学校で実践してみた例はまだ聞いたことがないのですが、私立学校などで経営者がマネジメントに理解がある場合は、導入も可能ではないでしょうか。

「トンネリング」の状態から抜け出そう

教員が長時間労働で疲弊しているのは、長期的に見ると大きな問題です。時間に余裕がなくなると、人は行動経済学でいう「トンネリング」の状態に陥ってしまいます。トンネリングとは、運転中トンネルに入るとトンネル内のことしかわからなくなるように、一つのことに集中しているために視野が狭くなることを指します。

小中高校の教員は真面目で熱心な方が多いので、時間に余裕ができれば、授業をもっと工夫してみたり、自分自身の知見を高めたりすることに使うでしょう。それは回りまわって、生徒の学力や精神的な成長にも寄与するはずです。でもトンネルの中にいる限り、目の前の業務を終わらせることに必死になって、中長期的な展望が持てなくなります。長時間労働は、生徒の教育の質にもマイナスなのです。

「いら立ちを感じている」という相談者さん。制度上の制約などはあると思いますが、根気よく改善案を提案してください。僕の回答がその手助けになれば幸いです。相談者さんの学校がモデルケースとなって、全国の学校の労働状況が改善する、ということもあるかもしれません。

悩めるあなたにこの一冊
著:センディル・ムッライナタン/エルダー・シャフィール 訳:大田直子『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』(早川書房)

教員の長時間労働、減らすにはチームで“残業時間の上限“を設定してみよう

「トンネリング」について詳しく知りたい場合は、本書をどうぞ。この本では、ハーバード大学経済学部の教授とプリンストン大学心理学部の教授がタッグを組んで、最先端の研究成果を解説してくれています。タイトルにあるように、テーマとなっているのは「欠乏」。それは時間やお金、モノなどなんでも対象となります。そして何が欠乏していたとしても、人は似たような状況に陥ってしまうのだそうです。その一つがトンネリングです。トンネリングは欠乏のマイナス効果ですが、じつはプラスの効果もあります。それがなんなのかは、読んでからのお楽しみです。

(文・崎谷実穂)

安田洋祐
1980年、東京都生まれ。2002年に東京大学経済学部を卒業。最優秀卒業論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し、卒業生総代を務める。2002年から07年までプリンストン大学経済学部に留学。同大学で博士号取得。07年から政策研究大学院大学助教授、現在は大阪大学大学院経済学研究科准教授。編著に『学校選択制のデザイン』(NTT出版)、共著に『経済学で出る数学 高校数学からきちんと攻める』(日本評論社)など。関西テレビ「報道ランナー」、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などにコメンテーターとして出演中。

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